第37話順調な準備の中

 学園祭のクラス準備は、順調に進んでいた。

 心配していた不幸なトラブルも、今のところ起こっていない。


 今は昼食(ランチ)タイムの休み時間。

 私はランチを早めに済ませ、ヒドリーナさんはと学園内の散策に出かけることにした。


「あちらが火櫓(ひやぐら)でございますわね、マリアンヌ様?」


 角材を高く積んで組まれた火櫓(ひやぐら)が、校庭にあった。

 形としては現世のキャンプファイアーみたいな感じだ。


 これは来週に行われる学祭、その後夜祭で使われるものだ。


 後夜祭は生徒による打上げ。

 野外に集まり学祭の成功を、みんなで祝い合う。


 火櫓(ひやぐら)を中心にテーブルが設置され、歌や音楽に合わせて踊り楽しむらしい。


「当日は交響曲団による生演奏や、一流料理人(トップ・シャフ)によるバイキング・ビュッフェコーナーもございます」


 ヒドリーナさんの説明の通り、豪華さはファルマ学園流だ。

 当日は野外での晩餐会に近いのかもしれない。


 上級生の話によると、後夜祭はかなり盛り上がるという。

 三年生は最後の学園祭の思い出に、涙を流す者が続出。

 誰もが新たなる誓いをたて、まさに青春の1ページなのだ。


 後夜祭で一番盛り上がるのは、何といってもダンス時間だという。

 ムーディーな音楽に合わせ男女がペアで躍る、伝説のダンスタイムがあるのだと。


 ファルマ学園には何でも“七つの伝説”というものがあるらしい。


 その一つが後夜祭でのダンス。

 『後夜祭で意中の人と踊り告白したら、二人は永遠の愛で結ばれる』……という神秘的な話であった。


 ちなみにこの伝説は、私のプレイしていたゲームの世界と、同じ設定だ。


 ゲームではダンスタイムの時間が始まると、男女はお互いに意中の異性の姿を探す。

 もちろん、人気のある者は競争相手も多い。


 だが惹かれ合う男女の想いとは、どんな障害にも負けない引力(うんめい)をもっている。


 障害の全てを乗り越えて、いつしか燃えさかる火櫓(ひやぐら)の光を浴びて、ゲームでも二つの影はやがて一つになっていた。


 うふふ……えへへっ……。


 まずい。

 ゲームでのイケメン騎士とのことを思い出しただしただけ、顔が緩んで、よだれが出ていた。


 今の私は侯爵令嬢だから、 キリッといかないとね。


 ヒドリーナさんと散歩の会話は続いていく。


「学園祭の準備、皆さま忙しそうですが、本当に楽しそうに準備をしておりますわね、マリアンヌ様?」


「本当でございますわね、ヒドリーナ様」


 楽しそうに学園祭の準備をしている生徒たちの姿を、学園内の至る所で見かける。


 今はまだ昼食会(ランチタイム)中で。

 だが誰もが早めに食事を終えて、自分たちの作業に取りかかっていたのだ。


 高貴な身分であるはずの令嬢と騎士たちは、汗を流しながら作業していた。

 その光景は美しい。

 若い学生たちが身分や性別も関係なく、誰もが一生懸命な姿なのだ。


 見ていて心が温まる光景であり、自分の胸が熱くなる。

 よし!

 私も準備のラストスパートを頑張ろう。


「私(わたくし)たちもクラスの設営のお手伝いに、これから参りませんか、ヒドリーナ様?」


「はい、マリアンヌ様! 私も同じことを考えていましたわ!」


 学園の中の熱気を受けて私たちも、なんか更にやる気が出てきちゃった。


 ◇


 自分たちの教室に戻る。

 会場の飾りつけの手伝いを、私たちもすることにした。

 昼休み時間のギリギリまで、頑張ろう!


 大まかなカフェの内装工事は、プロの職人さんの手により完成していた。

 後は自分たちで可愛らしく装飾したり、手書きのウェルカムボードを書いたしていく。


「マリアンヌ様、メイド服の最終的なバランスは、こちらでよろしいでしょうか?」


「はい、とっても素敵でございますわ」


「マリアンヌ様、オムライスに描く絵と文字は、こちらでいかがでしょうか?」


「あら、こちらも素敵ですわね」


 クラスの模擬店の統括(プロデューサー)に任命されていた私は、一個ずつ確認をしていく。


 うん。

 それにしても本当にみんな素敵だよ。


 私が想像していたメイドカフェと、同じぐらい。

 いや、それ以上の素晴らしい出来栄えに、心の中で思わず感動する。


 クラスの皆のメイド服の着こなしの完成度は高く、飲み物や料理も準備も素晴らしい。

 最上級の職人さんと料理人が、食材を惜しげもなく結集した成果なのだ。


 そして何よりは素晴らしいのは、クラスのみんなの意気込み。

 誰もがこのメイドカフェの準備に、情熱をもって全面協力。

 クラスの委員長さんを筆頭に、クラスみんながメイドカフェに一致団結していたのだ。


 今の教室の準備していうる光景は、まさに"ザ・青春”。

 学生時代にしか発せられない、眩しい輝きだ。


 ああ、素晴らしいな、本当に素敵。


 うっ……、感動でまた目頭が熱くなってきそう。


 ハンス、ハンカチをちょうだい。

 ん?

 って、ハンスいないぞ?


 あっ、そうか。

 急な呼び出しがあって、私の代わりにハンスは学園の事務室に行っていたのね。


 仕方がないから自分のハンカチで、心の汗を拭こう。

 ふう、これで、よし。


 ――――そんな時だった。


「あら、マリアンヌさん、今日は随分と楽しそうね?」


 感涙に浸っていた私に、後ろから声をかけてくる女性がいた


 ん? 誰だろう?


 あっ、この声と口調は。


「……エリザベス様、ごきげんよう」


 声をかけてきたのは上級生エリザベスさんだった

 あの公爵令嬢なエリザベス先輩だ。


 いつもの取り巻きの令嬢たちを、周りに引き連れている


(うっ……嫌な予感がする……)


 せっかく学園祭の準備の、クラスのみんなと頑張っていたのに。


 何も起こらなければいいな。

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