暁の明星団
シトリンの住むアンバーは、イモの畑と小麦畑の広がる農村であった。
列車に乗るのも、村長が持っている車で駅まで送ってもらわなければいけないし、都会の最新情報は一週間遅れて届くような体たらくであった。
そんな農村には、民間の治癒師はいても、錬金術師のような優れた治癒師は滞在しておらず、大きな病気にかかったとしたら、わざわざ都会まで出かけて錬金術師を探してこなければいけなかった。
手紙を送っても返事が来るまでにひと月はかかるのだから、直接錬金術師を探しに行ったほうが早い。シトリンがアンバーを出たのもそういう理由だったが。
息が苦しい。胸が痛い。銃撃戦を見たのも初めてならば、思わず人をかばってしまったのも初めてだった。「馬鹿」という男性の毒づいた声を聞いたような気がする。
村の皆は大丈夫だろうか。錬金術師を連れて帰ると約束したのに。血がたくさん出たら、死んでしまう。そう……思ったのに。
ガタガタという震動を感じて、シトリンは「あれ」と思う。小さい頃に聞いた教会の神官が語る話の中で、死後の世界がこんなに騒がしいとは聞いたことがなかった。
やがて、なにかしら苦いにおいを鼻にしたとき、シトリンは思わず「臭い!!」と悲鳴を上げて、自分の声でびっくりして目を覚ました。
「おっ、目が覚めたか?」
シトリンに声をかけてきたのは、彼女がかばった男性であった。スーツのジャケットを脱いで、下のシャツの袖も捲り上げているが、革ベルトの拳銃が嫌でも目に入って、自然とシトリンは縮こまる。
「あ、あの……私、列車の中で撃たれて、その……死んだんじゃ……?」
「あー……ありがとうな、俺をかばって。でも一般人がわざわざ帝国諜報機関に喧嘩を売るな。あっちだって一般人を狙うような真似はしないんだからさ。俺らみたいな、お尋ね者ならともかく」
彼にそう言われて、シトリンは「そういえば」と思い至る。親切そうだからと思ってかばってしまった男性は、そもそも列車強奪犯の仲間だし、指名手配犯の引き渡しも拒否していたように思える。
そもそも、帝都に向かいたかったのに、ここはいったいどこなんだろうかと、シトリンはようやく起き上がって辺りを見回す。そこで、男性のジャケットはシトリンが毛布替わりに被っていたことに、ようやく気が付いた。
シトリンが横たわっていたのは木の床。石の壁はランプで灯り、銃、剣、斧などなどの武器がかかっているのを照らし出してくれる。
さっきシトリンが「臭い」と言ったのは火薬の匂いだったことに、彼女はぞっとした。
「あ、あの……テロリストの人が、私を人質に……」
「んー……言っちゃ悪いが、帝国諜報機関は一般人には手を出さないとはいえど、あんたひとり誘拐されたところで、人質救出っていう風にはいかないんだよ。残念だけど。単純に、このままあんたを外に出したら大変なことになるから、俺たちのアジトまで連れ帰ってきたってところだ」
「ア、アジトって……! あ、あの、困ります。私、錬金術師を連れて帰らないと、駄目なんです……!」
「そうだなあ、じゃあうちのリーダーと話を付けようか。あ、一応俺たちは帝国からしてみりゃテロリストだけど、一般人に危害加える気はないって言っておこうか。『暁の明星団』にようこそ、お嬢さん」
そう言ってウィンクする男に、シトリンはどう返事をすればいいのかわからなかった。
おまけに、上はまだバンバンと音がする。男性は天井に向かって「だぁ~! お前らうるせぇ! ちょっとはお行儀よくしろ!!」と吼えるので、ますますどんなリアクションをすればいいのかわからなかったのだ。
一般人を人質にするわけにはいかないのに、一般人であるシトリンをそのまま放置するわけにはいかないってどういうことなんだろうか。
そもそも、シトリンは自分はたしかに撃たれたはずなのに、どうして生きているんだろうかと、自分の胸を見下ろした。
ワンピースの胸元はたしかに血でくすんでしまっているのに、自分はこうして立っているのだから。
****
重い扉に男性が鍵をかけ、階段をひとつ昇ったところで、ようやくさっきから聞こえていた騒がしい音の正体がわかった。
騒がしいドンドンという音は、大量の子供たちの走り回る音。広間には大きな長テーブルと椅子が並べられ、その間をいろんな年頃の子供たちが走り回っていたのだ。
やがて、一部の子供たちがわんわんと泣き出して、大人のほうへと走っていった。
「マムー! カールがわたしのおもちゃ取ったー!」
「取ってない!」
「あらあら、喧嘩は止めましょうね」
マムと呼ばれている女性は、黒いトゥニカを纏い、ウィンブルを被った典型的な神官姿で、走り回る子供たちの相手をしていた。年は若く、二十代前半だろう。
喧嘩の仲裁をして、ふたりの子供を撫でたあと、走り去った子供たちに手を振って、ようやくシトリンたちを見た。
「あら、カルくん。ようやくお嬢さんが目を覚ましたんですね」
「ルビア。あー……俺が言うのは酷だから、あんたから説明してやってくれよ、このお嬢さんに」
「そうですねえ……。さすがに男性陣の前じゃ彼女も嫌でしょうしね。私も同行しましょう」
シトリンは気安いふたりの会話を困ったように聞きながら「あの……?」と尋ねる。
彼女がテロリストのリーダーとは思えなかったのだ。
「ああ、申し遅れました。私はルビア・ローズクォーツ。この教会の神官であり、併設孤児院の院長をしております。そして彼は孤児院で働いてくれているカルサイト・ジルコンくん。列車であなたの異変に気付き、ここまで運んでくださったんですよ」
「ええっと……?」
シトリンはますます困惑していると、カルサイトと呼ばれた男性が、小さい声でボソリと言う。
「ちびたちは、俺たちの活動内容を知らねえんだ。あいつらは俺たちのことを孤児院と教会のボランティアだと思ってるよ」
「ああ……なるほど……?」
「ええ。立ち話もなんですし、うちで子供たちの治癒師をしてくださっている錬金術師さんのところへ向かいましょうか」
「え……」
それにシトリンは驚いてルビアを見た。
『暁の明星団』を名乗るテロリスト集団の中で働いているというのには不安があるし、そもそもここが教会兼孤児院ということ以外なにもわかってないが、彼女が探していた錬金術師に早速出会えるとは思えなかったので、シトリンは「よっ、よろしくお願いします!」と大きく頭を下げると、ルビアはくすくすと笑った。
「お嬢さんの質問や疑問も、錬金術師さんが教えてくださると思いますよ……私たちのリーダーですから」
それに、シトリンは「あれ?」と思いながらも、ルビアとカルサイトについていくことにした。
どうして錬金術師が、列車を強奪したんだろうと思ったのだ。シトリンが乗っていた列車は、車両の一部は貨物車両だったはずだ。それを帝都に送っては駄目だったんだろうかと、しきりに首を捻っていた。
ふたりの背についていったら、【院長室】というプレートのかかった部屋に辿り着き、ルビアがそこを開ける。
そこには、薬品棚には大量の薬品が液状粉末状問わずに納められ、ビーカーが大量に並んでいる。それらを見ながら、奥に座っている男性はなにやら紙に書き込んでいた。
「ラリマー。お嬢さんが目を覚ましたぞ」
「ああ……」
男性はテーブルから顔を上げると、微笑んだ。
モスグリーンの柔らかそうな髪に、白いケープ姿は、典型的な錬金術師である。
「今回は災難でしたね、お嬢さん」
「あ、あの……あなたが、錬金術師ですか? あの、私。帝都にまで行って錬金術師を探さないといけないんですけど、銃撃戦に巻き込まれるし、『あけぼののめいげつだん』? に連れてこられるし、ここは孤児院だし……あの、困るんですけれど、どうして私、ここにいるんでしょうか? 帰すのはまずいって言われてしまっても、困るんですけど!」
「まずは、ひとつひとつ説明しましょう。もしあなたがただ、怪我をしただけでしたら、治療が終わり次第帝都にまでお届けする予定でしたが、今のあなたをひとりにするのは危険だと判断しました」
そう言って、ラリマーと呼ばれた男性は、立ち上がるとシトリンの胸にトンと触れた。
本来ならばいきなり胸に触られたら悲鳴を上げそうなものだが、何故か胸を触られた感じがしない。むしろ、彼に触れられて、初めてシトリンは胸になにか固いものがあることに気付いた。
「あなたが銃で撃たれたとき、我々はあなたの治療を試みようとしたとき、大変申し訳ありませんが、あなたの服を開かせてもらったんですが、そのときに判明したんです。あなたの胸に、賢者の石が広がっていることに」
「……はあ?」
シトリンはラリマーとカルサイトに背を向けて、恐る恐るワンピースの胸元に触れ、そっとボタンを外して中身を見て……絶句した。
淡い黄色の石が、彼女の胸にびっしりと生えていたのだ。
「なに……これ……私」
シトリンはへなへなと床に座り込んでしまった。
村の皆のために錬金術師を連れ帰るんだと意気込んでいたはずなのに、これではまるで。
「私、幻想病にかかったんですか……?」
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