吾輩はつくねである――男同士、焼き鳥屋、アルコール。何も起きないはずがなく…

虎山八狐

寿観7月15日木曜日

 吾輩はつくねである。

 吾輩を食べんとする者は二人いる。吾輩の持ち手が向いている方の席に座る「アンドー」。彼の向かいに座る「キヨミクン」。

 キヨミクンは剛の者である。この焼き鳥屋の全種類の串を頼んだ。ハイボールが好きらしく、現在四杯目を頼んでいる。

 アンドーは柔の者である。カシスオレンジと烏龍茶をちまちま飲んでいる。気になる串があれば分けてもらっている。その他は大根サラダを食べている。健康志向が高そうである。緋色に染めてアシンメトリーに切った髪に大ぶりのピアス、あまり見ない形の黒いトップスを着ている。何者か掴めない。

 アンドーに比べれば、前髪の一部分のみクリーム色に染めて項で髪をくくり、無地の灰色のTシャツを着ているキヨミクンなど地味なものである。嘘である。筋骨隆々で上背もかなりある。EXILEに混じっていても違和感がない。赤ら顔でケラケラ笑ってなければかなり怖かったであろう。何者だろうか。

 こうして二人を訝しむ吾輩も焼き鳥としてはかなり不思議な存在であろう。先に二人の胃に収まったねぎま先輩やもも先輩や砂肝先輩等に比べたら、異様な姿である。

 巷では焼き鳥の串を外すのが社交マナーだと聞いたが、先輩方と違って分かりやすい分かれ目が無い吾輩はどうなるのか不安である。アンドーが吾輩には興味を示さなかった為にキヨミクンに全て食べられる予定であるので、吾輩はどうなるか知らないまま生を終える。無念である。

 そんな吾輩ではあるが、流石に右隣にいる豚バラ串野郎よりも焼き鳥であると胸が張れる。吾輩の胸が何処なのかは分からないが。しかし、吾輩の小さな誇りは左隣にいる御方によってすぐに打ち砕かれる。

 彼は雀様である。生物としての生前を思わせる御姿で串に刺さっておられる。キヨミクンはその御姿を見て小さな悲鳴をあげた。そして、アンドーにあげることを提案した。しかし、アンドーは「僕は食べたことがあるから遠慮しちゃう!」などと宣った。

 現在、二人は世間話をしながら雀様の持ち手を互いに向けあっている。忙しなく舞わされる雀様に涙を禁じえない。涙は出ない身だが。せめて豚バラ串野郎と悲しみを共有しようと見れば、豚串バラ野郎がいない。

 キヨミクンが串入れに串を一本入れた。豚バラ串野郎に刺さっていたものに違いない。などと思っていたら吾輩もキヨミクンに持ち上げられた。

 もしやこの男さっさと雀様以外を始末し、満腹になったと言おうとしてるな。止めろ。味わえ。私の人生の最期にして最高潮を雑に消費してくれるな。ひいい。


 ……なんてバイトの私は考えてしまいました。

 いくら暇を持て余した文学部二回生といえど、いくら妄想で生きる小説家志望の二タクといえど、こんなことは普段致しません。真面目に虚無に働いています。

 店内に妙に目を惹く二人しかいないのが悪いのでございます。私は二人のカリスマ性の被害者でございます。

 詳しく述べますと、アンドーさんの声がいけないのです。

 乙女向けソーシャルゲーム「運命乱舞」の織田信長様のそれに似ているのです。しかも信長様は私の最推し。毎日ツイッターで愛を喚き散らし、毎週SSを投稿する程の愛しい推しなのでございます。しかもしかも俺様な信長様が大人ぶって蘭丸君を相手する所が非常に好きなのであります。アンドーさんもキヨミクンさんに大人ぶっているのでこれはもう平常心を保っておれません。自分の趣味から離れる為に、つくねの気持ちを想像するのも仕方がありません。

 つくねはもうキヨミクンさんの胃の中に入ってしまいました。

 ありがとう、つくね。フォーエヴァー、つくね。貴方の犠牲は忘れません。今夜のうちは。

 いつも通りの虚しい営業スマイルを保って、キヨミクンさんにハイボールを届けます。

 雀様はアンドーさんに弄ばれておりました。つくねの気持ちを妄想した今となっては見過ごせません。

「もう一本頼みますか?」

 思わず差し出がましい一言が出てしまいました。思わず口を押さえたら、キヨミクンさんがわあっと嬉しそうな声をあげてくれました。

「名案! 安藤、一本づつ食べようや」

 アンドーさんはぱちりと一度瞬いて、雀様を口元へと運びました。

「じゃあ先に僕がいただいちゃうね」

 そう言って、先程の煩悶が無かったかのようにあっさり食べてしまわれました。キヨミクンさんは驚きの声をあげます。私も驚きましたが、冷静に奥に引っ込んだ後に首を捻りました。

 絶対何かがある。

 雀様第二号を運びながら、私は覚悟をしておりました。一店員として虚無営業スマイルを保ち続けようと頑張っていたのです。

 が。

 キヨミクンさんが雀様第二号の串を持った途端、それは起きました。

「チュン」

 何ということでしょう。あの狭かった浴室が……ではなく、あの大人ぶってたアンドーさんが信長様に似た声で囀りました。両手を胸当たりまで持ち上げ、翼のように上下に振っていました。

「や、止めえや」

 キヨミクンさんの懇願も虚しく、アンドーさんは澄ました顔で囀り続けます。

「チュンチュン」

「もう」

 キヨミクンさんは一度唇をへの字に曲げてから、雀様第二号の頭に齧り付きます。

「ヂュゥンッ!」

 悲痛な声が響きます。

 私は呆気に取られてしまいましたが、キヨミクンさんはそうでは無かったようです。早く食べ終えてこの戯れを終わらす作戦に出ました。しかし、彼の素早い咀嚼に合わせて、アンドーさんは悲鳴をあげ続けます。

 信長様に似た声で、です。

「ヂュッ! ンンッ! ヂュンッ! ヂュヂュヂュッ! ンーッ! ヂュンッ! ヂュッ! ヂュヂューッ! ヂュンッ」

 そして、雀様第二号が全て清美さんの口に入った途端、一際大きい悲鳴が響き渡ります。

「ヂュンーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!」

 信 長 様 に 似 た 声 で!

 信 長 様 で 自 動 再 生 す る な! 私 の 脳 よ!

 信 長 様 は そ ん な こ と 言 わ な い!

 オーマイガッ!

 よくもまあこんな奇天烈な事象を起こしてくれたな!

 この腐敗した世界に落としてくれたな! 

 畜生! 

 神などいない! 神は死んだ!

 ふぁっきゅー!

「あの……」

 キヨミクンさんの控えめな声で気付きました。一店員の私が立ち竦んでしまっていることに。どうしましょう。先輩に叱られてしまいます。何ならキヨミクンさんにも怒られてしまいます。恐る恐る顔を見れば、真っ青でした。先程真っ赤だったのが嘘のようです。

「雀二本追加お願いします」

「え」という私の声がアンドーさんの「チュン?」で掻き消されました。

 キヨミクンさんはアンドーさんに向き直ってにたりと口角をあげます。

「味わえへんかったけんな、同時に食べようや」

 焼き鳥屋としては良いお客さんです。しかし、アンドーさんからすればどうでしょう。

「うん! 一緒に食べよっか!」

 ニッコニコです。見てる此方が融けそうになるくらいに眩しい笑顔です。

 アンドーさんとしてはキヨミクンさんと一緒に楽しく騒げれば良いのでしょう。

 そして、一店員としての私も追加注文という免罪符を先輩に叩きつけられるので良いのです。

 さて奥に引っ込みましょう。

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吾輩はつくねである――男同士、焼き鳥屋、アルコール。何も起きないはずがなく… 虎山八狐 @iriomote41

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