のみにいこうや

鈴木怜

のみにいこうや

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛う゛め゛え゛え゛え゛え゛え゛!゛!゛!゛」


 発する音一つ一つに濁点をつけながら酒をあおる若い男。

 器用だなと内心で関心している俺を尻目に、その男──勅使河原翔太郎てしがわらしょうたろうはビールを喉に流し込んだ。

 俺から見れば、大学の友人である。

 机に置かれるジョッキ。これで三つ並んだことになる。


「あんちゃんようのむねぇ!」

「たりめーよう! のまなきゃやってられないんだから!」


 居酒屋の店主とそんな会話を交わしながら、笑う勅使河原。

 それを見て俺は、どんな顔をしたらいいのか分からなくなっていた。

 笑うべきか、泣くべきか。

 勅使河原と同じように酒を体内に入れながら、俺は勅使河原に訪ねる。


「勅使河原さ、結局のみにいこうやなんて言い出したのはどういうわけよ」


 そんなのは分かりきっている。でも、聞かずにはいられなかった。


「エントリーシートだけで十社落ちた。就活キツすぎてやってらんねえ」

「だよな」


 世間は未だに冷え込んでいる。

 いくら今年が売り手市場(だった気がする)とはいえ、先行きの見えないことには変わりなく。

 採用枠は減らす会社が多くあるのもまた事実だった。


「働かなきゃ死ぬから志望しますって書いちゃだめなのかねえ」

「それやって落ちたやつが言うか」


 勅使河原がすん、と黙り込む。と思ったら、四杯目を注文した。ついでに焼き鳥も頼んでおく。

 しばらくして出てきた焼き鳥は、勅使河原の前においてやる。


「ああもう鳥になって食われてえ」

「死んでるぞそれ」


 それもそうか、と勅使河原は焼き鳥にかぶりつく。共食いなんて発想が出たあたり俺もだいぶ酔っているのかもしれない。


「……ま、でも社会に出るからにはでっかいことやりてえ。せっかくなんだから」

「わかるよ」


 自分がスーツに身を包んで、革靴を履いて、営業回りをする姿も、事務作業をこなす姿も、どうにも思い浮かばなかった。

 せめてもっと、自由に生きていたいものだ。飛べなくてもいい。社会に揉まれて焼き鳥みたいになる前に、どんなことをやるのかってことと、死ぬ場所くらい選ばせてほしい。

 勅使河原はそんなことを言った。


「世迷い言だなんて言われても仕方ねえのは分かってんのによ、止められねえんだわ、そういうの」

「魂に刻み付けられた傷みたいなもんだろ、それ。別にいいだろ」

「お前のそういうとこ、オレは好きだぜ」

「酒臭い口で言うなよ」

「アルコールなしに言えるかよ」

「情けない発言だな」

「情けなくて結構。のもうぜ」


 勅使河原も俺も、似たようなところで足踏みばかりしている。

 書類選考すら通らない就活なんて、やる意味はあるのだろうか。

 それだけじゃない。社会にも揉まれなければいけない。

 それでも、生きていかなければいけないのだ。死ぬ理由すらないのならば。

 そうして傷だらけになった心には、俺にとっての勅使河原みたいなのみにいける友人や、酒。焼き鳥なんかが欠かせないのかもしれない。


 乾杯、とグラスがぶつかる音がした。

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のみにいこうや 鈴木怜 @Day_of_Pleasure

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