焼き鳥屋「勇往邁進」
荒音 ジャック
焼き鳥屋「勇往邁進」
オフィス街にある商会のオフィスにて……お昼過ぎのこと、若い男性社員が困った顔で上司から資料の束を渡されていた。
上司は「それじゃあ、あとは任せたぞ!」と言い残してその場から逃げるように去っていき、若い男性社員は肩を落とす。
その日の夜、若い男性社員は疲れた様子で退社し、帰り道に飲み屋街にある一軒の店に入った。
入り口に藍色の暖簾がかかっており、赤提灯に店名が書かれている。店の名前は「勇往邁進」で、カウンター席に3人ほど仕事帰りのサラリーマンが座っており、若い男性社員もカウンター席に座った。
厨房には40代後半の店主である板前の男性がおり「ご注文は?」と尋ねてきた。
男性社員は「生ひとつ! あとお任せで!」と言うと、店主は「あいよ!」と言って焼き鳥を焼き始める。
注文を待っている間、男性社員は「はぁ」と疲れた様子で小さくため息をつくと、席をひとつ空けて座っていた隣の中年男性が「どうした兄ちゃん、元気がねえな?」と話しかけてきた。
男性社員は「いえ……今日職場で入社してまだ半年も経ってないのに上司から大きなプロジェクト任されちゃって……」と話すと、中年男性は「へえ、君みたいな若い子がねぇ」と少し同情的に言うと、男性社員は「不安とプレッシャーで押しつぶされそうですよ」と嘆く。
すると中年男性は「かっかっかっ!」と笑って男性社員にこう言った。
「不安なんて酒と一緒に飲み込め! 初めての大仕事なんだろ? 失敗して怒られても気にすんな! おっちゃんだって君ぐらいの時に大仕事を押し付けられたもんだ」
酒が入っていることもあってか? 中年男性はその時のことを饒舌に話した。
「不安がなかったと言えば嘘になるが……それ以上に初めてのことを楽しみで仕方がなかった! 当然失敗もあったが、怒られてもなぜ失敗したのか考えていたせいでお上のお小言なんざほとんど聞き流してたぜ! 大事なのは楽しんで、失敗から多くのことを学び、いろんな人から知恵を借りることだ!」
中年男性にそう言われてから男性社員は焼き鳥とビールを楽しんで、店を出た。不思議と店に入る前まで感じていた不安が消えており、寧ろやる気に満ち溢れてきた男性社員は「よし! 今日はもう寝て、明日から張り切って行こう!」と言って家路につく。
翌日、男性社員は職場の自身の席でパソコンのキーボードに指を走らせ、電話でプロジェクトの関係先に連絡を取っていた。
そして夕方……男性社員は資料の束を右手に持って上司の席へ向かった。
「部長! 例の任されたプロジェクトの資料が出来ました!」
部長は資料の束を受け取って黙読し、読み終えると「関係先との連携は問題ないのか?」と尋ねてきたため、男性社員は質問に答える。
「それが、B社の方から不安要素があるとのことで、先輩に相談してみたところ、C社に代役を受けれる部門があるそうなので、もしもの時はそちらに移行できるように連絡をつけておきました」
それを聞いた部長は「よし! それならこのプロジェクトはこのまま続けるぞ。プレゼンには俺も同行する! 前みたいな失敗はするなよ? 予行練習をしておけ!」と男性社員に言うと、男性社員は「解りました! 前回のような失敗が無いように気をつけます!」と言って自身の肝に銘じた。
そして、数日後の夜……男性社員は仕事帰りにまた「勇往邁進」に来た。店に入るとあの時の中年男性がカウンター席に座っており、こちらに気づいて「おうあの時の兄ちゃんじゃないか! 仕事は上手くいったか?」と尋ねてきたため、男性社員は「はい、おかげさまで上手くいきました! 少し失敗もありましたけど、それ以上に学べることも多かったです」と言うと、中年男性は「そうかい……まあ、完璧100点なんざ出せるわけがねえんだ! 目指すべきは最高の80点を出すこと!」と言って、男性社員とサシ飲みした。
焼き鳥屋「勇往邁進」 荒音 ジャック @jack13
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