第39話:しばしの別れ
学園祭を直前にして、帰郷することになった
理由は私宛に書状が届いたからだ。
……『バルマン侯爵家の爵位継承に関する件。相続権所有者の立ち合いにより、皇帝書状の開封立ち合うべし』
これがバルマン現侯爵である父から、私に届いた書状の内容だった。
うーん、小難しいすぎる内容でチンプンカンプンである。
賢い執事ハンスに解読してもらおう。
ふむふむ……『帝国で一番偉い皇帝さんから、私の父(パパ)に宛てに、大事な手紙が急に届いた。それを開封するのに、実の娘である自分も立ち会え』なのね。
なるほど、これなら私にもよく分かる。
私の所属する帝国では、皇帝から届いた大事な書状を開ける時。
当事者全員が立ち会わなきゃいけない、決まりがある。
マリアンヌさんに記憶によると、数年前にも同じことがあった。
たしか相続権に関する書状が届いて、私マリアンヌも立ち会っていたのだ。
あの時はたしか……家族全員が立ち会い。執政官が読み上げていく。
本当に形式的な儀式。時間にして一日ほどで終わった。
つまり今回も一日だけ実家に滞在。それで用事はこと足りるはずだ。
「お嬢様……日数的には、学園祭には間に合います」
往復の馬車での移動する日数も含めて、ハンスが計算してくれる。
ギリギリで何とか学園祭の前日までに、私は戻って来られるらしい。
気づかいと計算、ありがとうね、ハンス。
メイドカフェの準備をしていたクラスの皆に。
今回の帰省のことを、私は説明する。
「……という事情でございます。必ず学園祭の当日までには、私は戻ってまいりますわ!」
突然の私の帰郷に、クラスのみんなは驚いていた。
だから大丈夫だと説明する。
「分かりました、マリアンヌ様。この後の準備は、私達にお任せ下さいませ!」
最初は真っ青な顔で驚いていたヒドリーナさん。
でも今は頼もしい言葉をかけてくれる。
そんなクラスの話に、遊び来ていたラインハルトも入ってきた。
「護衛としてオレ様も同行してやるぞ、マリア⁉」
「ライン。お前は生徒会での準備が、まだ残っているだろうが」
「そういえば、そうだったな。じゃあ、気を付けな、マリア」
有り難いことにラインハルトとジーク様は、私のことを心配してくれていた。
そんな話にエリザベス先輩も入ってくる。
「マリアンヌさん……必ず戻ってくるのですよ! 後夜祭のダンスパーティーで、私(わたくし)と雌雄を決するのですよ!」
エリザベスさんは何か意味深なことを言ってきた。
激励の言葉だと思うけど、その表情は真剣そのものだ。
「皆さま、ありがとうございます。しばしの別れでございます。すぐに戻って参りますわ!」
学園の正門まで、みんなは見送りに来てくれた。
馬車の小窓から手を振りながら、こうして私は実家に戻ることとなった。
◇
伝統ある学園を出発。
活気あるファルマの街の大通りを、バルマン家の馬車は通り抜けていく。
そのまま街の城門をくぐり抜ける。
「久方ぶりの街の外ですわね」
窓の外に広がるのは、外の世界。
肥沃な穀倉地帯に、石畳みの街道が敷かれている。遠くバルマン領まで続いていた。
バルマン領は学園から比較的に近い。
だが道中は馬車でも数日かかる。
道中は街道沿いにある宿場町の、貴族専用の宿に宿泊。
街道は“妖魔(ヨーム)除け”も設置されており、安全面に関しては心配ない。
(往路を計算しても、学園祭までがギリギリか……)
一番の問題は"時間”であった。
みんなの前では『すぐに戻って参りますわ!』と笑顔で別れてきた。
だが実は強がりなのだ。
馬車の中、頭の中で計算していく。
馬車の移動速度と、道中での貴族宿への手配。
到着してからの立ち合いの時間。
なんど計算しても、かなりギリギリの日数なのだ。
貴族宿のブッキングや、国境での手違いなどによる時間のロス。
一個でもミスがあったなら、私は学園祭には間に合わないであろう。
こうして計算は、優秀なマリアンヌさんの頭脳が、正確にはじき出してしまう。
それが今は逆に、私を不安にしていた。
(ヒドリーナさん、ラインハルト、ジーク様、エリザベスさん、それにクラスのみんな……」
――――もしかしたら間に合わないかもしれない。
不安で急に胸を苦しくなってきた。
頑張って早く戻りたい。
でも、こればかりは自分では何もできない。
いったいどうすればいいのだろうか?
「道中は、大丈夫です、マリア様」
「えっ……ハンス?」
そんな私に同じ馬車に乗るハンスが、静かに声をかけてくる。
どういう意味だろう?
「僭越なら“マリアンヌ・バルマン”の名を使い、既に早馬を先行させました。貴族宿と国境を完璧に抑えてあります」
「えっ……ハンス……」
若執事ハンスは先手を打っていたのだ。
バルマン領までの道中の全ての障害に対して、私がスムーズに通行できるように。
「この私(わたくし)、お叱りは、いかようにでも受けます」
私の名を勝手に使った独断は、本来なら執事としては許されざるもの。
だがハンスは察していたのだ。
私が学園祭に参加できることを、どれほど心待ちにしていたか。
だから独断で先に手を打ってくれていたのだ。
「ハンス……ありがとうですわ」
熱い忠義に、思わず目頭が熱くなる。
普段は融通の利かない、口うるさい堅物な執事。
でも私のことをちゃんと見ていてくれていたのだ。
本当に有り難い。
これで学園祭に間に合う確率が、グーンと上がる。
よし……私も一手を打とう。
「それなら馬車の速度を、もっと上げてちょうだい、ハンス。できますよね?」
「はい、可能ですが……乗り心地は最悪になります?」
現代の舗装された道路とは違い、石畳の街道は荒い。
サスペンスのない馬車で急げば、まるでジェットコースターのような乗り心地になるのだ。
「構いませんわ! この私(わたくし)を誰だと思っておりますの? 乙女指揮官(ヴァルキリア・コマンダー)のマリアンヌ・バルマンよ!」
「そうでしたね……では、急がせます」
ハンスは一瞬だけ笑みを浮かべて、御者に指示を出だす。
乗車していた馬車の速度が、一気に上がっていく。
比例して馬車の中は、大きく揺れる。
積んである荷物が、上下に飛び跳ねていく。
この大揺れを往復の道中で身に受けるのは、身体的にかなりキツイ。
でも時間はかなり短縮可能。
学園祭に戻ることを考える今の私には、なんの苦にもならないのだ。
(必ず戻ってきますわ、みなさま……)
後方の窓に見えている学園の尖塔。
最後まで見つめながら、私は心に誓うのであった。
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