第31話 消えない時間


「睦月さん、どうかしましたか? 少し休憩を入れましょうか。私も疲れてしまいました」

「あ、ああ、そうしようか」

「じゃあ麦茶を入れますね」

「ありがとう。丁度喉が乾いてたんだよ」


やばい、意識が完全に逸れてしまっていた。

まだ教科によっては知識が失われている可能性もあるので、慎重に依織の様子を見守る必要がある。

依織の入れてくれた麦茶を飲んでから宿題を再開したが、途中で答えが解らずいきづまってしまった。


「………解らん」

「睦月さん、これは多分こうです。これとこれを……………で出来ますよ」


しまった。問題が解けなくて呟いてしまった。

しかもしっかりと依織に聞こえてしまった様で、解き方を教えてもらってしまった。

本当にありがたい事ではあるが、やってしまった。

それにしても依織の教え方が上手すぎないか?

自分では全く解けなかった問題が依織の解説を聞くとあっさりと頭で理解できてしまった。

俺は今まで結構、暗記となんとなくで点数を稼いできたが、依織の場合は根本的な理解深度が違うと感じさせられてしまった。

流石は依織だが、俺も依織の助けなしでも問題を解ける様に努力しないといけないな。

それから夕方まで宿題を続けたが、依織は一日で既に全体の半分以上終わってしまった様だ。

この調子で行くと明日には終わってしまいそうな勢いだ。

俺はようやく全体の三分の一終わった所なので、やはり依織との差は歴然としていたが、かなり集中してこれなのだからこればっかりはどうしようもない。


「ふ〜疲れた〜。頑張った」

「はい。頑張りました。この調子でいけば明日か明後日には終わりそうです」

「でも依織が問題無く解けてよかったよ。これで学校の授業も心配はなさそうだ」

「でも、知らない場所で知らない先生の授業なので心配です」

「大丈夫。何かあったら俺が助けるから」

「はい、ありがとうございます」


やはり、依織にとっては新学期のハードルはとてつもなく高い。

俺はそのハードルを少しでも下げる手助けをしたい。

それから依織が晩ご飯を作ってくれるのを待つ間にスマホで記憶喪失の事について検索してみた。

医学的知識に明るく無いので合っているかは確証が持てないが、依織の症状はどうやら正式には記憶喪失ではなく逆行性健忘と言うらしい。

忘れている期間や、原因は人によって違う様だ。回復の時期やパターンも人によって違うらしいが、概ね時間と共に記憶が徐々に回復していくらしい。ただ完全に元に戻るかどうかは人によるらしい。

記憶の回復期の出来事は以前の記憶が戻ったっとしても、消え去ってしまう訳では無く、覚えている事が多い様だ。

漫画の様に記憶を思い出した途端に、それまでの出来事を完全に忘れてしまうということは余りなさそうな感じだ。

つまり、たとえ依織の記憶が戻ったとしても俺とのこの生活は依織の記憶に残る可能性が高いと言う事だ。

少しほっとしている自分と、本当は忘れてしまってくれた方がいいと思う自分がいて複雑だった。

依織が記憶を取り戻した時に俺とのこの時間は、彼女にとってどう映るのだろうか。それを考えると怖くなってしまうが、今は依織の記憶を取り戻すことだけに専念したいと思う。

現実逃避なのかもしれないが今の俺にはそれしか出来ない。


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