漂白された青年

 ジャスパーが車を走らせて、ずいぶんと時間がかかった中、広がっていた草原もだんだんと景色を変えてきた。

 無造作に伸びていた草から、丁寧に人の手の入った畑に。時には栽培ハウスが並び、その中で農作物が育っているのが見えてきた。

 大きな管が栽培ハウスを繋いで敷かれているのが見える。


「栽培ハウスがここまで入ってたんですね」


 ラリマーが物珍し気に眺めているので、シトリンが頷く。


「この辺りは大昔から火山の恩恵を受けていますから。蒸気機関が開発される前から、普通に火山の熱を使って冬でも野菜が採れるように工夫してたんです」

「なるほど。この辺りでしたら、帝国機関が入り込む隙はないかもしれませんが、念のため」


 そう言うと、車の端に置かれていた箱からラリマーはなにかを取り出す。ジャケットだが、その胸元にはどう見ても帝国機関の紋章が入っているので、シトリンは顔を引きつらせた。

 帝国機関の偽装をするのは、まずいんじゃないだろうか。


「帝国工業機関のふりをして、蒸気機関のメンテナンスを行います。もし賢者の石が入っていたら即回収してしまわないといけませんからね」

「そ、そうなんですね……でも私、賢者の石に近付いたら、ものすごく胸が痛くなるんですけど、どうしましょう……?」


 実際にジャスパーがシトリンの家から賢者の石を回収している中、今まで平気だったものが、メンテナンスの現場に立ち会った途端に、胸を何度も何度も突き刺されたかのような痛みが走ったのだ。あんなのを何回も何回も受けていて、無事な自信がなかった。

 シトリンの言葉に、ラリマーは「ふむ……」と顎に手を当てた。


「まるでその症状は、拒絶反応のように思えますね」

「きょぜつはんのう……ですか……?」

「ご家族やアンバーの皆さんにはおられませんでしたか? 金属を四六時中持っていたら手が腫れ上がってしまったり、特定の食べ物を食べたら痒みが止まらなくなってしまうことを」


 そう言われても、シトリンは特に心当たりは見つからなかった。運転していたジャスパーが「はーい」と手を挙げる。


「おれピーマン食べてると口が曲がるよ」

「ジャスパーくん、それはただの偏食です。シトリンさんの村の皆は健康でなによりですね。さて拒絶反応ですが、体は身を守るためにいろんなものが動いています。風邪を引いたら体温が上がって鼻水が止まらなくなりますね、それは体に侵入してきたものを殺そうとする体を守るための作用なんですが、稀にその防衛反応が暴走することがあります」

「ええっと……?」


 シトリンは自分の胸に生えた石をワンピース越しに撫でながら言う。


「あなたの胸から生えた賢者の石は、おそらく他の賢者の石に拒絶反応を起こしています。防衛反応が暴走して、宿主であるあなたを苦しめているので、拒絶反応と称したのです」

「私、賢者の石に守られていたんですか?」

「賢者の石が生えた状況からして、おそらくそうだと。ただ銃弾で撃たれて賢者の石が生えたという例は、僕も初めて見ましたので、断定はできません」


 いつもいつも、ラリマーは結論を断定できないのは何故なんだろうとシトリンは眉をひそめるが、ジャスパーは「あははは」と笑う。


「別にラリマーさんの言うこと全部を気にしなくってもいいよー。おれもラリマーさんに診てもらってるけど全部はわかってないもん」


 ジャスパーの物言いは相変わらずマイペースだ。


「要はシトリンにはシトリン以外の賢者の石は体に悪いってことでいいんだよね? だとしたら、おれたちでメンテナンスって言って回ることにして、シトリンには留守番してもらうってことでいいんじゃないの?」

「ええ、そうなりますね。念のため、ジャケットは着ておいてください」

「わ、かりました……」


 ジャスパーはさっさと箱からウィッグを取り出すと、髪をありきたりな金髪に変え、眼鏡をかける。ジャケットを羽織ってしまえば、どこからどうみても、帝国機関のいち作業員だった。

 ラリマーはケープを脱いでスラックスとシャツ姿になると、上からジャケットを羽織り、金髪のウィッグに眼鏡をかける。この見た目では、そう簡単に錬金術師だとはわからないだろう。

 車を降りると、シトリンも慌ててジャケットを羽織るが、彼女がワンピースの上からジャケットを羽織っても、ただのお手伝いにしか見えないちんくしゃだ。

 シトリンは渋い顔で自分の姿を見るが、それ以外どうしようもない。見かねたジャスパーが帽子をかぶせてくれたので、どうにか見習いの車番くらいには見えるようになった。


「それじゃ、ちょっと行ってくるね。万が一帝国機関が来たら、ここ引っ張って」

「えっと……」


 車にかかっている紐を引けば、「ボォォォォォォッッ」と蒸気が出る。たしかに音も響くし、蒸気の煙でどこにいてもわかるだろう。

 ラリマーは口を開く。


「先程帝都には連絡しましたから、そろそろカルサイトくんが追い付いてくるかと思います。もし万が一帝国機関に見つかった場合はすぐに逃げてカルサイトくんと落ち合ってください」

「えっと……車がなかったらおふたりは……?」

「これでもずっと帝国機関から逃げおおせていますから、逃げる方法はいくらでも見つかりますよ」


 ベテランの風格を見せられて、シトリンは言われるがまま頷いてふたりを見送った。

 待っているのも暇だが、帝都はどうなっているんだろうと考える。

 帝国諜報機関とぶつかってしまったが、カルサイトが来るということは、彼は無事なんだとほっとする。彼に借りたジャケットはずっと車に入れたままだから、返さないといけない。

 カルサイトの自信に溢れた笑みを思い浮かべ、少しだけ心が和んだとき。

 なにかが飛んできたことに、シトリンは驚いて目を見開いた。滑空飛行機である。プロペラもなにも付いてないのに、こちらに真っ直ぐに飛んできたのだ。

 それはシトリンの乗っている車の近くの、栽培ハウスに突っ込んで落ちた。彼女はおろおろして当たりを見回す。

 今は農作業の時間からは大きく外れているから、クリソプレーズに引っ込んでいるのだろう。誰もいない。

 困り果てた末に、シトリンはおそるおそる壊れた栽培ハウスのほうに近付いていった。


「あ、あの……大丈夫ですか……?」


 栽培ハウスのガラスは割れ、中身も滑空飛行機の突進を受けてぐちゃぐちゃだ。こんな中で、滑空飛行機の中の人は大丈夫なんだろうか。

 シトリンはどうにかガラス片をかき分けている中。急に胸が痛くなり、シトリンがひゅんと息を詰まらせる。

 賢者の石への拒絶反応。この痛みをラリマーにそう称されたが、今落ちてきたこの人は、いったいなんなんだろうか。息が詰まって、そのまましゃがみ込んだ中。倒れた棚のひとつから、誰かががばりと起き上がってきた。


「……賢者の石反応、確認。シトリン・アイオライト発見した」

「へっ!? わ、私……?」


 急にフルネームで呼ばれて、シトリンは悲鳴を上げる。

 抑揚のない声の主は起き上がると、感情の読めない目でシトリンをじっと見てきた。落ちてきた人を見て、シトリンは愕然とする。


「カ、カルサイト……さん……?」


 真っ白な髪に、真っ白なジャケット。抑揚のない瞳は金色だったが、それ以外は、カルサイトから色を抜いたらちょうどそんな感じだろうという、彼と姿かたちがそっくりな青年が、ここにいたのだ。

 そして彼の胸には、真っ白なジャケットには似つかわしくない、猫の茶色い瞳のような石がぶら下がっていた。それは、目の端がチカチカするほどに瞬いていた。

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