プロローグの二
「こやーんこややーん」
目の前にいる狐娘――花田が来ている服を着、先ほどまで花田だったその狐娘。
時雨はそれを見て、思わず息を飲む。
(くそっ……あの時、花田はすでに寄生体を飲まされていたのか)
もう少し助けるのが早ければ。
そうすれば花田は――
「すまない……花田」
時雨は言って、銃をすぐさまリロード。
かつて花田だった狐娘が、まだ活発に動き出さないうちに、その体へ無数の銃弾を撃ちこむ。
「ごや、ごやややや……ごや、ん」
すると、狐娘は体をビクビクと痙攣させたのち床へと倒れ込む。
その体は狐娘のまま――花田はもうこの世界に死体すら残らないのだ。
「絶対に……絶対にお前の死は無駄にしない。この作戦は成功させて見せるからな」
となれば、いつまでもこうしている訳にはいかない。
時雨は花田にもう一度だけ、心の中で言葉をかけたのち朝日隊長の方を向く――先ほどの静けさから考えるに、朝日隊長の方の狐娘はすでに片付いているに違いない。
「隊長、こっちは片付きました……犠牲は、出てしまいましたけど」
「…………」
と、投げかけた言葉の先立っているのは朝日隊長である。
時雨が考えた通り、周囲の狐娘はすでに動かなくなっている。
しかし。
「…………」
朝日隊長からの反応がない。
何かがおかしい。
「たい、ちょう?」
と、時雨がもう一度声をかけたその時。
朝日の顔がぐりんと、嫌悪を抱かせる動きでこちらへと動く。
「こやこやーん」
そこに居たのは狐娘だった。
美しく長い金髪、女性らしい体型に特徴的な狐耳と狐尻尾。
朝日隊長の服を来たそんな狐娘がそこにはいた。
「う、そ……だろ」
このK捕獲作戦は当初十人で行われた。
目的地に着くまでは順調だった。
しかし、目的地について目的物を入手してから半数が狐娘になった。
そして、それからもどんどん人数は減り続け。
今となっては――。
(いや、弱音は絶対に吐かない。例え俺だけだとしても、絶対に作戦は成功させる。こいつを研究所まで持って帰れば、人類の反撃に役立つはずなのだから)
と、時雨はショルダーバッグに入っている特殊ケースに思いをはせる。
どんな犠牲が出ても、これさえ持ち帰れば時雨の――人類の勝利なのだ。
「こや、こやこや」
「こややーん」
「こやこや」
元朝日隊長狐娘の周りに集まって来るのは、無数の狐娘達である。
先ほどの銃声を聞きつけたに違ない。
「こうなった以上、仕方ないか」
時雨は腰の閃光手榴弾へと手を伸ばす。
最後の一つであるため、万が一まで取っておきたかったのだが。
(これ以上の事態なんてそうそう起きない……それに、もしも俺までここでやられたら、みんなの死が無駄になる)
絶対に生きて帰る。
例え何をしようとも、このケースの中身を次に繋ぐ。
「……っ!」
そして、時雨は全力で走る。
手榴弾を狐娘達に投げた後、背後へと全力で走る。
目指すは窓。
もはや出口から出るなどと、悠長な事は言っていられない。
隠密行動がどうなどと、そんな事もいってはいられない。
生きる。
逃げる。
繋ぐ。
時雨はそのために先ほどまでいたホールを抜け、廊下の先にある窓へと進む。
(あの窓を割って、外へ出る! 地上までは少し距離があるけど仕方ない……なんとか受け身を取って、地上に降りたら車まで走る)
そうすれば時雨達の勝ちだ。
と、その時。
「こやぁああん」
そんな雄叫びを上げ、一匹の狐娘が猛烈な速度で廊下を走って来る。
かつて朝日隊長だった狐娘だ――もう閃光手榴弾のショックから回復したのか、その四足駆けの速度は凄まじい。
(っ……駄目だ。こいつを生きたまま外に出すわけにはいかない!)
ここまで興奮した状態で追ってきている狐娘。
こんな個体を前にしたまま脱出しても、その個体は確実に追ってきてしまう。
そうなれば、時雨が車までたどり着ける可能性は低い。
「っ!」
時雨は歯を噛みしめ、限界を超えて足の回転数をあげる。
走る。
走る。走る。
そして。
窓の目前で急制動――全力で立ち止まると同時に振り返り、銃口を狐娘へと向ける。
だが。
「こやぁああ」
狐娘は銃口を恐れていないに違いない。
それを完全無視し、時雨へと飛びかかって来る。
「ぐっ」
肋骨が軋む感覚。
背中から伝わるガラスの割れる音。
すぐさま襲ってくる浮遊感。
時雨の体は狐娘と共に落下を始めていた。
このままでは受け身を取れず地面に打ち付けられてしまう。そして、その衝撃で怯んでいる内に狐娘に――。
「こんなところで……死んでたまるかぁあああっ!」
時雨は左手でナイフを掴み、狐娘の首へと突き立てる。
「ごやぁ」
と、突然の反撃に怯んだに違いない狐娘。
時雨はその隙を逃さず、狐娘の頭部に銃口を押し付けたままトリガーを引く。
直後。
狐娘の頭が弾け飛ぶのと、時雨の体が地面に打ち付けられるのは同時だった。
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