第10話 ミッシュでの日々3

「次の店に行きましょうか。」


 店から先に出ていたカリンは、お代を払って後から出てきたレインに向かってそう言った。


「次の店って…また俺が払うのか?ここ結構高かったんだぞ。」

「あら?まだ反省してないのかしら?」


 カリンの言葉を聞き、がっくりと項垂れるレイン。


「…分かりました。」

「…ぷふっ、はははっ!冗談よ。」


 いきなり笑いだすカリン。きょとんとしているレインにカリンは話を続けた。


「そもそも今日は普通に出掛けたかっただけなのよ。アンタが酔って迷惑かけてくれたから、それを理由に連れまわしてるだけ。」


 カリンの話を聞き、納得したように姿勢を治すレイン。


「分かった。荷物持ちくらいにはなってやるよ。」


 二人は街に向かって歩き出すのだった。



「はあー、いい買い物したわ。荷物持ちありがとね。」


 夕方、二人はシルク亭に帰ってきた。カリンはとても満足げな顔をしていたが、隣にいるレインはかなり疲れ切った顔をしていた。


「俺が荷物持ちするからってこんなに買わなくてもいいだろ。」


 レインは抱えきれない程の買い物の箱を持っており、重ねた箱がレインの頭を超えるほど積みあがっていた。不安定なバランスのせいかレインはずっとふらふらとしている。


「しょうがないじゃない。森であたしの荷物全部壊されちゃったんだし。それにアンタの物も買ったんだし、いいでしょ。」


 文句を言いながら、レインは一旦荷物を床に置いた。カリンの文句を聞き流していると、奥の部屋からシンが走って来た。


「お帰り。ねえ兄ちゃん。母ちゃんが呼んでたよ。」

「ん?そうか。ありがとうな。シン、俺の代わりに姉ちゃんを手伝ってやってくれ。」

「うん!わかった!」


 レインはその後でまた話を聞かせて、とせがむシンに軽く返事をしつつ、女将の部屋に向かった。


「女将さん、失礼します」

「あら、レインさん。はいこれ。」


 レインが部屋に入るなり、女将は何かを手渡してきた。


「これは?」

「日記よ。物置を掃除していたら出てきたの。すごく古いから多分旦那の祖父の物だと思うんだけど、古い文字があったり、文字が擦れてたりして全然読めないのよ。何が書いてあるか気になるんだけどね。」


 レインは表紙をよく見た後、軽くパラパラとページを捲ってみた。ページが欠けていたり、明らかに現代で使われている文字では無い。


「確かに簡単には読めそうに無いですね。少し預かってもいいですか?」

「預かるどころか持ってっちゃっていいのよ。もう旦那は亡くなってるし、そんな読めないもの置いておいても場所を取るだけだしね。」


 それを聞くとレインは日記を仕舞った。何か分かったら伝えると女将に言うと、


「そんなことまで良いのに。でもありがとうね。」


と申し訳なさそうな嬉しそうな、そんな顔で言った。


 その夜、昔話を聞いている内に寝てしまったシンを女将の元に届け、レインは魔道具制作を片手間に日記の解読を進めていた。


「うーん、やっぱり読めないな。本の劣化具合はおよそ百年前って所だな。何度かこれくらいの時代の物は読んだことはあるから、ここまで読めない事は無い筈は無いんだがな。」


 すると胡坐をかいていたレインの足の上にフーコが飛び乗って来た。


「ん、起きたのか。お前はいっつも寝てばっかりのくせに全然大きくならないな。」


 レインがフーコの頭を撫でると、フーコは嬉しそうな声を上げた。


「ほら、フーコ読めるか?俺にはさっぱりだ。」


 レインはフーコを日記を見せるように持ち上げた。フーコは日記をじっと見つめていたが、いきなり暴れだしたのだった。


「おい!フーコ、どうした?」


 レインがフーコを離すと、フーコは日記のそばに寄って行った。匂いを嗅いだり、見つめるようにした後、徐に日記の上に片足を乗せた。


「フーコ何してるんだ?気に入ったのか?見ていてもいいが、貰い物だから汚すなよ。」


 レインの言葉に分かったとばかりに一鳴きするフーコ。


「…まあフーコなら大丈夫か。さてと、続きでもするか。」


 肉球で器用にページを捲るフーコを見てレインは、魔道具作りを再開するのだった。



 数日後の夜の夜の事。


「アンタそんな所で何やってるの?」


 部屋から出たカリンはベランダに居る上裸のレインを見つけた。レインは一瓶のミルクを持っており、カリンに気づくと残りを一気に飲み干した。


「何って、夜風を浴びてるんだよ。久しぶりにさっぱりしたら熱くなっちゃってな。」


 レインは肩にタオルを掛け、頭髪が少し湿っている。風呂上がりの熱を冷ますためにベランダに居たのだろう。


「久しぶりって…何時から入って無かったの?」

「五日くらいかな。」


 それを聞いてカリンは嫌そうな顔をして少し後ろに下がった。


「道理で最近見ないと…」

「何だよ。もう入ったから良いだろ。商品作りに熱中しただけなんだよ。はぁ、そっちはどうしたんだよそんな恰好で。これから外出か?」


 カリンは明らかに外出する恰好をしており、出かけるには遅い時間のため、レインは疑問に思ったのだった。


「ええ、これからちょっとした仕事よ。前にも言ったでしょ踊りで生計を立ててるって。」

「そうだったな。でも女一人が出かけるには暗すぎるだろ。送って行こうか?」

「アンタに守られるほど弱くないわよ、あたし。」


 そりゃそうかと笑いあう二人。


「そろそろ行くからそこ避けて。」


 そうカリンは言った。しかし、レインが居るのはただの窓際だった。


「避けてって…そうか飛べるんだもんな。」

「そうよ。」


 カリンは翼を広げる。翼は黄色から橙に、橙から赤に輝き、暖色の極彩色に変化し続けていた。


「凄いな…でもこの狭さじゃ飛びにくいんじゃないか?」


 カリンの翼に見惚れていたレインは、そう言って窓の外を覗き込んだ。確かに隣の家屋との距離が近く、カリンが壁に当たってしまうのではとレインは心配していた。


「それは色々とテクニックが…ねえレイン背中のそれ何?」

「背中?…ああ。」


 レインが後ろを向いたことでカリンはレインの背中にあるものを見た。


「これ入れ墨?花弁が一つしかない花の模様みたい。あまり似合わないわね。」


 レインの背中には模様があり、カリンは近寄りぺたぺたと触れてみる。独特な模様ではあるが、特に変わった感触は無かった。


「くすぐったいな。別に入れ墨なんかじゃないよ。昔っからあるんだ。痣みたいなもんだろ。」

「ふーん、てっきりアンタのお得意の魔法陣でも彫ってあるのかと思った。」

「そんなリスキーな事しないよ。それより時間は良いのか?」


 そうだったと、カリンは急いで窓から飛び立った。街のあかりに照らされた翼はキラキラと輝きながら夜空に軌跡を描いた。


「…綺麗だな。」


 瞬く間に消え去った輝きにレインはそんな稚拙な言葉しか口に出来なかった。

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