第42話 骸討ち3
巨人の頭部で光が怪しく光り、地鳴りが響く――その音は、一呼吸ほどの短い時間で高音に遷移した!
(魔法!? 溜めが早すぎる!!)
紫の眼光が煌き、地表を薙ぐ水平方向に閃光が放出された。魔法が横切った場所が切断され、着弾地点で大爆発が起こる。
『ぬあっ!!』
突風が吹き荒れ粉塵が巻き上がり、視界が曇る――。そこでエコービジョンが機能し、骸の巨人が腕を振ったのが見えた。
何かが放られて、放物線を描いて飛んでくる…ばちゃり、と湿り気のある音を立てて、それはアルトリヱスの近くに落下した。そこで小さな銘骸羅の肉体がうごめき、砂場の山に似たなだらかな形を成したのだ。
『くっ…分裂個体を投げてきたのか!?』
「手数を増やす気か!」
――ところが、より酷い「予兆」が示された。エコービジョンの視界に、「魔力鳴り」と「咀嚼音」を示す波紋のパターンが同時に示され、分裂個体の肉体が膨張し始めた。
テルルはあることを連想する。
「うわっ、自爆させる気です!! 離れて――!」
眩い閃光と共に、紫のレーザーと骸の散弾、瘴気爆発が無差別に放出された。アルトリヱスは閃光に掠めながらも、残り少ない建造物の陰に逃げて攻撃をやり過ごした。
(手榴弾代わりに分裂個体を投げるなんて…!!)
テルルは息を呑み、アルトリヱスの機体のステータスを確認する。なんとか、無傷でやり過ごせたようだ。
『まずい……ここの地形では、この逃げ方は何度も通用しない!』
倫敦の町中と違い、地下神殿の地上はほぼ草原に近い。貯水槽の管理施設が点々とあるだけで、遮蔽物に乏しいマップだった。
無情にも、骸の巨人は再び投擲の構えに入った。
『く……こうなれば、光波で斬るか!!』
アルトリヱスは巨人に向き合い、力を溜めて聖剣を構える。
腕が振りかぶられて、分裂個体が投げられ――すぐさま、光波を放ち、空中で分裂個体を真っ二つに切断する。
ところが、巨人は残り三本の腕も同時に振りかぶり、ラグを挟んで分裂個体を投げつけて来たのだ。剣を振りぬいた体制のアルトリヱスでは、反応が間に合っても光波が間に合わない――
『まずい―――!!』
「FORCE空軍、銘骸羅の分裂個体を撃墜してくれ!頼む!」
「げ、撃墜!?」
骸の手りゅう弾が連続で放られ、同時にドローンが上空から高速のミサイルを射出する。正確な爆撃が銘骸羅の分裂個体に炸裂し、ヘドロが飛び散った。
『自爆前に上空で銘骸羅を破壊したのか……!』
「だが空軍の装備はそう多くない! 正確に撃墜できても回数制限がある!」
『分かった! ありがとうケイ殿!』
骸の巨人は、ドローンを破壊しようと照準を変え、上空に目掛けて紫の閃光を放つ。小さなドローンには直撃しなかったものの、閃光が掠めただけで途端に腐食が進み、性能はがくりと低下する。強大な魔法の光は空へまっすぐ放たれ、東京湾で待機するテルルたちにも見えるほどだった。
一方で、巨人が空に気を取られている間にアルトリヱスは、平野を駆ける――頭上で爆撃音が響くなか、アルトリヱスは巨人の下を目指した。
(こやつの攻撃は大規模、遠距離のものばかり…、懐で戦う方が拙者には有利だ!)
巨人の頭の下まで駆け寄った勇者は、聖剣の刃を左手で掴み、右手を柄の近くに添える。まるで鞘に収めた日本刀のような構え方だった。かたや巨人は一つ目を下に向け、紫の光を灯す。
「ち、近っ……!!」
皆が息を呑む。
全員に対して巨人の魔法の照準が向けられたと錯覚するほどのプレッシャーに、緊張が走る。
アルトリヱスの視界を映す画面すべてが紫色の蛍光色で塗りつぶされかけたその時、鋭い虹色の閃光が放たれた――勇者が抜刀し、光波で魔物に対抗したのだ。二つの閃光が両名の真ん中で衝突すると、さらに強烈な光が画面を埋め尽くし、テルルは目を細める――
「――あっ」
眩い逆光の明滅が収まると、そこには、袈裟切りの大きな傷を受け、紫色の粒子が吹き出す巨人の姿があった。
「や、やった!?」
――しかし、そんな傷などお構いなしに巨人は動いたのだ。腕の一本を使い、アルトリヱスを掴み上げる!
『ぐっ!?』
「あ、だめ!!」
アルトリヱスは持ち上げられて、その紫の眼光の目の前に掲げられてしまう。なんとか聖剣を持つ右手は空いているが、他の身動きがまったく取れない中で、再び巨人の目に光が集まり、魔力鳴りの音が響き渡った…
「まっ、まずい!! 空軍、援護してくれ!!」
ミサイルが空を切る音が即座に響く。巨人は全身から毒々しい瘴気を噴火のように放出し、ミサイルもドローンも忽ち腐食させた。酸化された火薬が空しく弾け、空中で爆発し、花火のように戦場を照らす。ドローンは地面に撃墜されて、ぼろぼろに砕け散った。
アルトリヱスのボディは腐食されることはなかったが、気密性を高めたセンサーの内部回路についに障害が生じ、視界と音声にノイズが混ざる――
『グ……ア……』
「あ、アルトリヱス様――!」
砂嵐のようになった視界の中で、巨人の眼光が徐々に強く、重低音が高くなっていく。
(――あっ、お、終わった……?)
テルルは背もたれに体重を、わずかにかけた。あと1秒もしないうちに、すべてが終わってしまう。
……そんな中で、セレンの目だけが、銘骸羅の巨人の正体を見極めたのだ。
彼女は巨人の目を見ていた。
眩い紫色の光が宿る大きな目の輪郭は、よく見れば曖昧だった。ヘドロのような銘骸羅が作り出した巨人だから、その体も液体のように不定形だったが、目はそれどころではなかった――それは、単なるガス溜まりだったのである。
(これ目っていうか――瘴気が溜まってるだけ?ってことは――)
つまりそこは、物を遮蔽する力がまったくなく、だからこそ……銘骸羅にしか使えない戦術が、有効だった。
「勇者さん、投げて!!」
『……はハっ』
アルトリヱスは笑ったのである。
『まっコと、セレン殿は慧眼ヨな……』
そしてアルトリヱスは、聖剣を巨人の目に目掛けて投げ込んだ。
ただのガスでは聖剣の投擲を弾くことも遮ることもできず、ただふわりと、紫色の煙が舞った。聖剣の方は、そのまま吸い込まれるように目の光の奥へと、落ちていったのである――
「はっ?」
皆が呆気にとられた瞬間、同時に皆が思い出す。勇者の手から離れた聖剣は、「聖剣の拒絶」を起こし、勇者以外に触れた者の力を根こそぎ奪うのだ。
聖剣の虹の光は、紫色の光の向こうに沈んだ一瞬後に、紫の眼光は明滅し、ついには溜めていた魔力がすべて失われてしまったのか、巨人の目からは、魔法の光が完全に失せてしまった……
――
遅れて巨人は絶叫する。アルトリヱスを手放し、肉体に取り込んでしまった
地上に落ちたアルトリヱスは、崩れ行く銘骸羅を下から見上げていた。灰の豪雨が止めどなく降り注いでは、地面に至る前に消えていく。
最後には、銘骸羅の肉体は灰色となり、すべてが灰となって散った。その灰の中から、葉に湛えた朝露のように陽光を反射して聖剣が煌き、やがて地面に落ちて突き刺さった。
…そばには、矮小な骸が横たわっていた。銘骸羅の本体の骸の魔物――正確には、本体である「紫の心臓」の器である。
細い四肢を死にかけのセミのようにわずかに動かし、うめき声をあげていた。
皆が息を呑む中――アルトリヱスは近寄り、聖剣を地面から引き抜き、両手で構える。
『……さらば銘骸羅。これで、仕舞いだ』
アルトリヱスは骸の魔物の「心臓」を目掛けて、聖剣を突き立てた――そして短い呻き声が響くと、その小さな肉体は、あっけなく灰となって散った…
「…………」
「た、倒せた……?」
一同が固唾をのんでその様子を見る中、沈黙を破ってケイが誰かに尋ねる。ただし、通信室の誰も確信できていなかった。
現場にいるアルトリヱスは、天に昇っていく灰を眺めて、こう告げた。
『ああ……、終わった』
アルトリヱスは空を見上げる。夕日が灰を照らし、細かな影を長く地面に投影した。
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