焼き鳥焼きに専念したい先輩と、先輩を食べたい後輩のはなし。

或木あんた

第1話

 とある大学サークルのバーベキュー。

 酒のせいもあってか、騒がしく陽気な雰囲気の中、先輩は黙々と炭火と向かい合い、焼き鳥を焼き続けていた。そこにやってきたのは、一人の後輩。


「せんぱーい、乙でーす」


「おう後輩、食ってるか?」


「おかげさまですー。……先輩の方こそ、ずっと焼きっぱなしじゃないですかー。代わります?」


「いや、大丈夫だ。言うてちょいちょい食ってるし。……それに、そんなひらひらしたカッコしてるヤツに任せられないだろ? いいんだよ、こういうのは男がやるから」


「でもー、他の先輩方はみんな飲んで食って騒いでばっかじゃないですかぁー。みんなそっちに注目してるけど、実際先輩がいなかったら、まわってないですよね!」


「でもなぁ。あのノリに合わせるのも気が失せるし、……俺はこうやって、隅っこで焼き鳥焼いてるくらいが丁度いい男なんだよ」


「あー、わかる。先輩ってなんかお買い得そうですもんねー」


「人をお惣菜みたいに言うな。……ほれ」


「ありがとうございます。……はむ。やっはりへんはいのはいてくれたはひとひはおいひいれす……ひおはへんがほふに……」


「頬張りすぎだろ。お前はリスかって、まったく」


「へんはい、へんはい」


「……何だよ?」


「おもひはえり、ひてもいいれふか?」


「……は? 何言ってっかぜんぜんわから……」


「――お持ち帰り、してもいいですか?」


 突然、耳元で声がした。驚いて見ると、後輩の上目づかいの瞳がすぐ側にあった。遠い飲み会の喧騒、油が焦げる音だけが二人の間を隔て、香ばしいにおいと共に、先輩と後輩は見つめあう。


「…………」

「…………」


「ダメ、ですかね……」


「……ああ、断る」


「……なんで、ですか?」


 その時、肉の油がしたたり落ち、ジュ、と音を立てて炭火がうなった。その音を聞いてから、先輩はゆっくりと口を開き、



「冷めた肉は、固くなる」


「……」


「……一番うまい状態を食ってもらえなきゃ、焼き鳥が可哀そうだろうが」


「……ふーん」


「なんだよ、妙な顔して。さてはお前、酔ってるだろ?」


「あ、バレましたー? 実はチューハイもう4本目なんですー」


「……お前、……飲みすぎんなよ?」


『…………誰のせいだと思ってるんですか……』


「え? 何だ?」


「何でもないですー! ほらほら、先輩も飲みましょー!」


「お、おう。……ただ、言っとくけど俺、めっちゃ酒弱いからな?」


「ハイ。知ってます。だからこそです! ハイ、焼き鳥」


「? さんきゅー。うめぇな、やっぱ」


「ハイ。お酒もおいしいですね! どうぞどうぞー!」


 缶ビールをあおる先輩を横目で見ながら、密かに不敵な笑みを見せるのは、後輩。


『……甘いですね、先輩。一度かわしたくらいじゃ、今日の私は終わりません。もう周りの根回しは済んでますから、後はアルコールの力で、押して押して押しまくるのみです!』


『『一番うまい状態しか食わない』? ……笑わせますね、先輩。私が今日のためにどれだけ準備してきたと思ってるんですか。エステ行って、メイクもオシャレも準備して。今日です! 私が一番おいしいのは、今ですから! 絶対に手を出させてみせます、覚悟してくださいね、……先輩☆』


「どうした? なんか楽しそうだな?」


「なんでもありませーん。あ、ほら、焼き鳥焼けてますー」


「ホントだ」


 先輩は焼き鳥に手を伸ばす。その後ろで、後輩が音もなく自分のブラウスのボタンを外したことには、まだ気付かなかった。


 

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焼き鳥焼きに専念したい先輩と、先輩を食べたい後輩のはなし。 或木あんた @anntas

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