それでもうちは焼き鳥屋

コラム

***

焼き鳥屋――コケコケの店長である鶏沢にわとりざわ酉斗とりとは頭を悩ませていた。


今も厨房から脂ぎった焼き鳥器を前に、両腕を組んで難しい顔をしている。


「酉斗店長、どうしたんですか? そんな顔をして」


そこへコケコケで働くアルバイトの大学生――ヒヨコが声をかけてきた。


酉斗は「はぁ」とため息をつくと、ヒヨコの後ろにいた彼女と同じバイトのタマコが小首を傾げる。


「実はな。今度友だちが店に来てくれるんだが、そいつがちょっとな……」


その言葉を聞き、ヒヨコとタマコは互い顔を見合わせて不思議そうにしていた。


友人が来るというのに、どうしてそんな憂鬱そうなのか。


喜ぶところなのにと、酉斗の浮かない表情をしている理由がよくわからないようだ。


そんな二人に向かって酉斗は話を始める。


「そいつさ。最近ベジタリアンになったんだよ。なんか宗教に入ったみたいで」


どうやら酉斗の話によると、彼の友人は肉類が食べられないらしい。


ヒヨコとタマコは思った。


肉の食べれない人間が焼き鳥屋に来る意味があるのか、顔を合わせたいのなら酉斗が休みの日にでも別に店に行けばいいのにと。


しかし、どうやらその友人は、酉斗が店長をやっている店で食事を取りたいようだ。


だが、焼き鳥以外にはアルコールしかないこの店では(サラダやお通しすらない)、とてもじゃないが友人が食べれるようなメニューがない。


話を理解したヒヨコが言う。


「なら別の料理を出せばいいじゃないですか」


「そんな簡単にいうなよ。俺は焼き鳥以外の料理なんてできないんだぞ」


言い返した酉斗に向かって、次はタマコが口を開く。


「なら覚えればいいじゃないですか」


「お前ら返しが雑だな……。俺はマジで困ってんだぞ……」


どうでもよさそうに言ってくる二人に、酉斗は顔を引きつらせていた。


それから彼は、悩んでいてもしょうがないと、ヒヨコとタマコの提案を受け入れることに。


友人に出せる料理となるとやはり野菜だ。


そもそも焼き鳥屋ではサイドメニューでなくとも、焼き鳥をしばらく食べ続けていると、味の変化を求めて野菜が欲しくなってくるものだ。


それならば友人にも食べられ、さらには焼き鳥屋らしいメニューということで、野菜串を出せばいいと話は落ち着いた。


「じゃあ、とりあえず他の店でよくあるものから作ってみましょう」


ヒヨコがそういうと、タマコが店の冷蔵庫を開けて食材を出した。


たまねぎ、エリンギ、ナス、ネギ、しいたけ、ししとうなど、野菜串の定番といえる材料だ。


出てきた焼き鳥以外の食材を見て、酉斗は声を張り上げた。


どうして店の冷蔵庫に使わない食材が入ってるんだと。


そんな声を張り上げた酉斗を見て、ヒヨコとタマコは顔を見合わせてから言う


「だって、お客さんが焼き鳥以外のものないのって訊いてきたんですもん」


「そう。だから勝手に焼いて出してました。あッでも、ちゃんと店のお金で買ってきたからものだから安心してください」


「安心できねぇよッ!」


酉斗は喚きつつも、ヒヨコとタマコがこっそり出していたメニュー以外にも、かぼちゃ、とうもろこし、ピーマン、ニンニク、トマト、アスパラ、パプリカも焼いて出すことに。


さらには、アルミホイルで包んだジャガイモやサツマイモもいいのではないかと、友人に出す料理の中に追加した。


「これだけメニューが豊富なら店長のお友だちも満足できそうですね」


「うん。きっと大満足」


ヒヨコがそういうと、タマコは無表情で答えて親指を突き立てていた。


酉斗はなんだかんだ言っても頼りになる二人だと思い、彼女たちが勝手に客の求める料理を出していたことを忘れることにする。


そして当日。


店へとやってきた酉斗の友人は料理とお酒を楽しみ、彼と楽しそうに会話していた。


店の混雑する時間を避けてくれたのもあって、酉斗は友人と共に席について互い料理や酒を酌み交わす。


「店長、飲んじゃっていいんですか?」


「これからだよ。忙しくなるのは」


ヒヨコとタマコが酉斗に注意するように声をかけると、彼は今日くらいは飲ませてほしいと返事した。


久しぶりに会う友なのだと、仕事はきっちりとやるから安心してくれと笑う。


そんな酉斗に呆れながらも、ヒヨコとタマコも笑みを返していた。


それから食事を終え、酉斗の友人が支払いを済ませて店を出るときに――。


「いやー今日は楽しかったな。料理もお酒も美味しかったし、次は友人じゃなくて客として来るよ」


「そういってもらえると嬉しいね。じゃあまたな」


「あぁ、また来るよ。お前のバーベキュー屋に」


酉斗の友人はそういうと、にこやかに店を出ていった。


彼の残した言葉のせいで、店内にはなんともいえない微妙な空気が流れている。


「たしかに、あんな料理出されたら……もはやうちは焼き鳥屋じゃないかも」


そして、まるで皆を代弁するかのように、タマコがそうボソッと呟いた。



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