白いおだまきの花
淡雪 隆
第1話
淡雪 健
第一章 狐の嫁入り
Ⅰ
「うわっー、何なんだー❗」私は真っ逆さまに堕ちていった。ドシンと突然暗闇の中に滑り落ちていった。
此処は何処だろう? 暗闇のなかに放り出された私は、周りを見渡した。どうやら、手足の感覚では田舎の畑の上にいるらしい。手や足に泥がついている。遠くに一件民家が見える。ぼんやりと、周りを照らしている。
「チリリン―………チリリン……」と微かに鈴の音が聞こえてくる。
その家の前の小道を焚き火棒の先の火が二列で四つ灯をともしていた。その後に芦毛の馬が人を乗せてついてきている。更にその馬の後ろには、六つの提灯火が続いていた。そしてその行列は、茅葺き屋根の家の前を通りすぎると、道を左折し、私のいる方向に進んできた。私の目の前を通りすぎるとき判明したのは、先頭の焚き火の火と思っていたのは、何と「鬼火」だった。その後に続く馬には角隠しをした和装の女性が乗っていた。真っ白な衣装に、とても綺麗な女性が乗っていた。う~む、何と美しいのだ。私は見とれてしまった。その馬の後には提灯だけが宙に浮いて六つ揺れていた。素晴らしいなんて美しいんだ! あぁ、そうか、これが「狐の嫁入り」と言うものか。私はボーゼンとした。出るのは溜め息のみだ。その時"ハッ”と気がついた。私は半身からだを起こして、
――夢だったのか――
私は汗をかなりかいていた、それをタオルでぬぐいながら、”でも、綺麗な人だったな~"と溜め息をついた。
Ⅱ
私は長野県に有るある大學の農業部に籍を置く大學二年生になったばかりで、#刈谷大輔__かりやだいすけ__#と言う。#花卉__かき__#栽培に興味を持ち、クラブも花卉研究会に入っていた。ずいぶん地味なことに励んでいた。高校も農業高校だったし、花が好きなんだな。そう言えば今日は新入生の歓迎コンパだったな。しかし、研究会に入部したのは、たしか女性三人だということだったな。まぁ、そんなもんか。そして、歓迎コンパのおこなわれる研究所の学生の溜まり場にもなっている、大學近くの大衆酒場『信濃』に集合時間の十分も前六時五十分に着いた。店のなかにはいると、先輩達が数人来ていた。と言っても今度入部した三人をいれても全体で二十名ほどだけど。二階に有る広い会場に畳張りだが、長テーブルを並べておいてあり、二十人分の座布団が並べてあった。会長の#今泉亮__いまいずみりょう__#が、既に来ていて、
「おう、刈谷。お前も早かったな。まぁ、好きなところに座れや」と言われ、端の方に座った。後先輩の女性会員が数人来て座っていた。このクラブはやはり女性のクラブ員が多い、男性は全部で五人しかいない。そして、三々五々集まりだして、開催時間の七時には、新入部員をいれて全員が揃った。
Ⅲ
新しくはいった、三人の女性部員も集まり、私が、
「君たち三人が新入学生の研究会員だね、僕の前に並んで座ってよ」と言うと、進行役でもある私は、
「それでは、これから歓迎会を開きたいと思います。まずこの研究会の会長から挨拶を御願いします」と言うと、会長は座ったままで、
「私が会長の今泉亨です。以後よろしくお願いいたします。まぁ、少ないクラブですがみんなで楽しく研究をやりましょう。それではみんな揃ったところで、各自刈谷お前から順番に自己紹介をしろよ、右周りで」と言うことで私から、簡単に自己紹介を始めた。そしてみんな自己紹介が終わり、新人さんの番になった。最初の子は、ショートカットの黒髪でやや色が黒いが、愛嬌が良くまた良く笑った。雰囲気を盛り上げるような子だなと感じた。また笑顔が愛くるしかった。
「私は群馬県から来ました、#秋吉祥子__あきよししょうこ__#ともうします。よろしくお願いいたします」みんなが拍手をしている間に料理やお酒が運ばれてきた。店員が下がると、次の子が挨拶をした。
「私は、甲府から来ました。家から出て独り暮らしをするのは一寸恐いです。名前は#山崎由布子__やまざきゆうこ__#と言います。仲良くしてください」明るい色の茶髪のセミロングの髪をしていて、色は白くて、ソバカスが少し見られた。さて、いよいよ最後の子だが、私が一目見たときから気になっていた子だ。何処かで見たような? 思い出せないのだが、とても綺麗な子だった。スリムな体型でスタイル抜群だった。微笑むと堪らなく可愛いのだ。
「私は熊本から出てきました田舎者ですがよろしくお願いいたします。名前は#等々力__とどろき__##幸太郎__こうたろう__#と申します。」
えーっ‼️ ‼️ ‼️ えーっ、俺だけでなく、みんなが驚きの声をだした。
「こ、幸太郎って! 君、男性なの--」そんな馬鹿な!どう見たって綺麗な女性だよ。信じられない。声だって細くて女性の声じゃない等と皆から声が漏れた。
「スミマセン、私は子供の頃からこの格好なんです。保育園に行くときも、どうしてもスカートがはきたくて、髪の毛も結んで通ってました。そのまま、小、中、高とスカートで通してきました。詳しいことは此処ではいえませんが、皆さん解ってください。お願いいたします」皆は顔を頷くと、
「気にしなくていいよ、皆は大歓迎だよ」心配しなくていいよとみんながそれぞれに声を揃えて言った。
Ⅳ
「君は、今日から研究会の一員さ、問題ないよ」と会長も言った。私は勿論そんなことは関係なかった。綺麗だった。本当に幸太郎は美しかった。性別なんて関係ない! 私は一目で彼女に心を奪われた。幸太郎に惚れた! 自己紹介が終わってからは、色々な話しに花が咲いた。新入生の三人も結構楽しそうに話しに加わっていた。女性が多いクラブでもあるからか、直ぐに皆は親密になった。時間はあっという間に過ぎていく。
「よし、ここらで一次会はおしまいだ。次、二次会に行くぞ~」会長の号令がかかった。みんな店の外に出ると、空を見上げた。綺麗な満月が星空満点の夜空に光っている。皆は綺麗だな~と歓声を上げていた。そして二次会に向かうと、他のクラブの新歓コンパが結構おこなわれていて、色々なクラブとかち合ったが、どこのクラブの男たちのほとんどが、幸太郎の美しさに目を引かれていた。そして最後のカラオケ屋に入っていった。俺はこの間中、幸太郎のそばから離れなかった。カラオケ店に着いたときには酔いも手伝って、右手を幸太郎の腰に回して、握っていた。周りの他のクラブ員からは、散々からかわれた。それでも俺は離さなかった。いや、離せなかった。多分俺の気持ちも、幸太郎には通じていたと思った。好きなんだ、好きなのに男も女もないさ。幸太郎は美事な女性じゃないか。俺は、誰に何といわれようと、幸太郎を愛し続けるだろう。歓迎会も終わりの時間となった。
「さぁ、みんなご苦労さん!今日はこの辺でお開きにしよう。明日からまたみんな頑張ろうぜ」と会長の解散宣言があった。そこでみんなバラバラに、自分の家に帰ろうとバラバラになった。俺もまた少し千鳥足になりながらも、大学近くの安アパートに帰った。学生用のアパートで、二階建てで、八部屋有った。俺は一階の右から二番目の部屋だった。部屋に入り、ベッドに倒れこんでテレビをつけてみた。深夜番組をやっていたが、面白くないので直ぐにテレビを消した。幸太郎は無事に帰っただろうか? 一寸不安になったが、不覚にも眠り込んでしまった。
翌朝、早くに目が覚めた俺は、幸太郎に電話をした。クラブ員はみんないつでも連絡が取れるように、スマホの電話番号の交換をしていた。
「はい、もしもし等々力ですが? 刈谷さんですか」と電話に出たので、俺はホッとした。
「いや、君無事に帰ったかな~と思って電話したんだけど」
「あ、有り難うございます。無事に帰りましたよ。私はまだ未成年ですから余りお酒は飲んでいなかったんですよ」
「アッ、そうか、そうだよね、でもまあ無事に帰ってて良かった。ちょっと君に話があるんだけど明日の昼食事後でいいから、大桷の近くに『ルパン』っていう喫茶店があるから、来てくれないかな」
「はい、解りました。明日ですね」俺はその晩興奮してよく眠れなかった。そして翌日、朝からそわそわしていた俺は、昼の授業が終わると、大学の学食でカレーライスを急いで食べて、待ち合わせの喫茶店『ルパン』で、コーヒーを飲みながら、固唾を飲んで、幸太郎を待っていた。そうしていると、
「お待たせしました」と言って、幸太郎が俺の席の前に座った。
「あぁ、すまなかったねわざわざ呼び出して」
「イイエ、構いませんよ、今日は暇ですから」幸太郎もコーヒーを頼むと、俺は幸太郎をまじまじと見た。………綺麗だ! ヤッパリ幸太郎は綺麗だ。モデルみたいだ。仕草も女の子ぽくって可愛い。
「実はね、幸太郎君、本気で言ってるんだよ、笑わないでおくれ。俺と付き合って欲しいんだ!」そこにコーヒーが運ばれてきたので、ちょっと会話が途切れた。ウエイトレスが戻ると話を再開した。
「ね、幸太郎君。お願いだ」
「わ、私でいいんですか? 私はご存じの通り"男”なんですよ」
「勿論解ってるさ。君の場合男も女もないよ。俺には女性にしか見えない」幸太郎はビックリしたみたいで、俺の顔をじっと覗いた。
「本当に、いいんですね。私も刈谷さんが好きだったんです。嬉しいです!」
「じゃあ、付き合いはOKだね」
「勿論結構ですよ」周りの客も変なものでも見るように眺めていた。
「じゃあ決定ね。幸太郎君。じゃあおかしいから、ちょっと思ったんだけど、君のこと”さっちゃん"って呼んでいいかな?」
「じゃあ私は"大輔さん”って呼んでいいかな」
「うん、いいね! ”さっちゃん"”大輔さん"か、それで呼び会おうよ」
「了解でーす!」と決めた。
「後、さっちゃんの実家のことなんかを聴いてもいいかな? 刈谷大輔は、長野県育ちで、長野県から出たこと無いんだよ。親父は精密機器の会社員で、単なるサラリーマンだよ。お袋は専業主婦兄弟は兄貴が東京で、サラリーマンをしてるよ」
「私は、熊本県に本社をおく等々力建設の社長をしてて、九州の各県に支店があるの。私にも兄がいまして、父の跡継ぎに決まってますから、私は自由なんです。でも流石に、私が大きくなるにつれなにかおかしいと言うことで、私を大学病院の精神科に連れていかれて、診断を受けるようにしたの。そしたらどうも『性同一障害ではないか』と診断が出て、両親も諦めてくれたわ」
「へー、じゃあ大会社の社長の本当は息子なんだ! お金持ちだね」
「そうね、お金には困ったことはないわね」と言うことで二人は、付き合っていくことになった。それからは俺は天にも登った気持ちの毎日だった。それからは二人はまさに恋人通しのように毎日のように有っては楽しい毎日を繰り返した。お互いのアパートを行き来し、さっちゃんに対する愛情は更に深くなっていった。驚いたのはかさっちゃんの住屋に行った時だ! 流石に金持ちの子だ。賃貸のマンションで、すごく豪華な建物だった。しかし、決して泊まり込むことはしなかった。ヤッパリ近所の目が有るからな。しかし、愉しいことは光陰矢の如しとは言われるものの、俺には速すぎだよ! あっという間に半年が過ぎようとしていた。そんな時俺はさっちゃんのマンションにいた。夕方二人でレストランで食事を済ませ、さっちゃんの部屋でベッドに腰掛け、話し合っていた。
「さっちゃんはね、俺にとっては、おだまきの花なんだよ」
「おだまきの花? どう言うことなの?」
「さっちゃんは、一般教養で文学を習っていない?」
「文学は取ってないわ」
「あのね、俺は文学で習った詩集の中で、荻原朔太郎の詩集の中に出てくる、『なを白く咲きいだるおだまきの花』ってところが大変気に入ってね大好きなんだ。つまり崖にしがみつくかのように力強く咲くおだまきの花を詠んだ詩なんだけど、この花が大好きになって、さっちゃんは、まさにこの白いおだまきの花なんだな。僕の理想の人なんだよ」
「私が、その白いおだまきの花と言うのですか! 大輔さん❗ 大好き」と僕の首に両腕を絡ませて、大変喜んでくれた。そして二人は自然に唇を厚く合わせた。………長くキスをした後僕は天国にいる気持ちになった。なんて、さっちゃんの唇は柔らかいんだろうとろけてしまいそうだった。そして自然と二人は服を脱ぎ始め、ベッドに横たわり、お互いしっかりと抱き合った。僕はさっちゃんの白い胸に有る、赤い乳頭を口に含むとさっちゃんを慈しんで優しく抱いた。さっちゃんも切ない声を漏らし始めた。
「だ、大輔さん」さっちゃんはあえぎ始めた。僕はさっちゃんの身体中を嘗めつくし、愛した。そうするとさっちゃんも愛が高揚してきたのか、体を反転させると。両ひじを折り畳み、お尻を突き上げた。僕はクリームをたっぷりと塗ると、そっとゆっくりと、侵入していった。さっちゃんは、大きなあえぎ声をだした。
「大輔さん! 大輔さん! 大好きよ」暫く抱き合いベットの上に二人して汗だらけになり、身体を投げ出した。さっちゃんは、暖かかった。そして性行後の後始末をした。さっちゃんは、俺に抱きついたままだ。そしてついにそのままその夜はベットを共にして眠り込んでしまった。
第二章 最初の別れ
Ⅰ
そして、二人は幸せな日々を送っていた。ある日さっちゃんが、突然、
「私、来年にはアメリカに留学するの」
「えっ! マジで」 私は正直驚いた。アメリカに留学するのか、会えなくなるんだ。すっかりしょげてしまった。私の青春も 短かったな~と感じた。 「そんなに、めげないで、直ぐに日本に帰ってくるんだから」 小百合は慰めてくれた。 「どのくらい、留学するの?」
三年位かな! 三年くらいあっと言う間よ」 さっちゃんは気楽に言うけど、私にとって三年は長 いよ。 「ニューヨークのマンハッタンにある学校にいくの」お父さんがね、私が将来花屋をしたいって言ったら、それならアメリカぐらいは行って、もっと勉強しなさい。って言われたからなの さっちゃんはニューヨークに行くと言った。 「ニューヨークか、遠いな~」 益々落胆した。さっちゃんは私の横に寄り添って座り、私を見詰めてきた。二人は自然と唇を重ねた。何て柔らか い唇なんだ。天使の唇のように感じた。
私は、何となく虚しくなり、さっちゃんのマンションを後にした。自分のアパートに着くまで電車に揺られながら、さっちゃんのことを考えた。来年にはアメリカに留学するのか。三年待てるだろうか。それにニューヨークと言う場所は、治安は良いのだろうか。心配すればきりがなかった。しかし、時間は確実に進んでいく。立ち止まりはしな い。必ず来年にはさっちゃんと離れ離れとなる時が来るのだ。それまでの時間を有効な時間にしようって考えた。そしてアパートに着いたとき、無性に虚しさを感じた。何も食べる来もしなかった。この街にある花屋で 見かけた白いおだまきの花を一輪求めて帰った。その花を一輪挿しに飾って、机の上に置いた。そして寝た。
Ⅱ
人は誰でも幸せになりたいと願う。幸せって何だろう?
人によって様々だろう、
人を愛することなのか?
お金持ちに成ることなのか?
社会的ステータスを得る事なのか?
考えれば考えるほど、分からなくなってくる。自分は幸せだと考えていても。他の人からはそうは思われてないだろう。今の私は幸せなのだろうか。愛しい人は遠い所に行ってしまう。三年間、一目も見る こともなく、愛し続ける事など出来るだろうか。等と考え、内心を悟られないように、さっちゃんとデートを重ねた。 さっちゃんはどんな風に考えているのか知りたかったが、聞くのが怖かった。そうしているうちに、時は過ぎ、さっちゃんが留学する日が近付 いてきた。私はその日、成田空港まで見送りにいった。出発の時間が迫るなか、両親との別れを終えたさっちゃんは、私の方に近付いてきた。私は、さっちゃんをしっかりと抱き締めた。自然と涙が溢れてきた。小百合も泣いている 。早百合の最後の言葉は、 「じゃあ! 大輔、三年後にきっと会いましょうね!」さっちゃんはそう言うと、搭乗口の方へと消えていった。追いかけていきたい気持ちでいっぱいになったが、それは叶わぬ事であった。 一人になると、 虚無感は一層増していった。世の中で一番大切な物は愛だと考えさせられた。私は、いつの間にか卓上カレンダーに毎日×をつける癖が出来てしまった。三十六枚のカレンダーに×が付かなくては、さっちゃんに会えないと思うと気が遠く なった。そして空虚な日々が坦々と過ぎていった。机の引き出しのなかには航空便で一杯になっていた。さっちゃん.....。会いたい、さっちゃんに会いたい! 愛しい人に会えないとこんなにも切ないのかと思った。そしてさっちゃんが留学してから一年が過ぎた時、私は、テレビのニュースを見ていて、とんでもないニュースを見た。
Ⅲ
海外ニュースで放送された。イスラム原理主義の過激派がテロを行ったのだ。ニューヨークのマンハッタンにある大学で無差別殺人が行われ たとの報道で、銃をもった二十五歳のテロリストが突然大学の構内に侵入し、無差別に学生にたいして銃を乱射したとのことである。死者十名重軽傷者二十名の被害者が出て、死者十名の中に日本人留学生が一名含まれると のことで、外務省の発表では、
日本人留学生の名前は"#等々力幸太郎__・__#(20)”とテロップで流れた。 それを見た私は、驚愕した。嘘だろ! 嘘だろ! マジかよ! 嘘だ~と大声で叫んだ。さっちゃんが死んだって、そんな馬鹿な! 誰が信じられるもんかしかし、皮肉にもTVはさっちゃんの名前を繰り返し放送していた。私は腰を抜かし、口から泡を出しながら、嘘だ、嘘だ、と繰り返していた。それからである、私は生きる屍と化した。何も考えたくなかった 。誰とも会いたくなかった。私は、アパートで引きこもり、大学にも行かないし、外に出るのも嫌になった。膝を抱えて、さっちゃん、さっちゃん、どこにいったの?
愛しいさっちゃん! 愛しいさっちゃんは何処にも行かないよ。と延々 と呟いていた。眠れない夜が続いた。
第三章 最後の咆哮
Ⅰ
数日が経った。相変わらず壁に持たれて膝を抱えて、ぶつぶつと同じことを繰り返し言っていた。その時、両親が部屋に飛び込んできた。どうやら大家のおばさんから連絡を受けたらしい。父に支えられ立ち上 がった。そんな私の姿を見て母は泣いてばかりいた。三人は大家さんにお礼を言って、私を支えながら、アパートを後にして、実家に私を連れて帰った。 高校まで勉強をした二階の私の部屋に運ばれた。
暫くは机の椅子に座っていたが、急に 猛烈な痛みが腹部を襲った。まるで横隔膜に沿うようにカッターナイフで抉られたような痛みが私に襲いかかってきた。堪らなく痛い、座っていられない。不思議と立ち上がると痛みが和らぐのだ。何なんだ! 椅子に三十分も座っていられない。腹部が痛くなる。さっちゃん! さっちゃんは何処だ? 此処は何処だ? さっちゃんはどこにいる。眠れない夜が続いた。私は部屋の畳の上を円を書くように、ぐるぐると歩き続けた。足の裏の皮が#捲__まく__#れ、畳は血だらけに なっていた。そして私は、父に強引に病院に連れていかれた。精神科の前で受診を待っているときに、私は、後ろ向きに倒れた。看護師が飛んできて、先生に報告され、即入院となった。
精神科病棟の中の隔離病棟に入院させられた。病棟の 入り口が施錠させられる病棟だ。その病棟の一室のベッドに寝かされ、投薬を受け多分安定剤の類いだろう。そしてモルヒネらしき注射をされ、栄養ざいの点滴を受けたらしい、幾らか落ち着いてきた。父も、ガック リと肩を落として、また来るからと言って、病棟から出ていった。閉鎖病棟は、見舞や身内が面接にきたときでも、入り口のインターフォンを鳴らして、看護師長さんに、鍵を開けて貰わなくてはならない。私も幾らか落ち着いてきたが、何故自分 が此処に居るのだろうと思った。さっちゃんは何処に居るのだろうと、辺りを見回した。ベッドの横に、母が持ってきたのだろう、おだまきの花が一輪挿しに刺して、置いてあった。その花を見ると、さっちゃんを探す。さっちゃんはど うした、何故いないのだ! 点滴が疎ましかった。夜は睡眠剤で眠った。数日が経ち、点滴も取れた。周りの環境にも馴染んできた。しかし、あの監視カメラには閉口した。歩き回ると、直ぐに看護師が飛んできて、俺をベ ッドに寝かし付ける。どうやらカメラのモニターがスタッフルームに有り、恒に監視されているのだ。部屋から出ることも出来やしない。食事も部屋の中で食べるのだ。
「チリリーン、チリリーン」
聴いたことの有るあの鈴の音がある日の真夜中、ベッドで寝ていると、聞こえてきた。足元がやけに涼しくなった。薄く目を 開くとそこにさっちゃんが立って私を手招きした。ベッドからそっと抜け出して、さっちゃんに近付こうとするとさっちゃんは微笑みながら、部屋のドアから抜け出ていった。私も後を追いたがったが、監視モニターがある、直ぐに看護 師が飛んで来るだろう。しかし、不思議なことに、私がベッドを抜けても、誰も来なかった。おかしな具合だったが、此処に来て#躊躇__ためら__#うことは出来ない。私も部屋のドアから抜け出た。ドアを開けることもなく、さっちゃんは更 に廊下を歩いていて、私は後を追った。さっちゃんは手招きしながら、閉鎖されているドアもすり抜けた。私も同じくさっちゃんを追いかけてドアをすり抜けた。抜け出したら、其処はかつて夢に見た田舎の山道の路上であった。離れた場所にさっちゃんとあの 狐の花嫁がいた。そして、二人の顔はそっくりだった。二人で手招きをしていた。私は、二人に駆け寄ろうと歩みを速めた。そして後一歩というところで、足元の地面に穴が開きあのときのように、私は穴に落ちて落下していった。
グシャ! 私は、病院のアスファルトで舗装された駐車場にうつ伏せに潰れていた。右手には おだまきの花 を握っていた。私は、微笑んでいるさっちゃんを抱き締めた。
〈さっちゃん!〉〈和雄!〉二人はお互いに呼びあって、〈もう、二度と離れることは無いのだ 〉と、二人抱き合い、氷の上を滑るように、踊りながら、天上へと登って行った。私は、思った。きっと小百合が狐の花嫁に頼んだのだろう。
(了)
白いおだまきの花 淡雪 隆 @AWAYUKI-TAKASHI
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