第2話 ミントテロの悲劇

ユウジか異世界に転生してから1年が経った。


 ユウジが最初に訪れた街、つまりユウジの拠点のボロ家の最寄りの街は現在。


 壊滅していた。


 

 冒険者の街、トースター。


 そこへ流れ者の女冒険者が現れた。


 金髪の髪に藍色の目、布の服から伸びるスラリと長い足。腰に携えた長刀さえなければ、どこの街でも嫁の貰い手に困らないような美人。


 彼女の名前は、スバル。


 トースターの街から3つほど山を越えた先にある街のクエストを受けて、この街へ来た。


 スバルが受けた依頼は「壊滅したトースターの街の調査」であった。


 詳細は事前に聞いていたとはいえ、トースターに到着した彼女は、街の惨状に目にして、言葉を失った。


「………これが……ひとの手で行われたことなのかよ…」


 絞り出した独り言が、誰もいない無人の街に響く。


 トースターは、いま「ミント」に占領されていた。


 家も、酒場も、ギルドも、道も、庭も、花壇も、すべてが緑に覆われていた。


 その緑の正体はすべてミント。双子葉類の雑草である。


 

 スバルが街を歩くと、ひと踏みごとに冷涼感のある香りが鼻腔を刺激する。


 ミントのひとつひとつが強烈な自己主張をするこの空間は、早めに立ち去らないと気が狂いそうだった。


 スバルは剣を扱う冒険者であったが、火魔法も少し使える。


 彼女は初級の呪文を唱える。


「ファイアボール」


 手のひらから出た握り拳大の火球が地面に生えるミントに燃え移る。


 彼女は道に火球を放ちながら、進んでいった。火はすぐに燃え広がったが、焦げた匂いとミントの香りがまざり、余計に頭がくらくらした。


 足早にミントの森を抜け、ようやくたどり着いたボロ家。


 ここにトースターの街をミントだらけにした張本人がいるのだという。



 スバルは一層ミントだらけの庭を乗り越え、家の扉にあったベルを鳴らす。


 ガランゴロン!


 錆びた鐘の音。こんなところに人が本当に住んでいるのだろうか。スバルは顔を顰める。


 しばしの静寂ののち、キィィと木製の扉が開く。無論、その扉もミントまみれであった。


「……どちら様ですか?」


 顔を出したのは、純朴そうな青年であった。


 とんでもなく偏屈な老婆でも出てくるのではないかと危ぶんでいたのだが、あまりにも普通そうな青年を見て、スバルは拍子抜けした。


 スバルは、一度こほんと咳払いをして、ギルドからあずかっていた通告状を読み上げる。


「ユウジ殿、あなたには国家反逆罪の疑いがかかっています。トースターの街をあなたの持つ特殊スキルをもって壊滅させ、住人の居住権を脅かした…」


 スバルは読み上げながら、純粋そうなユウジの目を見て首を傾げる。


「ほんとに?」


「まあ、たぶんはい、僕ですね」


 ユウジは悪びれもせずに罪を認めた。


 その様子から、スバルも取り繕った役人的な仮面を脱ぎ、いつも通りの口調に戻す。



「なあ、ヒョロっちいあんたになんで街ひとつ滅ぼすなんてできたんだ?いったいなんなんだ、このミントって植物は」


「なに、と言われましても。ハーブティーにするとなかなか美味しいですよ。薬にもなりますし…」


「いやいや…」


「あ、あと繁殖力がちょっと強いのが特徴ですね」


「それだよそれ」


 呆れるスバル。あまりにも手応えのない問答。はぐらかされてるなら大したものだが、どうやらユウジはこういう性格らしい。


「あんた状況わかってんのか?いまあんたは犯罪者なんだよ。私はギルドの仕事で調査にきた。調査と言っても元凶がいれば捕縛あるいは『討伐』してよいと言われてる」


 スバルはビッ!とユウジを指差す。しかし彼は物おじしない。その指先をじいっ見つめてこう返した。


「いやあ、でも無理だと思いますよ、僕を捕らえるなんて。スバルさんがどれほどの冒険者なのかは存じ上げませんけど」


「………っ」


 スバルの眉間にシワがよる。喧嘩を売られた。こんなことは久しぶりだった。


 良家に生まれたスバルは、その家柄に似合わず生来粗暴だった。売られた喧嘩は必ず買う。そのせいで両親に勘当され、流れ者の冒険者として生きることになった。


 あらゆる街で喧嘩に勝利してきた彼女の名はやがて周知され、次第に喧嘩を売られることもなくなっていた。


 だが、この青年は久しぶりにスバルを「舐めた」。これは彼女が剣を抜くのには充分すぎる理由だった。


 スバルは長刀を鞘から抜き、構える。


「あんたも構えろよ。そこまで言うなら試してやる」

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