Indian・Summer
淡雪 隆
第1話
淡雪 隆
一 悲しみ
十月とは思えないほどの陽光が俺のアパートに降り注ぐ。小春日和と言うやつだ。二階建ての木造の新しいアパートで、まだ、新築の木材の匂いがする、の一番端の一⚪一号室に入居していた。朝からの陽光と微風がレースのカーテンをゆらゆらと揺らし、我家の中の壁の柱に背を預け、まっすぐに伸ばした俺のジーパンの足に降りかかる。俺、滝沢俊吾は天井の一点を眺めていた。
本当は家族三人で借りたアパートだったが、俺は一週間前に会社からリストラされ、妻はもういない! 三歳になる男の子もいたけれど、三年前に三歳にもなったのだからアパートの前に有る綺麗な公園で公園デビューをした。友達も出きるだろうし、いいことだろうと思っていた。その日も天気がよくて、公園で遊ぶ子供達が多かったので、妻の裕子は子供の宇宙と一緒に公園に出かけていった。ママ友も出来たのだろう。井戸端会議に花が咲いていた。このアパートにも、同じくらいの子供がいる家庭が何戸か入っていた。
ただ、心配なことがひとつあった。アパートと公園の間には、一車線の県道が走っていたから、横断歩道を渡らなくてはならない点だ。車の通行には充分気を付けるようには言っていたが………。特に仲のよい隣の奥さんとしゃべっている間に、宇宙が道路に飛び出して遊んでいた。それに気づかなかった車の運転手や、話に夢中になっていた裕子。当然の結果、走ってきた車に跳ねられてしまった。まともに当たったから、たまったもんじゃない。宇宙は即死だった。心配していたことが、現実に起こってしまった。事故を起こした運転手はまだ二十歳をやっと過ぎたくらいのうら若き女性であった。須崎桃花と言う名前らしかった。こうなると、彼女もかわいそうだった。突然県道に飛び出してきたらしい宇宙。とても避けられるわけがない。こうなると彼女も被害者だと思った。俺が会社でその事故の連絡を受け、駆けつけたときには警察車両などがたくさん集まっていた。宇宙はピニールシートで身体を覆われていた。側で裕子が泣きじゃくっていたが、周りを同じママ友や野次馬が集まっていた。俺は、警察官に説明を聞いた後、その状況を聞いて、その運転をしていた娘さんに、余り憎しみは沸かなかった。俺の怒りは裕子に向かった。何故! 何故! 宇宙から目を離したのだ❗ 私の怒りは沸々と沸き上がり裕子に向いた。
「この馬鹿野郎❗ 何故、何故……」殴りかかろうとした俺を何人かの警察官が押し止めた。俺は悔しかった。
二 家庭崩壊
何とか宇宙の葬儀を、親戚一同やアパートのママ友達が葬儀場に集まり、勿論事故を起こした、須崎桃花さんと両親やみんな涙の洪水の中で厳かに葬儀を無事終わることが出来た。宇宙を跳ねた事で事情聴取を受けていた娘さんも、状況を鑑み、本人の真摯な反省の気持ちを汲んで、検察では、事故当事者同士の和解も出来たと言うことで、不起訴となった。俺はこれで良かったと思っている。あの事故以来毎日両親と共に娘さんは俺のアパートにきて、俺と裕子に土下座をして真摯に謝った。毎日だ。雨が降ろうが、風が強く吹こうが、毎日二人の前で土下座をした。俺も妻ももう誠意は充分伝わりましたからと、もうやめるように頼んでいた。民法上の慰謝料は、全額交通安全協会に寄付をした。
そして初七日をあげ、居間に仏壇を購入し、斎場で焼かれた宇宙の骨は余りにも軽くて、目頭から涙が溢れてきた。
――何て、何て軽いんだ!――
息子は一体何のためにこの世に生まれてきたのか? ほんの些細な注意不足が、こんな結果を生むのだ!
ほんの三つで死んでゆく。君の命は何だったのだろう。俺に言わせれば車を運転していた娘さんも、やっと就職できた会社から不採用通知がきたと言うし、須崎さんのお宅の近所の目も身体に刺さるほどいたかったと言うし。裕子の単純な油断がこんなにもたくさんの人の人生を狂わしたのだ。俺の両親も、裕子を罵り、裕子の両親は事あるごとに俺に裕子の不注意を謝った。最終的には、俺の怒りは裕子に向いた。お互いに会話もなくなり、俺も余りの悲しみに、会社での営業成績もドンドン堕ちていった。会社の上司からは叱咤激励の嵐となった。段々俺が会社では煙たくなってきたのだ。遂に会社には貢献してきた俺だが、リストラの通告を受けた。アパートにいても気分が晴れるわけもなく、裕子の顔もみたくないから、外に出て、パチンコなどをして、時を潰した。夕方になるとアパートに帰り、酒をのみ始めた。今まで酒やタバコなどは飲まなかったのだが、タバコも吸い始めた。そして段々エスカレートし、朝から酒やタバコを飲むようになった。流石に妻も辛抱を切らしたのか、俺に愚痴をこぼすようになった。
「ねぇ、俊吾さんいい加減に私を許してくれないの? このままでは生活は出来ないし、もう俊吾さんは働く気は無くなったの?」
「お前を許すだと! ふざけるな。お前には憎しみしか湧かないよ。それに宇宙を亡くして、生きる張合いも出ないよ。こんな俺が嫌なんだろ! だったらすぐに出ていけよ」
「出ていけ? つまり私と離婚をしようと言うことね!」
「あぁ、そうだよ!気に入らないなら、離婚でもなんでもしてやるからここから出てゆけ❗」
「そう言うことなのね。ちょっと考えさせて貰うわ」と言って、台所に行ってしまった。俺は余りにも腹が立ち、我慢の限界もここまでだなと考えて、俺は裕子を台所に追いかけ、初めて裕子に手を上げた。激しく叩いたので、裕子は座り込み泣き出した。これが切っ掛けだった、それからは、毎日朝から酒をのみ、ぐうたら生活を繰り返すばかりであった。しかし、ある日宇宙の月命日に、宇宙の仏壇に線香をあげながら、台所から持ち出した出刃包丁で、自分の頸動脈を切り裂いた。俺は最後の力を振り絞り、台所まで這いずりながら、地を出している裕子の右手を力の限り握りしめ、
「裕子❗ すまなかったな」と裕子に重なるように力尽きた。
(了)
Indian・Summer 淡雪 隆 @AWAYUKI-TAKASHI
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