第19話

 セツ。

 

 

 

 

 

 目の前で泣きながら笑って消えてしまった、キレイなキレイな雪女。………男だけど。

 

 




 何で消えたのか、消えてどうなってしまったのかも俺には全く分からない。

 

 

 分からないから、募る。

 

 

 

 

 

 セツへの、行き場もやり場もない、想いが。

 

 

 

 

 

 募るんだ。積もるんだ。

 

 

 雪みたいに。なぁ、セツ。

 

 

 

 

 

「セツは………何で、消えたんだ?」

 

 

 

 

 

 恐らく俺に関わったからだろうと思う。

 

 

 思うだけで本当のところが分からなくてモヤモヤしてる。

 

 

 聞いたからって今さらなのかもしれないけれど、でも、何でか、知りたかった。

 

 

 

 

 

「涙だよ」

 

 

 

 

 

 ユキオが短く言った。

 

 

 

 

 

「………涙?」

「俺たちは泣きすぎると消える」

「………泣きすぎるとって」

「兄さん、泣いてたでしょ?」

 

 

 

 

 

 ユキオは目を伏せて、何で泣いてたかも分かってるとでもいうように穏やかに笑んだ。

 

 

 

 

 

 上下迷彩柄の俺のスウェットがデカすぎて、ぶかぶかしていて、イエティ姿とは打って変わって小柄なユキオは異様な可愛さを醸し出していた。

 

 

 織波もそんなユキオが気になるのか、今にもキスしそうな勢いでスリスリしている。

 

 

 

 

 

 俺も、セツにそんな風にしたい。したいよ、セツ。

 

 

 

 

 

 それが聞こえたらしい織波がこっちを向いた。

 

 

 じっとユキオに見入っていたせいで、こっちを向いた織波にすぐ気づいて、がっつりと目が合った。

 

 

 

 

 

 セツは。

 

 

 セツは、俺が熱で寝込んでた時も、下がってきて起き上がって何かしてる時も、いつも微笑みを浮かべて俺を見ていた。

 

 

 

 俺を見るその黒い双眸が、倫って、呼ぶ声が、赤く爛れた手が。

 

 

 俺を好きって、言ってた。

 

 

 好きってのが、心地よかった。嬉しかった。

 

 

 帰りたかったけど帰りたくなかった、数日間。

 

 

 

 

 

 セツと共に、それは、消えて。

 

 

 

 

 

 ボロボロと、涙が溢れた。

 

 

 

 

 

 ごめん。

 

 

 と。

 

 

 好きだ、が。

 

 

 溢れた。

 

 

 

 

 

「………セツ」

 

 

 

 

 

 ごめん。

 

 

 セツごめん。本当にごめん。

 

 

 やっぱり俺のせいだった。俺が泣かせたんだ。

 

 

 俺があの日無理して最後の一滑りなんて思わなければ。

 

 

 ホワイトアウトしたスキー場で死にそうになっていなければ。

 

 

 そしたらセツを想ってこんな風に涙を流すことはなかったかもだけど、セツが消えることもなかったのに。

 

 

 

 

 

 ボロボロボロボロ。

 

 

 俺の涙は止まらなかった。

 

 

 

 

 

「………織波」

「何だ」

「な?いいだろ」

「………」

「そもそも元はお前のせいなんだから」

「何でだよ」

「お前が俺を怒らせたのがあの吹雪の原因だろ」

 

 

 

 

 

 人が。

 

 

 人がセツへの懺悔で泣いてるって言うのにこの緊張感のカケラもない会話って何だよ。

 

 

 

 

 

 呑気にイチャつく神さまとイエティをジロって睨む。

 

 

 

 

 

 だいたい俺のせいでセツが消えたのに、何でこいつらは俺に何も言わないんだ。

 

 

 それもおかしいだろ?

 

 

 

 

 

「消えた命を蘇らせるのはご法度なんだぞ。神会議で怒られるんだぞ」

「怒られればいいだろ」

「また怒られるのかよ、おれ」

「いいだろ、それぐらい」

「………じゃあ、ユキオがチュウしてくれたらやってやる」

「………ったく、しょうがねぇなあ」

 

 

 

 

 

 って、またユキオと織波のキスが始まる。

 

 

 またそれが最初から濃厚なキスで目のやり場に困る。

 

 

 

 

 

 

 じゃなくて。

 

 

 じゃなーくてっ。

 

 

 

 

 

 消えた命を蘇らせるって、今。

 

 

 

 

 

 ドキンって。する。なる。

 

 

 

 

 

「どういうことだ?」

 

 

 

 

 

 

 蘇らせるって今、言った、よな?

 

 

 もしかして。もしかしてもしかして。

 

 

 

 

 

 もしか、するのか?

 

 

 

 

 

「涙で消えそうな雪女、雪男を止める方法はただひとつ。真実の愛の涙だ。お前は確かにあの日消えるセツを心から想って泣いた。………が、セツが消える方が早かった。本来はそれでおしまいだ。セツはあの日に消える運命だった。運命は変えられない」

「………変えられない」

「そう、本来、なら」

 

 

 

 

 

 ユキオとのキスを一時中断状態して、織波が説明してくれる。

 

 

 ドキドキが半端ねぇ。つまりは結局が、セツはどうなるんだ。

 

 

 

 

 

 ユキオが織波の頬を撫でて上目遣いでキスを仕掛ける。

 

 

 その顔が色っぽ過ぎてそれにもドキドキする。

 

 

 

 

 

「………織波。今日は色々してやるから。………な?」

「………色々?」

「何して………欲しい?」

 

 

 

 

 

 色気。

 

 

 

 

 

 ユキオから色気がダダ漏れすぎて俺がどきどきする。

 

 

 何して欲しい?って。

 

 

 何して欲しい?って。

 

 

 

 

 

 

 俺もセツに言われたい。そしてアレコレして欲しい。

 

 

 

 

 

 織波の首にユキオ腕が絡む。

 

 

 織波がうーんって考えて、そして。

 

 

 

 

 

 盛大に………ニヤけた。

 

 

 

 

 

 確認だけど、こいつ、神さま………だよな?

 

 

 神さまってこんなんでいいの?こんな欲にまみれてていいの?神さまって聖人じゃないの?清いんじゃないの?

 

 

 

 

 

 分からなさすぎる。

 

 

 

 

 

「二度とセツを泣かせるな。次はない」

「………え?」

 

 

 

 

 

 パチン。

 

 

 織波が指を鳴らした。

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

「ユキオ。今日は一晩中付き合ってもらうから覚悟しろよ」

「分かってる。………好きだよ、織波」

「おれも好きだ、ユキオ。よし、行こう。今からやるぞ。やりまくりだ。あ、恩にきろよ、りんりん」

 

 

 

 

 

 パチン。

 

 

 もう一度指が鳴って、ふたりは消えた。

 

 

 

 

 

 ………りんりんって。

 

 

 今俺のことりんりんって言ったか?

 

 

 

 

 

 くそう。小学生時代の忘れたいあだ名で呼びやがって。

 

 

 確かに林倫でりんりんだけど‼︎俺はパンダじゃねぇ‼︎

 

 

 

 

 

 

 なんて、ぶつぶつ言ってたけど。

 

 

 

 言ってた、けど。

 

 

 

 

 

 振り向いたそこに。そしてそこに。

 

 

 部屋に。

 

 

 俺の部屋に。

 

 

 

 

 

 セツが。セツが。

 

 

 

 

 

 セツが、立っていた。

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