第5話 私の隣の彼
ツンツンと誰かに突かれているのに気づき隣を振り向きと昨日と同じ光景が目に入る。
オレンジ色のポニーテールが優しく揺れいいコンディショナの臭いが柳永の鼻腔をくすぐる。
「みっちゃん……」
「なんかみっちゃんはくすぐったいなみれいでいいよ?」
「みっちゃんみれい……みれいお姉ちゃん?」
「お姉ちゃん……みっちゃんでいいよ思い出すまで」
「ねぇ柳永?ケータイで、Rainで話しよう?記憶喪失のこととか知りたいことあるし先生に怒られちゃうから」
「ケータイ……使い方わからないんだ」
パスワードは朝の手紙に記載されていたので知っているが、ケータイ、スマホというものは触ったこともないため使い方がわからなかった。
「そこからなんだ……一限目数学だからそれまでの休憩の時に教えるね?」
「うんっよろしく!」
数学とは算数のことだろうと思いつつ、授業の間に休憩が小学校の時もあったため元気に返事を返した。
だが休憩時間にケータイの使い方を教えてもらうことは出来なかった。
「おい!柳永!記憶喪失て本当か!」
「柳永くん私のこと覚えてる?」
「柳永聞いたぞ?記憶なくしたって?誰に闇討ちされたんだ?」
柳永、柳永と次々に訪問者が来たり、同じクラスメイトに質問責めにされた。
いくら質問されても本当に分からないことだらけだったので、素直に謝ったら皆んなに驚かれた。
自分がどんな性格だったのかは分からないけど、素直には謝らない性格だったのだろうか?と柳永は考えていたが、実はそうではなく、普段の凛々しい姿と違い挙動や言動が幼く、またその様子が可愛く目に写り驚いていただけであった。
その話が次の休み時間にも他のクラスにまた広がり、本人はまともに確認していないため気づいていないが、ルックスから入学時に騒がれていたこともあり次の時間も訪問者が増えるのであった。
その頃……
「係数て何?え、関数?」
今の自分が残してくれた数学と書かれたノートを広げつつ、黒板と睨めっこしていた。
そんな様子を見ていた隣の席の女子、月見 美玲は思ったことが口に出ていた。運良く聞いている人はいなかった。
「なんか変な柳永……」
黒板と、ノートを交互に睨み教科書を最後確認しようとするもどこを見ればいいのか分からず、てんやわんやしている。でもその横顔は必死そのものだった。
彼の必死な様子を学校ではここ数年見たことがなかった、いつ頃だったか……彼はいきなり変わった。
いつも余裕そうに振る舞い、他の友達と違い幾つも大人びて見えた。サッカーは詳しくは知らなかったが大会で優勝したり、何かに選ばれたとの話も聞いていた。勉強ではいつも1位を取り、才色兼備とは彼のことを言うのだろうと、どこか遠い人のように感じていた。
私は昔は彼のことが好きだった。だったと言うのは彼がいきなり上の学年に彼女を作ったからだ。最初は失恋で泣いたのを覚えている。お母さんにも慰められた恥ずかしくも甘い思い出。
でも、彼と彼女を見ているとどこかの物語から切り取られたシーンのように見えて、本当にお似合いだった。それが年齢が経つと共に精神的にも成長し、いつの間にかカッコいい幼馴染程度にしか思わなくなっていたのであった。
(でもなんだか懐かしい……)
記憶喪失の彼を見ていると好きだった頃の彼を思い出し……何に浸っているんだと首を振る。横を見ると必死に公式を書いている彼の隙だらけの横っ腹をツンツンと突いたのであった。
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