第58話 雷討ち1

 アルトリヱスが両手に聖剣の刃を構え、その刹那に空間一体に魔力鳴りが響き渡り、鋭い光が放射した。眩い光波がアルトリヱスの機体に直撃する。

『ぐっ!?』

(なんという速さ――!)


 機体は聖剣の加護によって物理干渉から守られている。それでも、すべての影響から逃れられるわけではなかった。

「―アル―さま、ご――ですか?!」

 テルルからの通信が耳元で響くが、ノイズが酷く、ほとんど聞き取れなかった。

『――まぬ――! 上手――れな――』

 一方、テルル側に届くアルトリヱスの声も、同じように聞き取りが難しい状態になっていた。テルルは下唇を噛む。モニターの視認性の低下も相まって、戦況の読みにくさが増していた。

(あの光も電磁パルス系の攻撃なの……!)

 対策に追われる中、再びモニターが光に呑まれ、轟音が響き渡る!

 きいーーん……と残る耳鳴りに、テルルは顔を顰める。ノイズキャンセルを貫通して、大音量が響き渡ったのだ。テルルはそこで、グロウムという敵が遠隔サポートという面において、きわめて難度の高い敵だということに気付く。モニター越しに得られる情報は、音と光でたちまち飽和するのだ。

 簡潔に言えば、何が起きているのか、さっぱり分からなかった。


 一方、アルトリヱスは雷をよけていた。足場とする船を次々に乗り換えて、グロウムに徐々に接近する。

(どこかで聖剣の光波を当てるタイミングさえあれば……!)

 グロウムは勇者の動きを追うように体の向きを変え、そして再び光を放った。

『ッち!!』

 直感でタイミングを呼んで船から飛び出すと、落雷で船が真っ二つに破壊された。一方、勇者も接近と同時に、聖剣の光波を放った。半ば威嚇射撃のような勢いだったが、それはグロウムの胴体のような部分に命中した。ばっくりと裂けた部分から、黒い粒子が吹き出す。

 さらにグロウムは、苦痛に肉体を歪めて悶えるように動いた。

(こやつ本体に防御性能はほとんどないな! 致命傷さえ取れれば、討てるはずだ!)

 ところが、致命傷になる弱点がまったく不明だった。グロウムの形態は生物らしからぬもので、しかも巨大な「布」のような肉体が折りたたまれた謎の魔物である。

(ならば――ひたすら、全身にダメージを与えるのみ!)


 勇者はさらに連続で光波を放ち、グロウムは身をねじってそれを躱す――さらに、魔法で空に光輪を浮かべ、それを射出した。

『魔法か!』

 ただし、純粋な魔力による攻撃であれば、聖剣によって反射できる。勇者は飛び掛かる光輪を二本の聖剣の刃で跳ね返し、さらに距離を詰めた。


 ……一方、BMプロジェクトが見ているモニターの映像が徐々に回復する。空に浮かべられた光の輪を見て、セレンは目を細めた。

「ん、なにこの光? 雷? ……魔法?」

「――みたいです! 聖剣で跳ね返せるようですから……」

 テルルが答えると、セレンは訝し気に少し唸った。

「ふうん……?」

「キュリイさん、なんか気になるのか?」と、グッドイナフが尋ねる。彼女の様子は、誰が見ても疑問を抱いている研究者のそれだった。

「私の思い込みがあったのかもしれないけど……グロウムが操るのは、雷だけじゃないのね。雷と、光。それと磁場……電磁場そのもの」

「え?」

と、テルルが声を上げる。

 一方、リンがはっとして、声を上げた。

「まって……日の出いつ!?」

「日の出? 今何時だ?」グッドイナフが腕時計を確認する。「……磁場の影響で時計が合ってるか分からないが、あと数分じゃないか? 空は白んできている」

 リンは空を見て、息を呑む。

「雷だけじゃなくて、もし光も操れるなら、日の出が来たらグロウムも強化されるんじゃ…?」

「――あ!?」

 テルルは声を上げて、急いでアルトリヱスにそのことを伝える。「アルトリヱス様、グロウムですが……!」

『聞こえておった、日の出だろう!』

と、勇者は言葉を先取りした。『拙者も、同じことを思っておった。どうやらこやつの魔法は光に魔力を込めるものだ! 雷はその一つに過ぎない!』


「日の出までの時間計算します!」

「おう、やっておく! テルル、今は勇者殿のサポート頼むぞ!」

と、ノイマンが応答した。

 テルルは頷くと、アルトリヱスと通信する。

「アルトリヱス様、いずれにせよ日の出はなるべく避けましょう!」

『あい分かった!』


 アルトリヱスは折れた聖剣と折れた刃で二刀流を構え、右手の刃で光波を放った。グロウムはそれを避けたが、さらに一呼吸挟んで左手の刃でも光波を放つ!

 避ける方向を先読みして放たれた光波は、グロウムを引き裂いた。そして再び黒い粒子が噴き出す。

 身を捩るグロウム。

 隙を逃さず、勇者は立て続けに光波を放ち、放ち、放つ!

 反撃の光魔法が瞬き、花火のように弾け、船が破壊されていく。アルトリヱスは絶え間なく足場を変えつつ、舞のように剣を振るい、光波を放ち続けた。

 そして光波と魔法がぶつかり合い……押し負けた魔法が弾けると、聖剣の光波が再びグロウムに届いた!


『……むっ!』


 しかしグロウムに光波が触れた瞬間、その形状が湾曲して霧散したのだ。テルルはその現象を見て、眉を顰める。

(聖剣の光波が…!?)

「もしかして、聖剣の光波も制御した……!?」

 グロウムが光を操る魔法を使い、ついに聖剣の光波すら御したのだ。連続して使うあまり、適応されたのである。

『だとすると、もうこやつに光波は通用しないか』

 アルトリヱスは聖剣を構え直す。『日の出が近い――このままでは、やつ優位の戦況にひっくり返る……』


(ど、どうする……!?)シエタは顎に手を当てる。少しずつ、少しずつ、モニターの明るさが増していく。水平線の向こうから、陽が顔を覗かせる。

『テルル殿!』

「は、はい! 聞こえてます!」

『刃を奴に届かせる! 物理的に届かせるしかない、日の出より早く!』


(物理的に――)

 しかしグロウムは地上にはいない。海上の上空10メートル付近に滞空している。グロウムの魔法をかいくぐって、物理的にそこまで届かせる手段。

 テルルの頭にアイデアが一つ浮かんだ。

 というより、一つしか手段が残っていなかった。


『できるだけ奴に近付く! タイミングを計って、を頼む!』


(アレって……やっぱりアレのこと!?)

 テルルに緊張が走る。スマホの画面を操作し、すぐさま準備した。

(――『ブースター』!!)

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