焼き鳥が登場する物語

千石綾子

何気ない日常の中の焼き鳥

「焼き鳥ありで行くか?」


 周りの先輩たちが酒を飲みながらそんな話をしている。つまみに焼き鳥でも出るんだろうか。


 焼き鳥は大好物だ。飲み屋も焼き鳥がまずい店には二度と行かない。今では焼き鳥がコンビニでも買えるようになったが、昔は焼き鳥屋や車で販売する焼き鳥が主流だった。

 スーパーでも売っているがあれはいまいちだ。たれが甘ったるくて肉が硬すぎる。そんなことを考えていたら、無性に焼き鳥が食べたくなってきた。



「おい、羽佐間。焼き鳥ありだけど混ざるか?」


 僕はこれから英語の授業があるんだけれど、部室はすっかり酒盛り状態だ。酒も嫌いではないし、誘われれば嫌とは言わない。

 部室のテーブルには日本酒やらビールやらワインやら果てはウォッカまで並んでいて実に楽し気だ。

 先輩からの差し入れでケンタッキーのチキンまである。でも今欲しいのは鶏は鶏でも焼き鳥なんだ。


「はい、ごちそうさまです」


 先輩たちは顔を見合わせて少し笑ったが、すかさず一人の同期がワイングラスを手渡してきた。僕はワインには疎いが、とても良いものだという話だし、実際美味しいと感じた。


 僕が所属しているのは大学の漫研だ。しかし部室で漫画を描いている人間はそれほど多くない。大半がおしゃべりをしながら飲んでいて、他にはゲームをしたり麻雀を打ったりギターを引いたり音楽を聴いたり。

 こんなカオスが状態が心地よく、大好きだ。部員は皆個性豊かで興味深い。ちょっと話すだけでああ、濃いなあ、と感じる。


 個性的な漫研の皆と暫く談笑していたら、麻雀を打っていた先輩の一人が立ち上がり僕を手招きした。


「代わっていいぞ」


 するとその先輩がすれ違いざまに


「財布は俺持ちだから安心しろ。その代わり頑張れよー」


 と言って手をひらひらと振り、少し遠巻きに椅子に座った。

 僕は麻雀は覚えたてだ。麻雀入門という本を片手に勝負に混じった。友人の一人が捨て牌で「東南東」と切る。


「トーマートー」

「場が和む~」

「黙れ」


 この流れは様式美のようで、皆楽しそうに盛り上がっている。ワインの次は日本酒を手渡され、僕は本格的に飲み始めた。

 そういえば今日は昼ごはんがまだだった。すきっ腹であまり飲むのは芳しくない。


「焼き鳥って誰か買いに行ってるんですか?」


 チーズをつまみながら先輩に問いかけると、同期が笑いながら部室を出ていった。僕はと言えば大きく振り込んだりはしないものの、なかなか上がれない。点棒の数え方もさっぱり分からない。

 ただ、点棒がどんどん減っていくのだけは目に見えて明らかだった。

 先輩の財布がかかっているのだ。もっと頑張らねば。しかし残りはあと一局になってしまった。


「焼き鳥おまちー」


さっき出掛けた同期が戻ってきた。大学内にある生協の袋を手に提げている。


「はい、焼き鳥」


 それは缶詰の焼き鳥だった。串に刺して炭火で焼いた焼き鳥を期待していた僕の表情はあからさまに曇った。しかし苦情を入れたのは僕ではなかった。


「おい、縁起でもないもん買ってくるな」


 財布持ちの先輩が苦笑する。何のことだろう、と首をひねりながら牌を引いた。そして──。


「あ、ツモ」


 最後の局に僕が上がった。手は割と得意な三色同順だ。何といっても覚えやすい。


「良かったな、焼き鳥回避できて」


 同期は僕の肩を叩いて笑った。僕は『焼き鳥』が、麻雀用語だという事をこの時初めて知った。1ゲーム中に一度も上がれない場合のペナルティなのだそうだ。

 僕は、ほっとしながら缶詰の焼き鳥を食べ、ウォッカで流した。



 

                 了


(お題:焼き鳥)

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焼き鳥が登場する物語 千石綾子 @sengoku1111

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