火炎放射器マン 鳥を屠る

プラナリア

汝、我らに被食されよ

 鳥どもは私達に死者を憐れむことさえ許さない。目の前で腐乱し続けている、幼なじみのシジマもそうだ。今年は日照りが少なく、このブロックのどの畑も不作であった、なのに烏や鳩らへの上納量は変わらない。村人たちは皆飢え果ててしまう瀬戸際だった。


 シジマは上空の監査鳥に見つからないよう、こっそりと自分の作物をブロック民に分け与えてくれた、自分の上納分を削って。それで私たちは今冬の餓死を免れた、代わりにシジマは、年貢を納めそびれた彼はハゲワシの懲罰隊に処刑された。


 シジマの肩から下の肉はほとんど食いちぎられて、食い残しに蝿や蟻が群がる。頭部はわざとらしく原型を残した上で、くり抜いた目玉から視神経を引き伸ばして悪趣味に結んである。上空を我が物顔で飛び回る鳩やムクらは、今もシジマの死体に糞尿をベチベチ垂らしていた。これが罪人の末路で、これを埋葬することも、弔うこともまた罪と見做された。


(ありがとう、シジマのおかげで皆生きている)


 私の家と畑をつなぐ道にシジマは放置されている。私は彼の目の前を通る時、いつも祈った。そして麦をほんの一粒だけ、監査鳥の目に留まらぬように落とした。許されないことだなんて知っている。それでも、シジマはこのブロックの英雄で、私の友達だった。だからせめて、これくらいささやかな祈りは許されて欲しい、そう願っていた。


 北風が見渡す限り続く畑になびいていた。そろそろ家に帰ろう、きっと父が待っている。



 帰宅後、玄関を開けると惨殺された父の姿が目に飛び込んできた。

 両目はくり抜かれて視神経が蝶結びにされていた。


「あ、そんな、えっ……」


 ほとんど悪い夢を見ている心地だった。どうしてこんなことにと、他人事のように思考が巡った。まさか、私がシジマに祈っていたせいなのか?その時左手の甲に何か刺される感覚がした。左手を見やると、そこには白くて小さな、一見すると可愛らしい生き物がいて、こちらの顔を伺っていた。しかしそいつはシマエナガという鳥類で、爪先には麻痺毒が仕込まれてあって……


「ぐああああっ!があああ!」


 全身に激痛、その場に倒れ込み全身が動かせなくなった。霞んだ視界に十数羽の鳥どもが集うのが映る。ヒクイドリやフクロウ、鶏にコウノトリ、オーストラリアガマグチヨダカ等が私を睨みつける。蔑みですらない、ゴミを見下すまなざしだと理解できた。


 集団からインコが1羽、私の眼前に躍り出た。このインコが連中のリーダー格であるようだ。


「下等なる農民アスカッ!貴様の罪はッ、ただ貴様を殺すだけでは滅ぼされないッ。愚かな反抗者に情を移すばかりかッ、我等に上納すべき作物を捧げ、無駄にした!無駄にッ!」


 インコは私の顔を踏みしだく。


「無駄に!無駄に無駄に無駄に無駄になッたッ!おまえによッてッ!あのガキが年貢を人間どもに融通した事など知れてるッ、食糧をゴミにしたゴミの死骸に食糧を捨てる?この下等哺乳類どもがッ!」


 ガア!ガアガア!と、周囲の鳥どもがいきり立ち共鳴した。


「……とまあッ、このように我等鳥類は貴様に怒髪天。よって一族皆殺しの上で貴様を『産役』に処すことに決めたッ」

「何だ……そのクソみたいな刑は」

「むかしッ、醜悪なる人類どもが地上をわが物顔で踏み荒らしッ、鳥は虐げられていたッ。今や立場逆転したが、未だ人類は我等の持たざる特権を保有しているッ」

「……」

「その手ッ!畑を耕し道具を造る器用な手ッ!我等鳥類はこれを獲んがため……恥を忍び貴様ら下等人類と交配を試みているのだッ!その名も鳥人計画ッ!」


 私は麻痺毒による痙攣ではなく、胸の奥から身が震えるのを覚えた。


「ふざけ……てるのか……」

「下等哺乳類でありながら高等種として血を残すチャンスを与えられるッ、これが栄誉でなく何と申すッ。大人しく我等に従い……ム?」


 その時だった、焦げ臭さと共に煙が漂ってきたのは、パチパチと何かが燃える音が聞こえてきたのは。鳥どもの間に動揺が広がり、その間にも煙と音は大きくなりつつある。段々と、混乱で鈍った私の頭でも状況が分かってきた。何か、鳥どもでも予期しなかった要因で、この家が燃やされていて……


「レッツ!被食!」

「ピギャーーッ!?」

「ピギャーーーッ!?」


 そして次に、鳥が燃やされていた。


「な、何ごと!?」

「バカなッ!?貴様はまさかッ!」


 コウノトリが、ヒクイドリやフクロウが、視界の外から放たれた業火に炙られ苦しみながら焼死していく。


 他の取り巻きもパニックになり家を飛び回っては、炎に巻き込まれ死んでいく。唖然とする私のそばに"火元"が歩み寄り、立ち塞がった。その人間は顔立ちから女性のようで、白く分厚い服を着こみ、鉄のボンベを背負っている。左手には火炎放射器を携え、そして右手には茶色い物体を串刺しにした何かを持っていた。


「鳥駆除のエキスパート、火炎放射器マン!」


 謎の女性は、串刺しの物体を食べながら火炎放射器マンと名乗り出た。


「火炎放射器マンッ!実在したのかッ!」


 インコが慄き絶叫!それに火炎放射器マンは躊躇なしに火炎放射口を向け、宣告する。


「鳥とは人間の食物を意味する単語であり、おいしい。貴様は余に被食されるべきだ」

「たッたわけた事!かかれーッ!オーストラリアガマグチヨタカッ!」

「ケケーー!」


 オーストラリアガマグチヨタカは火炎放射器マンの周囲を飛び回り、消えた。正確には見えなくなったと言うべきか。


 ……これは後に判明した事だが、急激な進化を遂げた鳥族の一部には鳥類異能バードパークと呼ばれる特殊能力を持つ個体が存在するのだという。このオーストラリアガマグチヨタカの超発達した擬態能力も、まさにバードパークの一端であったと言えよう。


「どうだッ!貴様はこのまま見えざる敵にじわじわ啄まれッ、やがて死ぬ命運ッ!さあどうするか火炎放射器マ」

「被食者!!!!」


 火炎放射器マンは噴射口を広角ノズルに切り替え、そのまま超高速で連続回転を始めた。するとどうだ、彼女の放つ炎は360度を隙間なくカバーするようになった。当然ガマグチヨタカが無事である筈もなく。


「ピギャーーーーッ!!」


 炎を喰らい擬態の解けたガマグチヨタカが姿を現し床に倒れ込んだ。そしてガマグチヨタカは星のように燃え続け、灰に帰した。火炎放射器マンは既にインコに標準を定めている。


「では死ね!被食者!」


 烈火がインコの輪郭を消し飛ばす。


「グオオオッ!こ、このような蛮行お上が許しはッ……ピギャアアアッ」


 

 私の父を殺し、その上で全ての尊厳を引き剥がそうと試みた仇は、突如現れた謎の人物によって、嘘のように殲滅されてしまった。胸の中でいろんな感情が巡って整理がつかない内に、その殲滅者は私の元にかがみ込んで、串刺しの物体を差し出し、口元に押しつけた。


「おまえに焼き鳥を差し出す、食え」

「は、はい?」

「はるか昔人類は生存の為のみならず、味覚の為に捕食行為を行なったという。焼き鳥とはその時代の遺物である。憎き鳥の血肉を焼いた食物である」

「鳥どもを食えと?」


 私も鳥どもは憎い、けれどもそれを食べてしまうのは、少し猟奇的ではないかと足踏みする。だが、その焼き鳥なるものから漂う香りが実に良いものだから、思わず涎が分泌される。これまでの生涯、空腹を覚えない時間の方が少なかったが、これほど食欲をそそられるのははじめてだった。


 私は焼き鳥にがぶりつく、瞬間、旨味を溜め込んだ汁が溢れて、口全体に浸透した。思わず目を見開く。


「お、おいしい......」

 それが精一杯の感想だった。昔、母が時たまご馳走として出してくれた蛙の味に少し似ていたが、それとも全く比べようがない程、ただ美味かった。


「これは鶏の胸肉よ、彼奴はいつも傲慢な面をしているが、実際は筋金入りの被食者である事を知るがいい」

「お、おいひいです、お、おいひ、おいひ」


 堰を外したみたいに涙が流れ出た。父や母と、シジマと、この味を分かち合いたかった。ある不作の年、母は自ら餓死を選んだ。シジマ村に身を捧げ、父は私の身勝手の為に殺された。馬鹿な私だけが、肉にありつけていた。


「ごめっ、なさい。わたしの、わたしのせいでみんな、みんな......!」


 情けなくて、それなのに鳥を食う口が止まらないのがなおさら情けなかった。涙で濡れた肉に塩味がついて、これがまた美味しかった。



        ◼️ ◼️ ◼️



 気がつくと、どことも知れぬ洞穴にいた。どうもあれから眠りこけてしまい。火炎放射器マンに運ばれてきたらしい。私は立ち上がる、麻痺毒は抜けたらしい。すると、数本の噴射口の付いた謎の筒と、置き手紙があるのが見えた。


【字が読めるなら従え、読めぬなら感じよ

・おまえを焼き鳥戦士に認定する

・また、家を焼いた詫びに神具ガスバーナーを支給する。これで鳥を焼くべし

・「葱畑の楽園」を探せ、そこでは人間がネギマなる美食にありついているという

・悪はおまえではなく、鳥】


 私は火炎放射器マンに深く感謝し、ガスバーナーを手に取った。ここに居続けてもどうしようもない、火炎放射器マンの言う楽園を探してみるのも悪くない。


 そうして洞穴の出口に向かうと、白く小さな鳥が立ち塞がっていた。先の集団にいたシマエナガである。羽毛に陽の光が反射して少し眩しい。


 私はすぐさまガスバーナーを噴射すると、シマエナガは「ピ」とだけ言って焼け焦げ、動かなくなった。よし、今日の飯はこれにしよう。



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