スタンドアップ・ボーイズ! ファーストジャンプ

和泉茉樹

スタンドアップ・ボーイズ! ファーストジャンプ

     ◆


 強烈な酷暑の日が数日、続いていた。

 そんな中でもハッキンゲームは行われる。

 ハッキン州のどこか常軌を逸した催し物。

 二足歩行ロボットであるスタンドアッパーを使っての多種目競技会は通年、何かしらが開催されるが、夏はちょうど学生の長期休暇とぶつかり、異様な集客力を発揮される。

 ついでに競技自体も、一対一の格闘戦でのトーナメントという、最大の目玉がここに当たる。

 朝は地元の産物が並ぶ朝市、昼間はスタンドアッパーのメインイベントでもある格闘トーナメント、夜になると東方の平常国風の花火大会。

 これがピークだけでも二週間は続く。

 俺の思い出の中でも、この夏の日々は原色で彩られた、今でも眩しい日々として座を占めている。

 しかし大人になって祖父の元で整備工を始めてしまうと、この二週間は生きた心地がしない。

 ハッキンゲームに参加できるチームは基本的に民間人、アマチュアだ。操縦士は土木工事の作業員だったりするし、整備士もプログラマも、大半が普段は会社員である場合がほとんどだ。

 で、そんなアマチュアの技量では修理不可能な損傷を負ったスタンドアッパーが、ハッキン州の州都ハッキンのはずれにある我が祖父の経営の整備工場、シュミット社にも運ばれてくる。

 普段はそれほどではないが、この二週間は誰にとっても特別だ。

 格闘トーナメントは試合と試合の間に一日しかないので、たった一日で機体を整備しないといけない。

 整備と言っても、それは殴り合い、蹴り合い、投げたり投げられたり、関節を破壊されたり、フレームが歪んだり、とにかく、めちゃくちゃに壊れたものを使い物になるようにするので、実際、整備とは言えない気もする。

 俺も祖父も目が回るほど忙しいのに、壊れたスタンドアッパーはひきもきらない。

 アマチュアといっても、ハッキンゲームで名を挙げて成功したものもいるので、みんな目がギラギラしていて、場合によっては殺意さえ宿る。もっとも、その点は俺も祖父も似たような視線をしているだろうが。

 というわけで、ほとんど不眠不休で一週間ほど働き、やっと余裕ができた。情報を確認したところ、トーナメントが進んで、残っているのはあとは八台だ。俺と祖父しかいない場末のシュミット社に仕事を依頼しなくてはいけないような連中はおおよそ敗退したということになる。

 祖父は朝、起きだしてきて片手にゼリー飲料を持っていたが、作業場に一台のスタンドアッパーしかいないのを見て「任せる」と短く言った。俺が言葉を返す前にこちらに背中を向けて、祖父は仮眠室へ行ってしまったけど、裏手の家に戻らないあたり、何かあればすぐに呼べ、ということだ。

 もっとも、その一台だけのスタンドアッパーの整備は簡単に終わった。格闘トーナメントに参加するのではなく、大道芸を披露するスタンドアッパーなので、楽な仕事だ。

 格闘用のスタンドアッパーの整備は、揉め事を大量に生み出す。どの部品の精度が悪い、フレームの剛性が設計より低い、重すぎる、軽すぎる、ありとあらゆる苦情がくる。

 もっともそこは俺も祖父も慣れているし、事前に整備という名の改造を依頼する連中が精査しないことを計算に入れた、長ったらしい契約書にサインもさせている。

 こういうことをすると客がつかなくなりそうだが、俺と祖父に感謝する連中もいて、結局、経営はなんとかなる。それよりも二人だけで仕事を回すのがさすがに過酷だ。あと二人は手伝いが欲しい。

 大道芸向けの機体は二時間で形になり、受け取っていなかった整備費の残り半分を受け取って、俺はその機体を見送った。いかにも足取りが軽い。フレームを徹底的に肉抜きしてあったのを見たあとなので、ちょっと不安だ。「骨折」しそうな気がする。

 俺も少し休もうと表に出している「営業中」のプレートを「臨時休業」にひっくり返しておく。こうしておいても、ハッキンゲームで熱くなった連中は容赦なくやってくる。

 仮眠室へ入ろうとすると、足元に小さなメダルが落ちているのに気づいた。

 一瞬、整備したスタンドアッパーからはずれた部品かと肝が冷えたが、違った。

 やや肉厚なそれは変な重量感があるが、見た目は安っぽい合金製だ。

 表面には鶏のキャラクターが彫られていた。

 懐かしいな……。


      ◆


 俺が高校生になって二年目の夏、我らがアイアンバニーは格闘トーナメントに参加していた。

 格闘という種目自体はトーナメントの前に単発の試合が何度かあり、これはいわば、トーナメント前の試運転というか、様子見のための格闘なのだけど、やる方はだいぶ本気だ。俺も熱くなったことがある。

 チーム名と同じアイアンバニーという愛称をつけられているスタンドアッパー、パワーウイングⅧ型は、このトーナメントに合わせてだいぶチューンナップされていた。打撃に特化してあり、それも受けはあまり想定していないという側面もある。基礎骨格はいじりようがないので、フレームを頑丈に組み上げ、しかし軽量化のために大胆に外装パネルを排除している。

 そのため、アイアンバニーは他のスタンドアッパーより細身で、見た目からして俊敏さをイメージさせる。

 一回戦は難なく勝てた。右へ左へ軽快にステップを踏み、ナックルガードをつけた両手が次々と吸い込まれるように命中し、連続する不規則な衝撃で相手のスタンドアッパーのバランサーが容易に不調を来した。

 膝をついたところで素早く腕を絡め取り、体を捻るようにしてその片腕を引きちぎったところで、相手は降参した。

 爆発的と言ってもいい(だろう)歓声の中、アイアンバニーは片手を振ってみせ、整備場へ戻った。

 外へ出ると、外気が涼しく感じる。パワーウイングⅧ型の操縦席のモニターでは、外気の気温は三十五度はあるはずだった。

「いいぞ、いいぞ、オリオン! よくやった!」

 すぐ足元でパワーウイングⅧ型の持ち主の息子である、俺の悪友のダルグスレーンがはしゃいでいる。

 結局、なんだかんだで、俺が操縦士としてエントリーされてしまったのだ。

 駐機姿勢のパワーウイングⅧ型から地上へ降りると、すぐにマオがスポーツ飲料の入ったボトルを投げてくる。受け取ったところで、横をシャンツォが通り抜けていき、パワーウイングⅧ型の状態をチェックし始めた。

「さすがだぜ、オリオン! これなら三回戦くらいはいけるんじゃないか!」

「あまり浮かれるなよ、ダル。勝負は時の運だ」

「おふくろさんの教えか?」

「いや、俺の経験則」

 ニヤニヤと笑いながら、ダルグスレーンが調子のいいことをさらに言おうとしたが、それより先に何かの売り子の声がした。高く澄んだ声だったので、俺もダルグスレーンも同時にそちらを見ていた。

 しかし見えたのは若い男たちが何かを囲んでいるところで、あとは、かすかに香ばしい匂いがするだけだ。

「何だろう?」

 俺の言葉にダルグスレーンが首を振り、「行ってみようぜ」ともう歩き出している。

 シャンツォとマオに申し訳なかったが、好奇心に負けて俺は悪友の背中を追った。

 わかってきたことは、どうやら鶏肉を串に刺して焼いたものを売っているらしい。さっきの声は売り子の声だ。

 男たちの向こうに、まだ十代だろう少女が巨大な板のようなものを体の前に下げているのが見えた。板の上から次々と紙製の箱が男たちの手に渡る。同時に少女の腰に下がっている箱から男たちが何かを持っていくのも見えた。

「ありゃなんだ?」

 ダルグスレーンの言葉が聞こえたのだろう。少女が俺たちの方を見る。

「平城国名物のやきとりだよ! 六本入りで三〇〇ダラー! 買うならどうぞ!」

 ダルグスレーンがすぐにコインをポケットから取り出す。そしてさっさと会計して、俺に四つのやきとりとやらいう食べ物の入った紙箱が手渡された。

「一箱買ったら、一枚持ってって!」

 少女が言いながら片手で器用に腰の箱を示す。

「金色のコインで一箱サービス! 銀色のコインは三十枚で一箱ね!」

 ダルグスレーンが少女の腰の箱からコインを四枚弾き出す。

「全部、銀色だな」

 悔しそうなダルグスレーンをよそに、少女がこちらを見る。

 視線と視線がぶつかった。

「あなた、さっきトーナメントに出てた人?」

 いきなりの言葉だったが、まぁ、操縦士のスーツを着ているし、すぐ推測できるはずだ。

 そう思ったが、次の言葉に驚かされた。

「さっきのスタンドアッパーの身のこなし、あなたの実際とそっくりよ。すごい腕ね」

 どう答えたらいいか、わからなかった。

 俺が黙っている間に少女はパチッとウインクして、またやきとりを売るために離れていった。次々と客が来て、彼女の姿は自然と見えなくなった。

「モテるのは操縦士だからだぞ」

 いきなりダルグスレーンが言ったので、俺は苦笑いしてしまった。

「かもしれないな」

 そうやり返しておくが、ダルグスレーンは「さっさとみんなで食べちまおうぜ」とパワーウイングⅧ型の方へ戻っていく。

 その後、四人で焼き鳥を食べてから、律儀にダルグスレーンは俺たちに一枚ずつ少女が配っていたコインを渡した。

 あの夏、アイアンバニーは格闘トーナメントで四回戦で負けた。大健闘と言っていい。

 しかし繰り返した機体の整備に莫大な料金がかかり、俺たち四人は長期休暇の残りをバイトで潰すことになったのだった。


     ◆


 なくしたと思っていたコインが、こんなところで出てくるとは。

 手の中でコインを転がしつつ、もしかしたらこの夏、あの少女が戻ってきたのかもしれない、と、ふと思った。

 思ったけれど、まずは休もう。さすがに疲れすぎた。

 俺はゆっくりと仮眠室へ入った。祖父が静かに寝息を立てている。

 コインは無くさないように丁寧にポケットに入れた。

 うとうとしているとどこか遠くで客を呼んでいる、澄んだ声が響いた気がした。

 夢の中の声か、記憶の中の声か。

 それともこれは、現実の声なんだろうか。

 すぐに聞こえなくなり、睡眠の深いところに俺は沈んでいった。



(了)

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