第9話 ミッシュでの日々2
「おぉーい。かぁりーん」
飲み屋街からシルク亭に向かう道の途中、カリンは背後から声を掛けられた。
一瞬、暴漢かとも思ったが、明らかに聞いたことのある声だった。振り向くとそこには同じ宿に寝泊まりをしている男の姿があった。
「アンタ何やってんの?こんな所で…ってお酒臭!」
「ははははははっ!」
レインは誰の目から見ても分かる程に酔っていた。呂律は回っておらず、顔は赤く色付き、身体から酒の匂いを放っていた。
「何笑ってんの。ちょっと近寄んないで、もたれ掛からないで!」
「うあー、かぁりん、おまえのな、おまえのぉ、つくってぇ」
「何!?何て!?」
レインは何かを言っているようだが、何を言っているのかカリンには伝わっていなかった。
「だからあ…」
「だから何…って寝た!?嘘!?起きて、起きろってば!」
夜の町にカリンの叫び声だけが響くのだった。
「本当に申し訳ございませんでした。」
朝、人々が動き始める時間帯。一人の男が床に頭を付けて謝罪をしている。
「アンタ、昨日の夜の事覚えてるの?」
「…はい。」
そんな男を見下ろす一人の女。男は昨日の夜の出来事を覚えているようで、女の問いかけに頷き、返事をした。
「アンタねぇ、お酒を飲むのは勝手だけど、人に迷惑かけたらダメでしょ。あたしだったから良いけど、他の人にやったら危険人物だからね。分かった?」
「はい。もうお酒は飲みません。」
カリンの説教が終わり、レインが項垂れ続けていると、不安そうな顔をしたシンが恐る恐る扉を開いた。
「兄ちゃん、悪いことしたの?」
「ええ、とびっきりのバカな事をね。」
シンに向かってとびっきりの笑顔でカリンはそう言った。
「と言うか、シン。アンタも昨日怒られてたよね。町の外に無断で出ようとしたとかで。」
矛先が自分に向きそうなのが分かったのか、シンはそそくさと部屋を離れていった。
「まあ、昨日女将さんにこってり絞られてたから大丈夫だと思うけどね。さて…」
カリンはレインの腕を掴み、無理矢理に立たせた。
「ほら立って。悪いと思ってるならちょっと付き合ってよ。」
「付き合ってって、どこに?」
レインは思い当たる節が無いようだ。
「それはもちろん、ここに来る前に話してたところよ。」
街から離れた郊外の丘の上に建てられた店、喫茶パロ。
「ほら、これも食べてみなさいよ。ほらほら。」
「だから、ローズベリーはそんなに好きじゃないんだって。ほら見ろよこのリップルの瑞々しいこと。」
二人は馬車の中で話していた店へと赴いていた。結局、どちらの果物が美味しいかという不毛な争いは続けていたが、馬車の中での様に言い争いになる程では無かった。
「ねえ、レイン。」
「ん?なんだ?」
カリンからレインに話しかけるが、カリンは悩んだような顔をするだけで話をしようとしない。
「カリン?」
「…あー、レインは何で旅をしてるの?」
カリンは絞り出したように質問を投げかけた。
「別に、そうしないと生きていけないからだよ。」
「そう…」
話がそれ以上続かない。その後も何度か質問を投げかけるカリン。
「店、あんな調子で大丈夫なの?」
「昨日は大繁盛だったよ。」
「何で民宿に泊まってるの?」
「なんか帰ってこれる場所、自分の家の様な気がして好きなんだ。」
「…趣味は?」
「もちろん魔道具を作る事。」
色々質問をするが、レインにはどうも本題のようには思えなかった。
「…なあ、カリン。」
コーヒーを一口飲み、レインが神妙な面持ちでカリンに話しかけた。
「何?どしたの?」
「何か話したいことがあるんじゃないのか?」
「…何で?」
カリンは持っていたフォークを置いた。顔が少し強張っている。
「なんとなくだよ。なんとなく、俺に相談したいことがありそうだなって。」
「…そう。」
カリンはジュースを一飲みした。話したく無いことなのか迷うような顔をしていた。
「アンタの言う通り。自分自身の事で相談したいことはある。多分アンタしか解決できないと思う。でも、まだ会って一月も経っていない人に相談するにはちょっと…」
そう言ってカリンは再びジュースを一飲みした。
「言いにくいってことか?」
カリンは深く頷いた。
「言いにくいなら無理には聞かない。でも、俺が解決できることなら協力したいよ。幸いな事に俺達は出会えたんだからさ、いつか俺を信用出来たら話してほしい。」
俺からはそれだけだと言って、レインは残っていた菓子を頬張り、コーヒーを飲みつくした。辺りに気まずい雰囲気が流れる。
「…これ貰うぞ。」
「あっ!」
レインはカリンが残していた一粒のローズベリーを口に入れた。
「それあたしの!」
「早く食べないからだ。…んん!ローズベリーも案外いけるな!」
カリンは憤慨したが、レインの言葉を聞いて、
「でしょ?」
と微笑むのだった。
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