ヒロインと一緒に間違えて召喚されたみたいです!

麻竹

第1話

放課後の予鈴が鳴る。

帰宅を促す合図に、菜子は慌てて読んでいた本を閉じた。


「もう、こんな時間」


菜子は図書委員の仕事を手早く済ませると、図書室の扉をしっかりと施錠し職員室へと向かった。


静科しずか 菜子なこ――この学園の生徒で、図書委員をしている。


性格は大人しく、ファンタジー系の小説をこよなく愛する、至って普通の女子高校生だ。

髪は濃茶で黒い瞳の一般的な色合いに、ぼやっとした目鼻立ちのはっきりしない顔。

決してブスではないが美人でもないという、どこにでもあるような顔だ。

目立つところといえば、厚みのあるレンズの黒縁眼鏡くらいなものだった。


菜子は職員室に鍵を返し、足早に渡り廊下を進んでいく。

人気のなくなった薄暗い廊下は少しだけ不気味で、菜子は歩く速度を速めた。

ふと、前方からぱたぱたと軽快な足音が近付いてくるのに気が付いた。


顔を上げて見ると、クラスメートの河井かわい 美香みかが走って来るのが見えた。


彼女は忘れ物をしたのか、背後にある教室へと向かう階段の方に視線を向けていた。

美香は学園で一、二を争うほどの美人である。

性格も明るく、誰とでも分け隔てなく人に接する事ができる彼女は、もちろん人気者だ。

自分とは全く正反対の性格と容姿を持つ雲の上の存在の美香に話しかける勇気も無く、菜子は「今日も河井さんは綺麗だな~」と心の中で賞賛しながら何事もなく通り過ぎようとした。


のだが――


美香と菜子がすれ違おうとした瞬間、突然『ピシリ』と足元で音が聞こえてきた。

すると横から「キャッ」と小さな悲鳴も聞えてくる。

その瞬間、がくんと足元が崩れる感覚に見舞われた。

驚いて足元を見ると、己の立っていた筈の床に大きな亀裂が入っているではないか。

それはビキビキと派手な音を立てて、たちまち崩れ落ちた。

眼下には、ぽっかりと開いた真っ暗な穴。

菜子と美香は、あっという間にその中へと吸い込まれてしまったのだった。








ひゅうううううぅぅぅ


ぼすん


長い長い落下のあとに来る衝撃に備えて、身を固くしていた自分に襲ったのは、思ったよりも柔らかい衝撃だった。

恐る恐る目を開けると、目の前には精悍な顔があった。

驚いていると、真っ赤な瞳が視界に飛び込んできて心配そうにこちらを見ている。


「大丈夫かい?お嬢ちゃん」


耳に心地よい低音ボイスが、ぼんやりしていた意識を覚醒させてくれた。

クリアになった頭で目の前の男の人の顔を、まじまじと見た。


端正な顔に真っ赤な瞳と真っ赤な髪。

燃えるような色の髪は短く整えられ、彼の顔の精悍さをより際立たせていた。


ふと、自分の足がふわふわ宙に浮いている事に気づき、よく見ると目の前の男の人の太い腕に抱きかかえられている事に気づいた。

羞恥で慌てそうになった瞬間、頭上から悲鳴が聞こえてきた。

菜子は、赤髪の人に抱き止められた格好のまま上を見上げると、一緒に落ちたはずの美香の背中が上空で見えた。

驚いて固まっていると、赤髪の男の人の隣にいた人物が美香を抱きとめてくれた。

美香をキャッチしてくれた男性は、赤髪の人とは対照的だった。


金の髪に青い瞳。

背は赤髪の人と同じくらいの身長だが、こちらの方が線が細い。


どこぞの王子様のような容姿の彼だったが、美香を抱きかかえる姿に危なげな様子もなく、しっかりと立っていた。

二人共、そうとう逞しい方達らしい。

そんな事を分析していると、美香が意識を取り戻した。


「う、ううん……」


「大丈夫ですか?」


身じろぎする美香に、澄んだ優しい声がかかる。

次の瞬間、二人の周りに花が舞った様な気がした。

目を開けた美香と王子様のような青年は、見つめ合ったまま微動だにしなかった。

まるで物語のように王子と姫が出会う瞬間のような光景だった。

菜子は二人の醸し出す雰囲気に、こっそりとときめいてしまった。


絵になるなぁ~、とうっとりしていると、少し離れた所から「コホン」と咳払いが聞えてきた。

見ると、真っ白いローブを羽織った綺麗な女性が、こちらを半眼で見ていた。

それに気づいた赤髪の男性は、慌てて菜子を降ろす。

降ろされた菜子は、とりあえず助けてくれたことへの礼を述べると、赤髪の人は照れ臭そうに笑った。


「レオン、あなたもその方を降ろしてくれませんか」


白いローブの人は、美香を抱えたままの王子風の男性に、降ろすよう命じる。

金髪の彼は、少しだけ残念そうな顔をしたあと、美香を丁寧に降ろした。

白いローブの人は、満足したように頷くと、私達の方に視線を移してきた。

頭のてっぺんから足の先まで、何かを見定めるようにジロジロと見てくる。

舐めるようなその視線に怯えた美香が、菜子の存在に気づくと腕に縋りついてきた。


うん、いい匂いがする


日頃、美形の方との接触に慣れていない菜子が内心ドギマギしていると、白いローブの女性がまたしても咳払いをしてきた。

そして、美香の方を向くと


「あなたが聖女様ですね、私は魔道師のローズと申します」


恭しく頭を下げながら、こう言ってきたのだった。

突然、そんな事を言われた美香は、驚いて目を見張っている。

菜子も、もちろん驚いて固まっていると、ローズと名乗った女性は、あれよあれよという間に美香から菜子をべりっと剥がすと、菜子には目もくれず近くにあった扉へと美香を連れて行こうとした。

それに焦った美香は「こ、この人も一緒に!」と言って、菜子の腕を強引に引き寄せてきた。

それに驚いたのは、菜子とローズだった。

そんな二人には構わず、美香は「静科さんも一緒じゃないと行きません!」と言い張ったため

ローズは渋々折れ、菜子の事をちらちらと邪魔そうに見ながら、扉の奥へと案内したのだった。

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