第46話開戦

 

 ――――《バルマン攻防戦》初日――――


 妖魔ヨーム兵との戦いは、初日から熾烈しれつを極めた。


「西門への兵の補充を急げ!」


「東からが来るぞ!」


「出し惜しみをするな!」


 バルマンの街を取り囲む妖魔の大軍は、一斉に襲いかかってきた。

 戦術も陣形も無く、ひたすら攻撃を繰り返してきたのだ。


「矢じりをたらふく食わせてやれ!」


 守備側であるバルマン軍は、連携をもって対抗する。

 強固な城壁の上に弓兵を配置。頭上から容赦なく矢の雨を、妖魔に叩き込む。


 有事に備えてある矢数は、バルマンには多い。また食糧を含めて補給線における心配はない。


「今だ! 突撃チャージ!」


 敵の手薄な方角の城門を一次的に開放して、バルマン騎兵は突撃していた。

 バルマン騎士団の奇襲突撃により、下級の妖魔兵は押し潰されていく。

 軍馬を使いこなすことは、人類の優位に導いている。


「負傷者は予備兵と交代しろ。敵を休ませるな!」


 連戦が続いていく。

 バルマン家は根っからの軍家ではない。

 昔は諜報や調略を代々得意として、帝国軍の裏の貴族として暗躍してきた。


 だがここ数代前のバルマン当主から、その路線は徐々に変更されていた。軍備を増強していったのだ。

 実力がありながらも日の目を浴びない騎士を、登用していき重役に置き脇を固めいた。


 また暗殺などの調略を、基本的には禁止。礼節を重んじる侯爵家を目指していた。


 ……『バルマン軍は卑劣だが、実戦では弱い』


 それは他国他家からのイメージ。

 実はこれもある意味で、相手を油断させるための情報操作でもあった。


『バルマン軍は実戦でも強い』


 この戦いを見ていたなら、誰もが認識を改めるであろう。


 ◇


「エドワード様、妖魔どもが退いていきますぞ!」


「初日は我々の圧勝ですな!」


 熾烈な攻撃を繰り返していた妖魔の大軍。

 夕陽が沈むと共に、サッと退いていく。

 こちらの攻撃が届かない距離まで退避して、傷を癒すのであろう。


 妖魔は人型の人外の存在であるが、無尽蔵で無限ではない。

 長時間戦えば疲れも溜まり、傷を負えば死に至る。


 人との意思疎通はできないが、妖魔同士では情報伝達の能力がある。

 ゆえに退却の時は、さっと退いていくのだ。


「お父様! やりましたわね!」


 私マリアンヌは前線から“司令の間”に戻ってきた。

 お父様に喜びの表情をむける。


 私は初陣に少しばかり興奮してしいるのであろう。自分でも気がつかないほど、自然と言葉も荒くなっていた。


(それにしても、実戦は本当に、すごかったな……)


 私は前線で、バルマン兵を指揮していた。すぐ目の前で妖魔と騎士との、激しい激戦が繰り広げられていた。

 怒声や血肉が飛び交う戦場。あれを見て、平静でいられる初陣兵などいないであろう。


 ふう……深呼吸をして自分自身を落ち着かせる。


「よくやったな、マリアよ。だが本当の戦はこれからだ。油断はするな」


 窓の外に広がる闇夜に、目を細めながらお父様は外を見ている。

 闇の先に退いていった、妖魔の影を見ているのであろう。


「何かあるとでもいうのですか?」


 私が実戦を経験するのは、今回が初めて。

 机上の空論では、過去の様々な戦術史を学んできた。

 経験はないが知識は豊富。今回の初日の攻防戦は、バルマンが圧勝はとも思えた。


「だと、いいのだがな……」


 それでも窓の外を見る、お父様の目は険しかった。


 ◇


 ――――《バルマン攻防戦》二日目――――



 お父様の予感は当たってしまった。


 攻防戦は二日。バルマン軍は早くも、劣勢に陥ったのである。


「西門に兵の補充を至急!」


「馬鹿をいうな、東の方が優先であろうが!」


「とにかく急げ!」


 原因は妖魔軍の更なる増員であった。

 昨日よりも更に敵軍は増加。洪水のように、城壁に押し寄せてきたのだ。


 広大なバルマン平野を覆い尽さんばかりに、妖魔軍は溢れていた。

 更に自分たちの被害を恐れずに、波状攻撃をしてきたのだ。


「くそっ! 上級の妖魔が来るぞ!」


「騎士様に要請を!」


 更に状況を大きく変えたのは、上級妖魔の存在であった。

 人外の脅威をもつ、妖魔の中でも《上級妖魔》厄介な存在。


 上級妖夢に対しては、腕利きの騎士でようやく互角。

 普通の兵士たちでは何人集まろうとも、勝てない恐ろしい存在だ。


 更には上級妖魔の特殊攻撃を有する。

 城門や城壁すらも打ち崩す、破壊力があるのだ。


 放っておいたなら一体で、前線を打ち崩す危険な存在。

 そんな上級妖魔を相手は、惜しみも無く投入してきたのだ。


「くっ……まさか……あそこまで戦力を投入してくるとは……」


「それよりも上級妖魔どもだ! ここに残る騎士だけでは、対応しきれんぞ!」


 長かった二日目の攻防が、ようやく終わった。

 初日と同じように、夕陽が沈むと共に、妖魔の大軍はサッと退いていく。


 本当に長く感じた一日だった。

 たった一日で、バルマン軍はボロボロになりつつある。

 誰もが傷つき、疲労が蓄積していた。


 城に残っていたバルマンの騎士や兵士たちは、決して弱くはない。

 だが相手の戦力が、当初の見込みよりも増加していたのだ。


 善戦しているバルマン軍に、今のところ死者はそれほど多くはない。

 まだ城壁の上からの弓矢や奇襲によって、一方的な戦いを出来ていたからだ。


 だが敵の休む事のない猛攻で、疲労は既にピークに達して危うい。


 仮に城門の一つでも、決壊してしまったら致命的。

 一気に妖魔は街中に雪崩れ込み、敗北は決まってしまうであろう。


 つまり援軍が来るまで、街を囲う城壁を、守り切れるか。

 それが今回の勝負の生命線なのだ。


「皆さま……」


 前線から“司令の間”に戻ってきた、私は思わず言葉を失う。

 騎士たちの多くは、傷つき疲労していたのだ。

 ある者は肢体を欠損し、またある者は血まみれだった。


 数十倍の数で押し寄せてくる大軍を相手に、彼らは身体を張って防いでいた。


 こんな時に、何て言葉をかけていいのか分からない。

 どうすればいいのだろう?


「驚かせしてしまいましたか、お嬢!?」


「貴君が鬼のような形相で、愚痴るからであろうが」


「はっはっは! 面目ない」


 真っ青な表情でいた私に、気を使い騎士は笑顔をつくる。

 そして語ってくれる。この程度の傷は大したことはない、と。

 過去の激戦に比べたら屁でもない、と軽口を叩いてくれる。


「皆さま……」


 それは令嬢である自分への、精一杯のやせ我慢かもしれない。

 でも悲観していた私の心は、勇気をもらい晴れた。

 みんな、ありがとう。


 そんな中、“司令の間”で幹部会議が開かれる。

 議題は明日以降の戦術だ。


「いざとなったら市民の城内に避難。街の外壁を破棄してでも、時間を稼ぐしかあるまい」


「それではバルマンの街が、焦土と化すぞ!」


「それも仕方あるまい!」


 父上と幹部たちは、明日からの策を練っていた。

 予想以上の妖魔の増加をふまえて、当初の作戦を修正していく。


 今の頼みの綱は援軍である。

 近隣の諸侯軍。遠征に出ているバルマン主力騎士団の帰還。

 彼らがバルマンに到達するのは、早くても八日後だ。


 残るバルマン軍で八日間を、いかに耐え切るか?

 今日の作戦会議の課題であり、急務であった。


「さて、どうしたものか……」


「…………」


 具体的な策は出てこない。 


 最終手段は市民を城内に避難させ、街を放棄。バルマン城に籠城する策だった。


 だがそれでも七日ほどの時間しか、稼げないとの予測。

 つまり一日足りない。 


 まさに詰み状態。

 見えてきた絶望に、幹部の誰もが口を開けないでいた。


 ――――そんな時だった。


「おそれながらエドワード様、進言いたします」


 沈黙の“司令の間”に、新たなる声が響く。


 それは第三者の発言。

 作戦会議では発言権すらない、部外者の言葉だった。


「えっ……ハンス?」


 声の主は、私の後ろに控えていた青年。

 いつも影のように付き添っている、若執事であるハンスだった。

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