鶏肉無食主義者の功績(月光カレンと聖マリオ6)

せとかぜ染鞠

第1話

 全国規模でチェーンストアを展開する焼き鳥店の本店代表室から,今日の売上げをごっそりいただいた俺は,大理石のテーブル裏に張りついて代表の矢来尾やこおと取引相手との密談を聞いていた。矢来尾は密輸業者という裏の顔をもつ。鶏の体内にきんを埋めこみ国内へもちこんでいるのだ。

 下世話で低俗な話題が続いていた。所在なさとテーブル上から発する芳ばしいにおいに負けて,酒の肴を盗みぐいしてしまう。モモやムネは言うまでもないが,クリーミーな白キモと甘口のボンジリが殊に美味かった。

 俄に眠くなった――俺さまともあろうものがお勤め中に食べすぎた。そんな折に話は本題に入る――1時間後に取引が離れ小島で決行されるという。聖マリオの教会がある離島だ!

「手下どもがもうじき島へ到着するころだろうさ」

 まずい――雑役のキヨラコが浜辺で貝を拾うとか言っていた。鉢あわせなどしたらかどわかされてしまう。

 是が非でも阻止するべしと帰り支度をはじめたが,体調が思わしくない。

 店に所属する焼き肉マイスターが代表室へ駆けこんでくる。「焼き鳥に仕込ませる薬の量を間違えたようで――客たちが尽く失神してしまいました!」

「まさか! この焼き鳥にも盛っていやがったのか!」取引相手が激怒した。「どうりで自分は食わねぇはずだ!」

「ふはははは――そうとも。薬の注入される肉を出して中毒を起こさせていたのさ。うちの焼き鳥を食わねば我慢できない中毒を――今夜の仕込みで失敗するとは,残念だが潮時らしいな」矢来尾が食べかけの串刺しを手にとるなり,取引相手の口中に突きいれた。「全部ぜーんぶ召しあがれ」

 取引相手が大理石のフロアに倒れた。

「客たちはコンテナに閉じこめて海へ流してしまえ」マイスターに命じる。

「大丈夫でしょうか? 警察関係者もおりますが」

「何……構うものか。やってしまえ。私はすぐ取引場所へむかう」

 室外が騒がしくなる。店員が慌てふためき入ってくると状況を説明する――麻薬の効かない客がいて,ほかの店員たちをあっという間にエプロンで縛りあげてしまったと。

「警察の人間か!」

「どうもそのようです」

 矢来尾がキャビネットからピストルをもちだし,代表室を出ていく。マイスターと店員もあとに続いた。

 客たちが泡をふきながら床や長椅子でのびる店内のカウンターに立ち,カンフー映画宛らのポーズを決める男がいる。

「何故,おまえだけ薬が効かない!?」矢来尾が怒鳴った。

「何故ってそれは鶏を愛しているからだ。屠殺場から逃げてきた毛のない鶏を知っているか? 必死で抵抗したのだろう――嘴が折れていた!」人差し指をぐいと突きだす。「僕はその鶏をニワト君と呼ぶことにした! ニワト君は最初はなつかず,パン屑もつつかなかったが,ある日僕は発見したのさ!――ニワト君の糞を! ニワト君は僕のあげたパン屑を食べてくれた!」

「待て,待て!――」矢来尾が男の長話を制止した。「一体,何が言いたい!」

「だから――ニワト君と友情を誓った日から鶏を食さないことにした! 僕は鶏肉無食主義者だ――つまり店の出した焼き鳥を一かけらも食べてないのさ!」

「回りくどい奴め――さっさと逝ってしまえ!」ピストルを構えた。銃声とともにピストルが宙を舞った。蹴りあげたピストルは俺の掌中におさまった。

「ああっ!―――月光カレン!」三條さんじょう公瞠こうどう巡査がカウンターから飛びおりた。

 店内の四隅に置かれた消火器を一挙に破裂させれば,大気に白紛が充満し,視界はゼロになる――

「バイバーイ」別れを告げてビルから身を投げる。眼下は海だ。

 馴染みの鮫たちに送ってもらい,離島に帰りついたときには意識が覚束なかった。だが眠ってなどいられない。

 密輸業者の小型船艇は既に岸にとまり,浜辺に数名の人影が蠢いている。

 キヨラコは!――ああ,今ちょうど,離れの別棟からよちよちと出てきた。足場の悪い細道を白杖だけを頼りに浜辺へむかってくる。彼女は目が見えないのだ。

 月が皓々と照っていた。浜辺からさほど距離のない場所を歩く彼女の姿はすぐにでも見つかってしまうだろう。

 気力を奮いおこし岩盤を這いあがる。賊どもが気づくまえに彼女へ辿りつかねばならない……

 下卑た笑いが耳に届く――間違いない! 賊どもが彼女の存在を認めて,よからぬ企みを巡らせはじめた! ああ,神よ,お救いたまえ!――

「ヤァッホォー!」沖から声が響く。「手柄を立てたのでマリオさまへ御報告に参りました!」

 賊どもが浜辺へ伏せた。

「三條さんですかー?」キヨラコが海の方角へ身をのばしながら,思慮深そうな目を凝らした。「まだ謹慎中なのですから,いらしてはいけませんよー」

「分かってま~す! いつもどおりボートで島を旋回するだけで~す!」

 キヨラコが笑った。

「マリオさまの御加護によって悪者どもをまたもや見事に逮捕できました! 三條公瞠は一生マリオさまにお仕えいたします!」

 三條の雄叫びに触発されたのか,夜鳥たちが一斉に海上高く飛びたち,潮風にのって陸へと押しよせた。賊どもの船艇にうずくまる鶏たちがけたたましい声を発して舞いあがるなり,体外に金塊を排出しながら羽ばたいて浜辺を駆けまわった。

「鶏?――ニワト君の大群じゃないか! ニワト君たちが金の卵を産んでるぞ!」三條が大喜びしてボートを接近させる。

 賊どもは散りぢりになって逃げた――

 聖マリオの降臨したる離島に奇跡再来。金卵を産む神の鶏出現か――船上で鶏を抱く青年の写真が地方新聞に掲載された朝まだき ,肉髯にくぜん をブラブラさせつつ 折れた嘴でパン屑をついば三條鶏さんじょうどりの夢に俺は魘されていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鶏肉無食主義者の功績(月光カレンと聖マリオ6) せとかぜ染鞠 @55216rh32275

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ