吸血鬼さん。私、死にたいんですけど。

キノハタ

その日、私は運命に出会う、多分

 吸血鬼という生き物がいる。


 文字通り人の血を吸い、超常の力を振るい、闇に紛れ、蝙蝠を使役し、霧へと姿を変える。


 日光と銀器、十字架とついでににんにくが苦手なそんな生き物。


 処女と童貞が血を吸われれば、その身は同胞へとなり替わる。


 そうして吸血鬼は人知れずその数を増やしていく。


 誰も彼もが人の営みの中に紛れるそれを恐れ、畏怖し―――でもやがて忘れていった。


 これはそんな、たった独りの吸血鬼のお話。






 ※



 


 「人生って何なんですかね」



 「え?」



 「なんか、もう私生きてる意味とかあるのかなって。もう何が楽しかったのか最近よくわかんないんですよね」



 「いや、あのー、話聞いてた? 私、吸血鬼なんですけど?」



 「聞いてました。だから、ちょっと聞いてみようかと思って、ほら人生経験長そうじゃないですか」



 「いや……うーん、私もね。あんま人と喋ってこなかったから、そう人生って突然問われても困るっていうか……? あの、私もまだ二十年くらいしか生きてない……からさ」



 「ほぼ同年代じゃないですか……私、27です」



 「あ……21です」



 「……お若いですね。高校生くらいかと想いました」



 「あ、はい。一応、なんか新陳代謝とかいいっぽくて……」



 「肌綺麗ですね……」



 「あ、うん、ども」



 「私もあなたみたいに美人だったら人生の意味とか悩まなかったのかな…………」



 「え、や、あの。お姉さんもなかなかイケてると想いますよ……?」



 「やめてください、そういうお世辞が一番いたたまれないです。っていうか、あれです。さっきのは言ってみただけです。多分、顔がどうでも私どうせ根っからのコミュ障なんでだめだと想います」



 「ちょ……え……あの」



 「あー……死にたい……」



 「………………」



 吸血をしようと忍び込んだとある家で、そうやって私は独りの女性の愚痴を聞いていた。


 何してんだろ。我ながら。


 いや、わからん。


 わからんが、無理矢理押し倒して、きゃー吸血鬼よーーみたいな流れにもやりにくい空気だった。


 というわけで仕方なく、正座でその人の話を苦笑いで聞いている。


 「私……どうやって生きていったらいいんでしょう……」


 「えと、ごめん……わかんないですかね」


 「うわぁぁぁん! なんか人智を超えた人にまで人生を否定されたぁぁっっ!!」


 人智を超えたと言われるほど大層な存在ではないのだけど。ちょっとだけ照れ臭い。


 なんて照れてみたところで、目の前の彼女は泣き止まない。


 私もこんな事態が初めてというか、吸血に訪れた際に目を覚まされて、あげく会話が始まったのが、そもそも初めてなので。―――まあ、こういった時の対処がわからないわけなのだ。


 うーん、どうすればいいんだろう。


 すたこらさっさで逃げてしまうか。いや、でも警察とかに言われてもたまったもんじゃないしなあ。うわさが広がると、今後ここらへんで吸血がしにくくなってしまうかもしれない。


 うーんつまりだ。


 この人の口はどうにか塞がないといけないわけだ。


 なんかまだ泣きじゃくってるけれど、まあなんとかしてね。


 プラン1……、とりあえず吸って去る。


 警察に通報されて、人相がバレるリスクあり。


 プラン2……、脅して黙らせる。


 いやこのテンションだと、死んでも別にいいーー!! とか言って普通に告発しそう。ダメ。


 プラン3……、殺す。


 ……それはちょっとなんか後味悪いっていうか。


 というわけで、プラン4。



 「あの、私が吸血鬼だっていうのはできれば内密にしていただきたいんですけど……」



 丁寧に頼んでみる。



 いや、しかし、これでいいんだろうか。


 我、吸血鬼ぞ?


 こんな下手に出ていいもんなの?


 いや、私、自然発生の吸血鬼だから、吸血鬼の矜持とか微塵もないんだけど。天涯孤独だから、なんなら人としてのプライドもそこまで教わってないし。


 不安なまま、恐る恐る顔を上げた。


 真向いの女は少し涙をにじませたまま、きょとんとした顔で私を見ていて。




 「え……別にいいですよ?」




 そして、そう何気なく答えを返した。




 あれ……?




 「いいの……?」




 我、吸血鬼ぞ?




 人外の化け物ぞ?





 「でも代わりに、条件が一つだけありますから」





 それからそう言って、女はそっと指を一つ伸ばして、私に向けた。




 「私も吸血鬼にしてください!!」



 そうして女はそう言った。


 暗い暗い、誰もが寝静まる夜の中―――。



















 「え……いやですけど」



 私は素直な気持ちを口にした。



 「なんでじゃーーーー!!!」



 深夜のアパートに、独身女性27歳の渾身の叫びが響き渡っていた。

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