第二話 亜紗音と狐の尻尾

 寄生体K。

 世界各地に突如として開いた時空の歪み。ゲートと呼ばれるそれから、無数にはいずり出てきた狐の尻尾型の寄生虫。


 異世界からの侵略者。

 エイリアン。


 様々な呼ばれ方をしているそれは、瞬く間に世界中に広がった。

 人々はこれまでの生活を捨て、シェルターや防壁のある建物への非難を余儀なくされた。


 さて、この寄生体K。

 もっとも特筆すべき点は、宿主にもたらす変化にある。


 寄生体Kに寄生された者は、例外なく狐娘へと変化してしまうのである。

 その名前と外見的可愛さに騙されてはいけない。


 狐娘は凶暴で、人を見つけるやすぐさま襲ってくる。

 そして、自らの体内にある寄生体Kを新たな宿主となる襲った人間へ植え付けるのだ。


 当然、人間だった時の感情や記憶など残ってはいない――寄生体Kが寄生した時点で、宿主の脳は死んでしまっているのだから。


 寄生体Kの質が悪い点は他にもある――それは狐娘の中からいなくなっても、狐娘化が治らない点にある。

 つまり、狐娘が体内の寄生体Kを新たな宿主に寄生させても、狐娘は活動を続ける。


 体内に寄生体Kを宿す狐娘をA。

体内からすでに寄生体Kが居なくなった狐娘をB。


 そう表すとするならば、BはAを徹底的にサポートする存在になるのだ。

 これが厄介極まりない。これに数多くの人間が負けて来た。


 結論として、わかりきっていることだが。


「狐娘も寄生体Kも悪質極まりない」


 亜紗音はこれまでの資料を見て、思わずため息が出てしまう。


「当時、異世界から未知の生物がやってきたとわかった時は、心躍ったものだが……まさかこんな事態になるとはな」


 今となっては、地球は狐娘の星と言っても過言ではない。

 人類の生息圏より、狐娘の生息圏の方が多いのだから。


 それに件のゲート。

 寄生体Kの出現以降、ゲートを確認した者はだれ一人としていない。


「もしもまだゲートが開いていて、寄生体Kがどんどんやってきているとするならば」


 人類はすでに負けているのではないか。


 亜紗音は一瞬、そんな事を考えてしまうがすぐに首を振る。

 その考えは先の時雨にも――これまで死んでいった人にも失礼だと考えたからだ。


「私がサンプルから成果を出せばいい。人類の反撃のための一歩を、ここから作り出せば問題ない。そう、まだだ……まだ人類は勝てる」


 それに狐娘は凶暴で、身体能力も人間より遥かに上だが、弱点もある。


 狐娘は活動エネルギーを光に依存している。


 と、それだけ言うと狐娘は光さえあれば無限に活動できる。

 そんなメリットにしか聞こえないと感じるに違いない。

 確かにそれはそうだ……しかし。


 裏を返せば、狐娘は暗い所で活動は出来ないという事になる。

 実際、狐娘は光を遮ると数時間で活動を停止するとの報告がる。

 だが。


「刺激を与えてしまうと、暗闇でも活動する。身体能力は若干落ちているものの、凶暴性は変わらず……か」


 時雨達には悪い事をしてしまった。


 まだ正確かどうかもわからない他国から送られてきた研究データ。それを鵜呑みにし、「夜ならば安全」だと時雨達に作戦を実行させたのは亜紗音だ。


「暗闇でも刺激を与えると活動する。そんな事は知らなかったとはいえ、これでは殺人犯だな……私は」


 不測の実態の発生。

 にもかかわらず、作戦を成功させた時雨達には敬意を表する。


「できるならば、生存しているサンプルの方がよかったが、文句など言えるはずもなし」


 例えすでに死亡しているサンプルであっても、最大限の成果を出して見せる。

 と、亜紗音が覚悟を新たにした直後。


 聞こえる何かが割れる音。

同時、亜紗音の顔めがけ飛びかかって来るモフモフしたなにか。


 …………。

 ………………。

 ……………………。


「こやーん」


 数分後。

 亜紗音が居た研究室には、そんな声が響いていたのだった。

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