貴艦応答願う
春夏あき
貴艦応答願う
その日もいつものように、何も起こらずに平和に終わるのだと思っていた。だから僕は、仕事場所である電波監視局のモニターの前で、ゆっくり椅子に坐りながらコーヒーを飲んでいた。
しかし、往々にして予測は外れるものである。
コーヒーの二口目を飲もうとした瞬間、モニターから鋭い警告音が鳴り響き、突然の出来事に思わずコーヒーを吹き出しそうになってしまった。慌ててモニターを確認すると、そこにはある特別な形を持った波形が描き出されていた。山が二つ、谷が二つ、山が二つ。宇宙航海が当たり前になった前世紀に作られた、「貴艦応答願う」の合図だ。それもかなりよわよわしい。恐らくこの強度では、太陽系外からの発信だろう。
僕は慌てて受信機を起動し、記録計を作動させ、この所属不明の目標から送られてくる電波の解読にかかった。始めは航路から外れた船のSOSかと思っていたが、解読していくにつれ、僕の面持ちはどんどんと沈んでいった。いっそのこと遭難した艦であってほしかったのだが、現実は非情だった。
ピリオドを意味する電波を受信した後、モニターの嵐は治まり、水面はべた凪に戻った。
正直、僕は後悔していた。なぜ僕が、こんな電波を受信しなければならなかったのだろうか。むしろ無視して知らんぷりを決め込み、何も知らぬままにしておいた方がよかったのではなかろうか。しかし受け取ってしまったことは事実であるし、こんな重要機密を一人で抱えておくにはあまりにも重すぎる。
解読結果を書類に印刷した後、僕はおもりを付けられた囚人のような気持ちで上司の元を訪ね、先ほど受信した電波記録の解読結果を手渡した。そこにはおおよそ、こんなことが書かれていた。
『貴艦応答願う。我々は現在、太陽系外10000kmを高速度で移動している。目標は、君たちの住んでいる星、地球だ。言語については、君たちが全宇宙に盛んに放送している宇宙ラジオを翻訳機にかけて取得した。
早速だが、我々が地球に向かっている理由、それはずばり、地球を手に入れるためである。我々の星は現在、長年にわたる内戦により壊滅状態にある。最近ようやく戦争は終わったが、星はもはや住むには適さなくなっていた。我々は代わりの住処を探した。その結果、地球を発見したのだ。
残念だが、抵抗はすべて無駄に終わるだろう。なぜなら我々は今、星に残っていたすべてのリソースを使って大船団を展開しているからだ。
船は全部で10000000隻、それに搭乗している乗組員は100000000人はいる。そのすべてが戦闘艦という訳ではないが、少なくとも現在地球にある船よりは多いだろう。またすべての船には我々が開発した特殊爆弾が100発ずつ装備されている。これは真空中を1000m/sで走り、敵宇宙船の装甲を突き破り、内部で爆発を起こすという爆弾だ。これ1発だけで、地球産の船程度の装甲なら、10隻は貫通できるだろう。他にも一射撃で1000000キロワットの電力を放つレールガン、一度標的を設定すればどこまでも追いかけて来る誘導ミサイルが10000発、最大10000000度の熱火球を生み出すことのできる火焔放射器など、さまざまな武器を取り揃えている。
我々としても、無駄な殺生はしたくない。もし無抵抗でいてくれるなら、命の保証だけはしてやろう。それでは今から、1000時間以内に地球に向かう。ゆめゆめ、抵抗しようなどとは思わないことだ。.』
上司は仰天し、それに気付いた他の技術者たちも引き連れる形で、再びあのモニターの前へ集い、受診した電波の解析が始まった。だが何度解析を繰り返しても電波は地球由来のものではなく、恐らくこの電波の内容は本当のことなのだろう。
解析内容は局長の元まで運び込まれ、最終判断の後、宇宙開発局の名の元で地球及び太陽系全域に内容が公開された。それは、人々を恐怖のどん底に叩き落すのには十分すぎる内容だった。
それからは、葬式のような日々が始まった。絶対に敵わない相手だとわかっていても抵抗しないわけにはいかないと、少数の者たちは立ち上がったが、大多数の人間は既にあきらめを見せていた。1000時間、あと42日もすれば、地球に恐怖の艦隊が訪れてしまうのだ。人々はもはや生きる気力を無くし、食べて寝てを繰り返すだけの無気力な生活を送るようになってしまった。
その後の41日間は、何事もなく終わって行った。人類滅亡の危機だというのに、暴動や犯罪が増加するということもなく、ニュースらしいニュースといえば、アステロイドベルトに設置してあった隕石除去装置が、128個の小惑星群を焼却したというぐらいだった。圧倒的な力を前にした今、もはや抵抗の気力さえも湧いてこなかった。
そして迎えた、42日目。人々は半ばあきらめたように、各々が空を見上げていた。だがいつまでたっても宇宙船の輝きは見えてこず、その日は何事もなく終わりを告げた。多少のずれがあるのかとその後一週間は警戒状態が続いたが、それでも何も起こらず、人々は、絶滅の危機を免れたと互いに喜びを分かち合った。恐らく何らかの理由で、彼らは地球侵略をあきらめたのだろう。その後人々の落ち込みも解消され、太陽系もとい地球には平穏な日々が取り戻された。
一般市民はそれで良かったが、研究員たちにとってはそれではいけない。本当に危機は去ったのか、それを確認できるまで油断はできない。地球から太陽系全域に向けて、有人無人合わせて一万機の探査艇が送られた。
太陽系の80パーセントが探索されたが、何にも見つからないので、研究員たちは本当に危機は去ったのではないかと思い始めた。そんな時、とある無人探査艇が、隕石除去装置が電波を受け取ってから6日後に除去していた小惑星群の残骸を持ち帰ってきた。それを一目見た研究員は仰天した。なにせそこには、黒焦げになった宇宙人が入っていたからである。
奇跡的に損傷を免れていた通信装置によって、この宇宙人は電波をよこした張本人であると判明した。しかし、研究員たちはどうしてもわからないことがあった。なぜ宇宙人たちは、隕石除去装置のような攻撃とも言えない攻撃にやられてしまったのだろうか。また全部で10000000隻あると言っていたのに、なぜ128隻しか撃墜されなかったのに、その後攻撃が無くなったのだろう。
研究者たちは様々な説を考えたが、結局のところ、ある一人の学者が立証した説が正しいのだという結論に至ることとなった。
黒焦げになった彼らの死体の手と思わしき場所には、指が計二本しかなかった。
彼らは、二進数を使っていたのである。
貴艦応答願う 春夏あき @Motoshiha
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます