レプリカ☆ガール

花守美咲

第1話

 みんなは『K(ケイ)』って知ってるよな?


 ……そう、あの見た目は人間そっくりなのに、火とか風とかを超能力で操って、この星を自然災害から守ってくれる凄いヤツらのこと!


 代表のセージとか有名だよね。長いピンクの髪が目立つ、スッゲェ可愛い女の子さ。


 で、こっからはそのセージさんの都市伝説。


 セージも昔は普通の人間で、恋人を若くして事故で死なせちゃったんだ。

 どうしても恋人を生き返らせたいセージは、神様に「あの人を生き返らせてくれるなら、どんなことでもします」って頼んだんだって。


 ──普通、そんな願い叶うわけないと思うだろ? そんなんで人が生き返るはずがないんだけど……神様は、純粋で優しいセージを気に入っちゃった。

 だからセージが自分の仲間になることを条件に恋人を復活させたんだけど……上手くいかなかったみたい。

 生まれたのは愛した人の出来損ないみたいな、ちょっと違う人間。似てるだけで本人じゃないから、偽の恋人はセージを捨てて逃げたんだってさ。


 セージは悲しみに暮れながら、神様との約束を守って今も地球を守ってるらしい。




「……だから、セージの正体は神様なんだよ! どう、凄いと思わない⁉︎」


 カッターシャツにネクタイ姿の若い男は、興奮気味にそう話す。

 ここはとあるオフィスビルの三階にある男子休憩室で、窓のない六畳ほどの小さな角部屋。白いスチールのロッカーの前では、ついさっき仕事を終えた三人の新入社員たちが、荷物を取るついでに雑談を交わしているところである。


「……」


 黙って話を聞いていた残りの二人は、可哀想なものを見る目をして、


「……アホか。んなわけないだろ」

「赤峰(あかみね)お前、ネットの都市伝説で盛り上がんのは十代で卒業しとけよ」


 噂の発端、赤峰をボロクソに馬鹿にした。


「ネットじゃねーよ! 姉貴に聞いたんだから」

「じゃ、お姉さんがネットで知ったんだろ?」

「ちょっと待ってな、調べてやっから」


 根拠のない作り話だと一蹴して、一人がスマホに目を落とした。


「──……二千三十五年、十二月二日のニュースをお届けします」


 マイクから無機質な女性の声が流れ出す。


「《K》本部への襲撃を図った容疑で指名手配中の黒城緋路(くろぎ ヒロ)容疑者の行方が、現在も分かっていません。黒城容疑者は半年前、幻覚作用のある薬品を撒いて、八十三人の男を洗脳したとされ……」

「何見てんの?」

「や、なんか、ニュース記事」

「あーそれ知ってる。今日で半年なんだっけ?」

「酷え話よなぁ。《K》に逆らったら問答無用で死刑確定、黒城ってのに洗脳されてアジトに向かった八十三人は、全員殺されちまったってことだ」

「そーそー。赤峰の言うようにセージが神様なら、そんな事件の首謀者を半年も逃亡させてなるもんか」


 小馬鹿にされた赤峰が「なんだよー」と怒りかけた、そのときである。


 …………ドォオン! バリ! バキバキバキバキッ!


 爆発したような物凄い衝突音と共にコンクリート製の壁が抉れ、部屋の角が崩れ落ちる。三人は最初地震が起きたかと思って頭を守ったが、目の前を一瞬で通り過ぎて落ちて行った赤いスポーツカーを見て、ああアレがぶつかったんだな。と悟った。

 ……一体どれだけのスピードを出したら、ビルの三階に衝突出来るんだろう?

 おかしい。しかし、考えるのは後にして今はとにかくこの場から離れなければ。ポッカリと穴が空いた部屋にはビュウビュウと風が強く吹き抜けており、備品のゴミ箱が転がって真っ逆さまに落ちてゆく。この高さから落ちたら一貫の終わりだ。まず助からない。

 我に返った青年一同は、足元に気をつけながら、そろりそろりと通路に繋がる扉に向かった……。

 ……ドサッ!

 天井から、何かフリフリしたピンクのモノが落ちてきた。

 人である。それも女の子。

 波打つ薄桃色の長い髪。ウエストのくびれた桃色のドレス。陶磁器のような白い肌に長い手足の美少女が、床の上に蹲っていた。

 ……三人は、この美少女を知っている。

 そこまで詳しくもないし、直接見るのは初めてだが、パッと見で名前が分かる程度には存じている。

 ピンク色の美少女は顔から流れる赤い血と、付着した汚れを白い指で払いながら起き上がり、忌々しげに叫んだ。


「待てやぁド畜生ッ! 逃げんじゃねぇ‼︎」


 ……とても美少女らしからぬ、しかし気持ちのこもった力強いシャウトだった。

 同時に、彼女の髪からピピピと機械的な音が鳴る。薄桃色の髪の中に手を突っ込んで、金色のタイマーを取り出して止めながら、徐に三人の方を向いた。

 彼女は恥ずかしそうに頬を染め、夢のように美しい顔に可愛さをプラスした微笑みを浮かべ、ペコリと頭を下げる。


「ごめんねー、あとで直すからっ!」


 瞬間、時間が止まったように、錯覚。

 一瞬で若者どものハートを奪った華麗なる恋泥棒は、夕日に輝く髪をなびかせ、高いヒールをカツンと鳴らして外にジャンプ。何十メートルもの高さを物ともせずに落下していった……。


「「「……かっわいいー」」」


 蕩けた顔の三人が声を揃えて言う。


「お、俺……本物のセージさん初めて見た! 目ぇ大っき! 髪フッワフワ! 顔ちっちゃかったなぁ!」

「いっ、いい匂いしたよな⁉︎ フワッと、桜餅みたいな! ヤバイやばい、リアルセージ超可愛い!」

「あとでまた直しに来るって言ってたことない⁉︎ お菓子お菓子、何かセージさんが気に入りそうな素敵なお菓子買ってお渡ししなきゃ!」

「いや俺が残る! 残って俺が渡す!」

「俺も残る!」


 部屋に風穴が空いたことも忘れた三人組は、俺も俺もと言い張りながら近所の洋菓子店へと走った。誰も仕事が終わったから早く帰ろうとは言わなかった。

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