第5話
彼女のジェスチャーに、僕の心は激しく揺さぶられる。それは、確かに僕の秘密の核心に触れる行為だった。
もしかしてこの人は僕の体質に気づいているのか。いや、そんなはずはない。仮にその可能性が頭によぎったとしても、普通の人間であれば、すぐにそんなことはありえないと取り下げるはずだ。
でも、と僕は思う。彼女は果たして、普通の人間なのだろうか。
「君、あのとき泣いてたよね? ほら、雨が降るって教えてくれた、あのとき」
脳内会議に追われている僕に、彼方さんは責める手を緩めない。
「私が振り向いたら、君はまるで見せちゃいけないものみたいに顔を隠してた。多分だけど、悲しくて泣いてたんじゃない。ましてや、転んだのが痛くて泣いてたわけでもないよね?」
彼女は次々と推理を並べ立てていき、だんだんと僕は首を絞められているような感覚になる。僕が思っていた以上に、彼方さんは僕のことを見ていたのだ。
そして彼女の推論は、いよいよ僕の心臓へと迫る。
「ここからは私の憶測でしかないんだけど、どの天気予報も予想していなかったようなゲリラ豪雨を君が言い当てたことと、あのとき君が泣いてたことには、何か関係があるんじゃないかな。それこそ、君は涙で雨を……」
「仮に」
彼方さんが全てを言い終える前に、僕は口を挟んだ。
「仮に、彼方さんの想像通りだとして、これ以上知ってどうするんですか。僕と彼方さんは、なんの関係もない他人でしょ」
思わず声を大きくして、憤りを隠しきれないまま僕は言った。それが彼女の憶測を暗に肯定してしまうことになるのは、言い終わってから気がついた。
そして彼方さんは、こんなときでも余裕のある表情を崩さなかった。むしろ疑いが確信に変わったことに喜んでいるふうにも見えた。
「どうもしないよ。でも、やっぱりそうなんだ。君は涙で雨が降ることを予知できるの? それとも……君の涙が雨を呼ぶとか?」
「……こんな話、よくすんなりと受け入れられますね」
当の本人である僕ですら、欠片ほども自分の体質を受け入れられていないのに。
彼女の言う通りだ。確かに僕は涙で雨を予知できるし、逆に僕が何かしらの要因で涙を流せば、どんな天気予報があったとしても雨が降る。七年前のあの日から、僕はそんな特異体質を抱えていた。
こんな馬鹿げたこと、受け入れられる人間なんて普通はいない。やはり彼方さんは普通ではなくて、そんな彼女だからこそ、僕も半分開き直ってしまいそうになっているのだろう。
「私ね、これでも結構疑り深いんだよ。学生のときに流行ったチェーンメールも一回だって引っかかったことなかったし。──でもね、自分の目で見たものだけは信じることにしてるの。私は、自分を信じてるって言ってもいいかもしれない」
彼方さんは何秒か僕と目を合わせて、それから納得したように頷いた。
「だから私は、君を信じる。……信じたいの」
あまりにも淡白な彼女の反応に、僕は肩透かしをくらったような気分になった。
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