第31話ジーク様の秘密

 昼休み時間、静かな中庭の外れ。


「少し私の話をしてもいいか、マリアンヌ?」


「えっ……ええ、もちろんでございます」


 ジーク様は自らの生い立ちを、静かに語ってくれた。


 ◇


 今から十数年前、ミューザス王国での出来ごと。

 “とある貴族”の妾(めかけ)であった一人の女性は、自分が妊娠したことに気が付く。


 ……『お暇をちょうだいいたします……』


 だが彼女は身分が低い。

 急病を理由に、その貴族の前から姿を消す。


 嫉妬(しっと)深い正室に、お腹の子もろとも殺されないように逃げたのだ。


 ……『今日から、小屋が、私たちの家よ……愛しの我が子よ』


 彼女はお腹に赤子を抱えたまま、田舎に移り住んだ。

 僅(わず)かな蓄えとともに、静かに貧しく暮らしていく。


 月日は流れる。


 赤子……ジーク様は無事に産まれる。

 だが母一人子一人の田舎暮らしは、貧しく辛かった。


 ……『誰も恨んではいけません、ジーク。人を愛し、想い、労(いた)わるのです……』


 貧しくとも、優しく気丈な母との二人の暮らし。

 自分にとって、人生で一番に幸せな時間だった。


 そう語るジーク様の瞳は、これまで見たことがないほど優しく澄んでいる。


「だが“とある貴族”は、私たちのことを嗅ぎ付けてきたのだ」


 ジーク様の目つきが急に、鋭く変わる。


 “とある貴族”は数年の歳月をかけ、わざわざジーク様親子を探しあてきたのだ。

 そこまで固執するのには理由があった。


 貴族と正妻との間に、騎士と乙女指揮官(ヴァルキリア・コマンダー)の才能がある子が、産まれなかったからだ。


 焦ったその貴族は、ジーク様の母親のことを思い出す。

 不審だった彼女の身辺を調査して、追跡隊を送り出していたのだ。


 類まれな騎士の才能を有していた子供。

 ジークフリードの存在は、こうして見つかってしまったのだ。


 ……『お迎えに参りました、ジークフリード様』


 情報を手に入れた貴族は、騎士団を辺境の村に派遣。

 幼いジークフリードを強制的に、実子として迎え入れたのだ。


 ではなぜ、そこまで貴族が実子の才能にこだわるのか?


 この大陸では名のある貴族の家には、騎士か乙女指揮官(ヴァルキリア・コマンダー)の才能ある跡取りが、必ず必要なのだ。


 この世界の支配階級の、貴族の権力は強大。

 なぜならば彼らには人類脅威である妖魔(ヨーム)を、打ち倒す責務と力があるからだ。


 その為に貴族の跡取りには、必ず戦う才能が必要とされていたのだ。

 だから実子に才能がなければ、それこそ大問題になる。


 部下である騎士団の信頼を、勝ち取り束ねるは出来ない。

 隣国やライバルである他家にも、付け入る隙を与える。


『妖魔(ヨーム)に対し力なき貴族は、貴族にあらず』という言葉があるのだ。


 そして険しい顔のジークの様の話は続く。


「“とある貴族”は強引に母上を人質にして、私に対して取り脅してきた。一人前の騎士となり、家のために尽くせと」


 愛する母を人質に取られてしまった。


 だからジーク様はファルマ学園に入学した。

 自らの本当の身分を隠しながら、最強の騎士になるために。


「私は必ず、母上を奪い返す……あの憎き男から」


 今は従っているふりをジーク様はしていたのだ。

 屈辱に耐えながら、誰よりも強い騎士になるために。


 宿敵を打倒し、母上を取り戻すために、人生を賭けていたのだ。


 こうしてジーク様の話は終わる。


 ◇


「長くなってすまないな、マリアンヌ」


「い、いえ、大丈夫でございます」


 ジーク様の瞳は、とても寂しそうだった。

 同時に強い意志も宿っている。


 自分の想いを最後まで貫こうとする、漢(おとこ)の顔だ。


「なぜ、こんな話を、お前に話したのか、自分でも分からない。すまぬ、忘れてくれ。私の作り話だったと」


 その言葉と表情から、真実だと私は直感した。


(ジーク様……)


 まさかの告白であった。


 自分がプレイしていたゲームでも、ジーク様の過去はここまで深く、ストーリーは語られていなかった。


 そして過酷なジーク様の運命に、胸が苦しくなっていた。


 何故なら“とある貴族”は隣国ミューザス王国の国王。

 大国の最高権力者であるミューザス国王を、ジーク様はたった一人で倒そうとしているのだ。


 常識で考えたら不可能な計画。

 "蟻が巨像に挑む”よりも愚かな行為だ。


 失敗したらジーク様は、間違いなく処刑。

 仲間も全て処刑されるだろう。


 ――――ああ、そうか!


 だからこそジーク様は、いつも一人だったのだ。

 ゲーム内でも、この現実世界でも、常に孤高で過ごしていたのだ。


 誰も自分に巻き込まないように。

 過酷ないばらの道を、たった一人で歩んでいこうとしていたのだ。


 そして私は気がついた。


 ジーク様は孤独を愛し、クールなだけ王子様ではないことを。



 ――――ジークフリード・ザン・ミューザスは、誰よりも熱い男だったのだ。


 大事な母親を愛し、仲間を巻き込まないために、辛い孤高を貫く。

 愛深き騎士だったのだ。


「うっ……」


 急に目頭が熱くなってきた。

 感極まって、涙が出てきちゃった。


 これは同情とか悲しみではない。

 ジーク様の語る過去の話から、私まで感情が溢れてきてしまったのだ。


 ハンス……ハンカチを……。


 あっ、そういえば今ハンスは近くにいない。

 私に気を使ってくれて、遠いところに待機しているんだ。


 どうしよう。


「これを使え」


 そっと私の目の前に、ハンカチが差し出される。

 ジーク様が出してくれたのだ。


「あ、ありがとうございます、ジーク様」


「感謝は不要だ。それにしても変な女だな……お前は。他人の為に“月空の涙”を流すなど」


 えへへ……涙もろくて申し訳ありません。


 ん?

 “月空の涙”って何だろう?

 初めて聞く。


「我がミューザスでは、乙女指揮官(ヴァルキリア・コマンダー)が流す涙のことを、そう呼ぶ。どんな高価な宝石よりも、貴(とうと)い秘宝として敬称だ」


 そ、そんなお宝だなんて、大層なものじゃないよ、私の涙は。

 どこにでもあるような、普通のしょっぱい涙だし。


「ありがとうございます、ジーク様」


 ジーク様のその言葉で、何か元気が出てきた。

 そして胸がドキドキしている。


 本当のジーク様のことを知って、乙女な私の胸が高まっていたのだ。

 これまで以上にジーク様のファンに、私はなっちゃった。


 こんな素敵なジーク様のお手伝いを、なんか私もできないかな?


 あっ、そうだ!

 私も微力ながら手助けしよう。


 とりあえず言葉に出してみよう。


「この私もお手伝いいたしますわ。ジーク様の願いを叶える手助けを!」


「バ、バカか、お前は? 相手は普通の貴族ではないんだぞ⁉」


「望むところでございますわ。バルマン侯爵家の名に懸けて、手助けいたします!」


「ふっ……そうか。さすがは幼馴染同士、同じこと言うのだな、ラインとお前は」


「えっ……ラインハルト様が?」


「ああ、前にこの話をした時、ラインも同じだった。『その“とある貴族”をぶっ飛ばすのを、オレ様も手伝ってやる!』と」


 まさかそんな偶然があったのか。

 でも、十分あり得る話だ。


 ラインハルトは優秀だが、疑うことを知らない一直線な漢。


 きっとジーク様の辛い覚悟に、あの男の胸も熱くなったのだろう。

 目に浮かぶ。


 ん?

 そうしたらラインハルト精神構造、私は同じということ⁉


 いや、天文学的な確率で、きっと偶然、同じセリフを言ったんだよ。


「お前のことを今日から“マリア”と呼ぶ。構わないか?」


 えっ?

 それはどういう意味?


「変なうえに、鈍感なのか、私の新しい友人(とも)は」


 えっ……私がジーク様と友だちになった⁉


 なんだ、この素敵な展開は。

 クールキャラであるジーク様が、いきなりデレてきた。


 いや、デレはいなけど、いきなり親密度が上がっている。


 いったい何が、どうなっているのだろう。

 自分が知らない内に、ジーク様と友好度は、上昇していたのだ。


 ぜんぜん身に覚えがないから、混乱してしまう。


 ふう……でも、いっか!


 あまり難しいことは、考えないようにしておこう。

 ジーク様の問題は国外のことだし、私の死亡フラグに関わる感じでも無さそうだし。


「ありがとう……マリア……」


 こうして、ひょんなことからジーク様と、私の距離はちょっとだけ近くなった。


 ◇


 ――――この日の後日談。

 数か月後……いや数年後なのかもしれない。


 一人前になったジークフリードは、祖国ミューザスに帰国。

 独裁的なミューザス国王を打倒するために、仲間と共に王都で反旗をひるがえす。


 だが相手は強大すぎる最高権力者。

 ジークフリードと反乱軍は捕まってしまう。


 王都の広場で、ジークフリードの公開処刑がされてしまうことに。


 ――――だが、そんな時、王都に駆け付ける者たちがいた。


 ……『ジーク様! 約束通り、助けに参りましたわ!』


 ……『おい、ジーク、待たせたな! ここからが本番だぜ!』


 駆け付けたのはファルマ学園の盟友たち。


 真紅のドレスに身をまとった乙女指揮官ヴァルキリア・コマンダーが率いる、精鋭部隊の騎士団だった。


 こうしてミューザス国王との激戦が幕を開けたのだ。


 ◇


 でも、そんな死亡フラグ全快の大事(おおごと)になるとは、この時の私は知らなかった。


(えへへっ……ジーク様から“マリア”呼びか……嬉しいな……えっへへ……)


 小さな歓喜に、一人で浸っていたのであった。

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