第2話乙女ゲームのことを思い返す

 前世の記憶が覚醒した翌朝になる。


「おはようございます、マリアンヌお嬢様」


 侍女に声をかけられ、私はベッドの上で目を覚ます。


 ふう……いよいよか。

 心の中で思わずため息をつく


 ゲームのメイン場所である“聖剣学園”に、入学する日がやって来たのだ。


 今の私は一晩経って、ようやく冷静さを取り戻していた。


 それにしても昨夜は、本当に大事件だったな。


 “自分がやり込んでいた乙女ゲームの世界に転生した”


 そんなラノベのような事件が、本当に起きたのだから。


『一晩明けたら、実は夢でした!』そんなオチは無かった。

 本当に私はゲーム中のキャラに、貴族令嬢マリアンヌ=バルマンに転生していたのだ。


 でも、どうしてゲームキャラに転生しちゃったのかな?


 やっぱり『つらい現世の全てを捨てて、異世界に転生したい! できればイケメンだらけの乙女ゲームの世界に!』って毎日、部屋で叫んでいたのが原因かな?


 それともツイッ○ーの裏アカで、いつも転生願望を呟いていたからかな?


 うーん。でもそれなら私と同じような、日本中のオタクプレイヤーが消えているはずだ。


 原因はとにかく不明だな。

 とりあえず今は令嬢としての、朝の生活をしていこう。


 朝の準備を終えて部屋を出ると、切れ長のイケメン執事がいた。

 私専任の若執事ハンスだ。


「マリアンヌお嬢さま、おはようございます。昨夜はぐっすり熟睡だったようで。朝食の後の今日のスケジュールは、次の通りです……」


 今日の私の一日のスケジュールを、ハンスは告げてくる。


 私は令嬢らしく頷いて、聞いていく。


 でも、待って。


 なんで昨夜、私が爆睡だったのを、ハンスが知っているの?


 もしかしたら隣の侍女部屋まで、私のイビキが聞こえていたのかな。

 侍女からハンスに報告がいったとか?


 だとしたら凄く恥ずかしい。

 こんなイケメンに『熟睡だったようで』なんて、言われたら赤面ものだ。


 でも今は貴族令嬢として冷静に、振る舞わないと。


「ええ、スケジュールの方はよくてよ、ハンス」


 貴族令嬢マリアンヌこと私は、自信満々な笑みで答える。

 日本にいた時の私は、何の取り得のない普通のポンコツ女子。


 でも“このマリアンヌの身体”は違う。

 幼い時から、家庭教師たちによって、完璧な令嬢の作法やスキルが身についている。


 だから私も本物の令嬢のように、こうして振る舞えるのだ。


 まぁ……でも油断は大敵。

 だって本当の中身は、普通の日本人。気を抜いたら、ボロがでちゃう。


 あと『自分が異世界から転生者』だという事実は他人に、絶対にバレないようにしよう。


 そんな事がバレてしまったら、頭の危ない子として、山奥の貴族療養所に強制送還されちゃうからだ。


『異世界からの転生者であることは、誰にもバレないようにする』


 よし、とりあえず第一方針は、これで決まりだ。



 その後も順調に、令嬢としての朝をこなしていく。


 全ての準備を終えてから、私の出発の時間になる。

 外出用のドレスに着替えて、私は屋敷の玄関に向かう。


 若執事のハンスが、待ち構えていた。


「マリアンヌお嬢さま、馬車は玄関前に用意してございます」


 ハンスはまだ若いが、有能な執事。

 私のことは全て取り仕切ってくれる。


「ええ、それでは参りましょう、ハンス」


 バルマン家の家紋の入った専用の馬車に、私は乗り込む。

 このバルマン家の別邸から、目的の聖剣学園までは近い。


 だが上級貴族である侯爵家ともなれば、少しの距離でもこうして馬車を使う。

 つまり今の私は、どこにも逃げ出すことが出来ない身分なのだ。


「「「いってらっしゃいませ、マリアンヌお嬢さま」」」


 大勢の召使いと執事に見送られながら、馬車は動き出す。

 こうして私は運命の聖剣学園に向かうであった。


 ◇


 しばらくして目的の都市に到着した。


「ここが学園都市ファルマなのですね……」


 馬車が到着したのは、高い城壁に囲まれた城塞都市。

 正式名所は“学園都市ファルマ”という街だ。


 走る馬車の小窓から、外を確認していく。

 西洋風ファンタジーのような街並み。


 石畳の大通りを、多くの馬車と市民が行き交っている。

 すごく楽しそうな繁華街だ。


「そして、あの建物が“聖剣学園”……」


 進行方向の小高い丘に、ひときわ大きな建物が見えてきた。


 街の三分の一の敷地を占める聖剣学園。

 今回の私の目的地であり、ゲームの中でのメーンステージだ。


 ああ……ついに来たのか、この場所に……


 近づいてきた聖剣学園の建物。

 ついに《聖剣乱舞》が開幕するのだと、思わず感慨にふける。


 ◇


 乙女ゲーム《聖剣乱舞せいけんらんぶ


 ひと言で説明すると《美男騎士+育成+恋愛=乙女ゲーム》である。


 ストーリーは乙女ゲームによくあるパターン。


 主人公の庶民の少女がある日、聖剣学園に入学する。

 学園期間は三年間、自分の指揮能力を磨き、戦力となる騎士たちを集めて育成。


 戦闘フェーズでは主人公は、騎士を率いて敵と戦っていく。

 敵は妖魔ヨームと呼ばれる悪の軍団。


 最終的な目標は、大陸に平和を取り戻す話だ。


 ちなみに戦闘シーンはオートモードで簡略化。私たち女子でも簡単。

 だから戦闘はあくまでサブ。


 メインはイケメン騎士たちの『恋愛ストーリー』だ。


 学園にいる色んなタイプの騎士を、主人子が攻略して仲間にしていく。

 数々の学園的イベントを乗り越えて、愛の絆を深める恋愛ゲームが本質なのだ。


 ちなみに主人公とライバル女子たちも何人もいる。

 彼女たちも主人公と同じ指揮官の役割。


 あと部下であり仲間である騎士たちは、全員イケメン男性。

 指揮官を守ってくれるという最高な設定。


 とにかく戦闘よりも、恋愛の方がゲームなのだ。(重要なので二回言う)


 展開的には主人公の周りには、どんどんイケメンな美男騎士たちが集い、複雑な恋愛模様が繰り広げられていく。

 片想いあり、三角四角関係ありだ。


 あと出てくる男子のレパートリーも広い。

 貴族騎士やイケオジ様にショタ君、それに王子様やオラオラ男子も登場しちゃう。


 そんな夢のような乙女ゲームに、配信当日から私がズッポり、はまったもんだ。


『うぉー! 最高だ! こんな甘い展開、現実じゃありあないだろうー!』


 そんな感じで深夜に叫びつつ、当初の私もハマっていた記憶。(遠い目)


 あとエンディングが多彩なのも、このゲームの魅力。

 プレイ(変な意味じゃないよ)の進め方によっては、意中の騎士とハッピーエンド結ばれるのだ。


 私は学生の頃から乙女なゲーマー。


 全ての男子の攻略に熱中。

 スペシャル動画を見るために日々、頑張っていた。


 あの時の私は睡眠時間を削って、本当にゲーム内に感情移入していたな。


 だから、そんな大好きな《聖剣乱舞》の中に転生したことは、本来は万歳三唱の歓喜ものである。


 ――――でもこの私の登場人物だけは、マズイのだ


 “真紅の戦乙女”マリアンヌ=バルマン


 彼女は《聖剣乱舞》の主人公のライバルであり、展開によってはラスボスになる悪役令嬢だ。


 詳細は省くけど、マリアンヌは聖剣学園では、本当に嫌な立ち位置。

 主人公のライバルであり、プレイヤーからの憎まれ役である。


 彼女の設定は、最初から強い位置にある。

 設定も侯爵令嬢という高位の家柄を持ち。

 更には初期値での指揮官としての能力も、主人公よりも高い。


 何度も言うが、そんな彼女マリアンヌ転生だけは困る。

 なぜならこの《聖剣乱舞》の中で、マリアンヌは“唯一死亡”してしまうキャラ。


 ご都合主義で主要キャラが、誰も死なないこの優しいゲーム。

 そんな中で唯一無二の死亡者なのだ。


 彼女は順調にストーリーを進めていけば、三年生の卒業式の前の決戦で死ぬ。


 あと場合によっては二年時の、緊急イベントでも死ぬ。


 最難関のルートなら、最短の一年の秋に死ぬ。


 どんなルート選択でいっても、マリアンヌは必ず死ぬ存在なのだ!(全ルート確認済み)


 私マリアンヌにとって、《聖剣乱舞》の世界は過酷な運命しかないのだ。


「絶対に死亡フラグだけは、回避していこう!」


 だからこそ私は心の中で叫ぶ。


 そして誓う。

 どんな手段を使っても、生き残ることを。


 ――――今の私に“唯一の一つの希望”があった。


 開発者がインタビュー記事で言っていた『実はマリアンヌ=バルマンが生き残る可能性は、1%だけあるんですよ。まぁ、運要素もありますが』という微かな希望。


 だからその裏ルートを絶対に見つけて、私は最後まで生き残ってやるんだ!


 ◇


 そんな事を考えていたら、場所は目的の場所に到着する。


「お嬢さま、入学式の会場に到着しました」


 ハンスの声で現実に戻ってきた。

 ゲームと同じ外観の聖剣学園の建物が、目の前に並んでいる。


 ついに到着したのだ、この場所に。


「絶対に生き残ってみせますわ……」


 ハンスに聞かれないように、今度は実際の声に出して誓う。


 必ず三年間の学生生活で生き残ることを。


 全ての死亡フラグを消していって、まだ見ぬ裏ルートを絶対に探索して。


 こうして私の99%の危険な学園生活が、幕を開けるのであった。



 ◇


 ――――あっ、でも……憧れの美男騎士がいる学園生活も、満喫していきたいな。ちょっとでもいいから。

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