怪談「賑やかな名所巡り」

Tes🐾

賑やかな名所巡り

 これは今から十数年前、盆休みに当時の彼女と共に帰省した時の話。


 私の地元は愛知県にあるものの、名古屋などの都市部とは違って奥まった山間部にある。端的に言えば田舎だ。

 だから彼女を両親に紹介したり盆の行事を一通り済ませると、やることもなく暇になる。一応車で二時間くらい走れば都市部に出られるが、その時はもうすっかり日は落ちていたし、名古屋観光は明日の予定でもあった。

 とはいえ、このまま家にいて、両親の彼女に対する詮索を聞き続けるのも耐え難い。

「別に近場をドライブとかでもいいじゃん」

 悩んでいると、都会生まれ都会育ちの彼女がそう提案してきた。多分、適度に街灯があり、夜の森の風景や街の夜景などが楽しめると思っているのだろう。

 だが、この場所はそんなに甘くはない。県道を外れれば街灯は一気に減り、辺りは真っ暗闇になる。夜景が楽しめる展望台なんかも、かなり名古屋側まで近づかなければ無かった。

 と、反論しかけたところで妙案が浮かんだ。

「いいよ。じゃあ良いとこ知ってるから、そこ行くか」

「良いとこ? それって夜景?」

「行ってからのお楽しみ」

 それからすぐに彼女を助手席に乗せて車を出した。

 しばらくは街に続く県道を走っていたので、街灯もそれなりにあったが、そこから一つ脇道に入ると途端に明かりが減った。車のヘッドライトだけを頼りに、うねる山道をぐんぐん登って行く。そのうちアスファルトが切れて砂利道になった。

 最初はカーオーディオをいじりながらノリノリだった彼女も、道の変わり様に表情が曇り始める。

「ねえ、本当に道合ってる?」

「合ってるよ。ここ登りきったらすぐ展望台」

「ならいいけど」

 ただし見るのは夜景ではないが、と心の中で付け加えた。

 それから程なくして坂の傾斜が緩やかになり、開けたスペースに着いた。街灯もなく、他に車もないから分かり難いが、ここが山頂の展望台だった。

「ちょっと、夜景なんて何も見えないんだけど?」

 当然だ。街はまだ何個も山を越えた先にある。

「奥じゃなくて、すぐ手前見てみ」

 あえて点けたままにしていたヘッドライトに照らされた場所を指差す。

 そこには申し訳程度に設置された低い鉄柵があった。

「あの先、結構な崖でさ。で、柵も古くて低いから、みんなここから飛び降りるわけ」

 そう。

 ここは名所は名所でも、夜景ではなく自殺の名所だった。

 全国レベルではないけれど、昔から地元では有名な場所で、高校時代には何度か肝試しにも来たこともある。自分は見たことがないが、自殺志願者の他に、実際に飛び降りた人間の幽霊も出るなんて噂があった。

 そう話すと、彼女はすぐさま激昂し何度も叩かれた。が、まあいい暇つぶしにはなっただろう。

 そうしてひとしきりじゃれ合って、さあ帰ろうとなった時。


 ――とんとん。


 突然、横のドアガラスから音が鳴った。

 見ると、誰かがすぐ外に立っている。

「おいA(私の名前)じゃん! ひさしぶり!」

 場所が場所だけに一瞬驚いたものの、そこにいる人物は私の名前を呼んで手を降っていた。真っ暗で顔はよく見えないが、声には聞き覚えがある。

「もしかしてBか?」

 車内灯を点けてドアガラスを下ろすと、ようやく相手の表情が見えた。

 高校時代の友人Bだ。

「久しぶりだな。帰ってきてたなら連絡よこせよ」

「わりいわりい」

 会うのは数年ぶりだったが、全く変わった様子はない。

 確かにBは卒業後も地元に残っていたが、まさかこんな場所で会うとは思ってもみなかった。

「こんな場所で合うなんて奇遇すぎねえ? なにしてんだよ?」

「今肝試ししてんのよ」

 なんでも今、Bとその友人二人の計三人が、それぞれ近場の自殺・心霊スポットに別々に突撃するという、かなりマジの肝試しをしているらしかった。

「相変わらずやることがイカれてんな」

「男ばっかで刺激が足らねえんだよ。そういうお前はいいよな、女連れで」

 俺の奥にいる彼女を見ながらBが言う。昔は俺もそっち側だったので、そう言われると少し鼻が高くなる。

「まあな」

「あーその上から目線ムカつくな。こうなりゃ送ってもらわんと気がすまんぞ」

「はあ?」

「もう来た証拠は残したし。他の奴らもそろそろ着いてる頃だから、合流するの手伝えよ。そうしたら許してやる」

「……ったく、はよ乗れ」

 突然の要求に少し驚いたものの、積もる話もある。私は頷いてBを後ろに乗せてやった。

「彼女さん、悪いね」

 乗り込んできたBの言葉に彼女は黙ったままだった。

 見れば、どことなく不安げに私に視線を向けている。普段は私よりも社交的で誰とでもすぐ打ち解けるはずなのだが。

 けれどそんな些細な違和感も、友人との再会に舞い上がっていた当時の私は、ほとんど気に留めることもなかった。


 展望台を出発すると、Bの指示で近くにあるという別の自殺スポットへと向かう。

 道中、Bは終始仕事の愚痴に徹していた。

 あれが辛い。これが辛い。 高卒だと他に働き口もない。俺も大学に行って上京すればよかった。などなど。

 聞いていて可哀想だなと思う反面、大学に行って良かったと心底思った。

 そうして十数分走っていくと目的の場所に着いた。

 そこは自然公園の入り口にある池で、ここも有名なスポットだ。

「いたいた。おーい」

 車が停まるやいなや、Bが窓を開けて身を乗り出し、手を振る。

 一瞬気づかなかったが、駐車場の街灯の下にワイシャツとスラックスという、まるで会社帰りみたいな格好の男が立っていた。

 近づいてきたその男に、Bは事情を話してドアを開ける。

「いや、なんかすみませんね」

 男――仮にCとしておく。

 Cは別にBの同僚というわけではなく、共通の趣味による知り合いだという。残りのもうひとり――Dもそうらしい。

「なんだそれ。心霊スポット同好会とか?」

「まあそんな感じです」

 それから、またBの指示で別の脇道を進んでいく。

 今度は少し遠く、自然公園から山を下り、三十分ほど山間を進んで行った場所にあった。寂れたゴルフ場の横にあり、半分骨組みだけの建物や錆びた鉄骨、土砂の山が放置されている。

 この場所については全く知らなかったのでBに曰くを訪ねると、なんでもゴルフ場に関連した娯楽施設が建設される予定だったが、作業員の死傷事故が原因で取りやめになったらしい。それで関係する小さな会社がいくつも潰れ、何人もここの鉄骨を使って首を吊ったんだとか。

「お邪魔します」

 Bに誘われて乗り込んできたDは、小太りでタンクトップに短パン姿という、まるで夜涼みに近所を散歩でもしているかのような出で立ちのおじさんだった。

 この頃になるともう車内はがやがやとするばかりで、とても自殺スポット帰りという雰囲気ではなくなっていた。

 ただ、そんな中でも彼女だけは終始無言だった。

 このよく分からない取り合わせの人達と話すのは面白かったが、これ以上機嫌を損ねてもまずい。

「それじゃあ俺たちこのまま家の方に帰るけど、みんなはどこで下ろせばいい?」

「ああ、同じ方向だから大丈夫だよ。ただ、途中にある橋でちょっと停まってほしいんだ」

 そういえば、ここに来る途中に橋があった気がする。あまりに短かったので、ほとんど印象に残っていないが。

 それから少し走ると、件の橋が見えてきた。

 言われた通りに停まると、後の席の三人はすっと車を降りてしまう。

「実はここでもうひとり拾う予定なんだ」

「え?」

「お前も降りて来てみろよ」

 降り際にBが言う。

 ――三人じゃなかったのか?

 ともかく、私はシートベルトを外し、Bに言われるがまま車を降りようとした。

 そこで、ぐいっと身体が引き戻される。

「行っちゃだめ」

 引っ張っていたのは彼女だった。

「車出して」

「おい、なんだよ」

「いいから! 早く!」

 耳元で叫ばれる。突然の出来事に頭が追いつかない。

 どうしたものかと外の三人を見た。

 じっと、こちらを見ている。

 車内の騒ぎが漏れ聞こえているはずだが、驚く様子もなく、ただ橋の欄干前から車内の私に視線を送っていた。

 その瞬間、なぜだか背筋がぞくりとする。

 彼女が足を伸ばしてアクセルを踏もうとしてきたことも相まって、三人を残して車を発進させた。

 シートベルト未着の警告音が響く中、私はバックミラーを見ることができなかった。


 それから実家に帰り着くまで一言も喋らなかった。

 ようやく言葉を発したのは、コップに注いだ麦茶を一気に飲み干し、そのまま崩れるようにソファーに座った彼女だった。

「だっておかしいでしょ。いくら肝試しだって、普通懐中電灯とか、灯りくらい持ってるよ。なのにみんな手ぶら! あの人達は真っ暗の中、歩いてどうやってあそこまで来たの?」

 何も答えられない。

 確かに誰一人灯りを点けてはいなかった。

 特にBに至っては、途中の山道はもちろん、展望台にも街灯は無い。

 どこかに持っていた携帯電話の電灯機能を使っていたのだとしても、近くに来た時にその灯りが見えるはずだし、消しておく理由もないはずだ。

 加えて、三人がいた場所は近くには居住区は無く、比較的町という体が整っているこの辺りからだと、行きだけで何時間も掛かってしまう。私が途中まで乗せたのだから、車や自転車などでは来ていないはずだ。だとしたら、彼らは夜明け頃まで歩き通すつもりで肝試しに来ていたということになる。

「絶対おかしい。あれ、人じゃないよ」

 私には霊感はないし、彼女からもそういう話は聞いたことはない。

 けれど、その言葉を否定することはできなかった。


 そして翌日。

 何かの間違いかもしれないという思いでBに連絡を取り、私は更に肝を冷やすこととなった。

「はあ? 肝試しって、そんなの行ってねえぞ?」

 昨日置いていったことを謝ると、訳が分からないといった様子で言う。

「それにそのCとD? ってやつも知らねえし、そもそも俺、名古屋の専門行ってて就職してねえよ」

 そんな馬鹿な。

 そう思ってよくよく思い返したが、確かにその通りだった。

 けれどなぜだか、あの時はBが就職しているのが当然だと思えてしまったのだ。

「お前さ、自殺者の幽霊に引っ張られたんだよ。あの展望台とか、俺らが卒業した後、不況の煽りでマジで自殺する奴出まくったらしいし。公園の池とかゴルフ場の廃墟とかも、死人が出たってのは聞いたことがある」

「マジかよ。じゃあもしかして、橋もか?」

「橋?」

 三人に最後に行くように言われた橋の事を話す。

「うーん、それは聞いたことがないな」

 マップアプリで場所を共有しても彼の反応は変わらなかった。自殺の名所でもないし、何らかの心霊スポットでもないらしい。

 ではなぜ、彼らはあそこに私を連れてきたのだろうか。

 確か、こう言っていたはずだ。


 ――ここでもうひとり拾う。


 あれからも時々実家には帰っているが、絶対に夜中には出かけないようにしている。

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