美術館

緋雪

第1話 三人

「おい。着くぞ。」

肩をトントンと叩かれ気付く。

「な…何?」

目の前に、桂木かつらぎたすくが吊り革を持って立っていた。

「乗り過ごして、終点で車庫に入れられても気付かないくらい爆睡してたな。」

笑いもせずに、佑は言う。

「ちょっと…」

近くに座っていた女子高生たちがクスクス笑っていた。


 同じ駅で降り、同じ道を歩く。一緒に帰っているわけではない。同じ方向だからだ。っていうか、ほぼ最後の方まで同じ道。佑は、めちゃめちゃ近所に住んでいる、幼馴染みだ。

 もっとも、佑は、皆と一緒に外遊びをするタイプではなく、本を読んだり、絵を描いたりしている大人しい子だったので、あまり親しい友達がいたことはなかったけれど。


 「智紀とものりは元気か?」

少しだけ前を歩く祐が聞いてくる。

「うん。多分。」

「多分?」

「最近忙しくて会ってない。」

「遠いもんな。」

智紀、相沢智紀あいざわとものりは、私たちの高校時代の同級生。私の彼氏だ。大学で三人バラバラになって、智紀は隣の県の大学に、佑は私と同じ市のもっともっとレベルの高い大学に行っている。

 通っている大学が、たまたま近くにあるので、佑と私は、時々同じ電車に乗っている。


「じゃあね。」

自分の家に着いて、もうちょっとだけ先まで帰る佑に声をかけた。

あきら。」

佑に呼び止められて、ドキッとする。

「お前、印象派展、行く?」

「え?」

「券貰ったの。2枚。行くなら1枚やるよ。」

「え?いいの?」

「俺だけ行くのに2枚も要らないだろ?」

「要る。」

「ほら。」 

「ありがと。佑はいつ行くの?」

「さあ?土曜日の午後から…かな。わかんないけどな。」

「そか。」

「じゃあな。」


…これって、もしかして、誘ってくれてる?…違うよなぁ。…っていうか、何で佑に期待しちゃうんだよ、私ってば。智紀っていう、れっきとした彼氏がいるっていうのに。ホントに。全く。



 私達3人は、高校2年の時の文化祭を機に仲良くなった。智紀はクラスの人気者で、リーダー的な存在で、文化祭のクラス展示の指揮を取っていた。私は、そんな智紀に憧れて、毎日せっせとクラス展示の準備に参加していた。


 最初のうち、参加者は数えるほどしかいなかった。智紀は、毎日来ていた。リーダーだから当たり前といえば当たり前なんだけど。智紀が毎日来ていることを知っている私も、勿論毎日来ている。参加者が少ないことで、クラス展示が間に合わなくなることの不安からだった。というのは表向き。休みの間中、毎日、智紀の顔を見ていられるのだ。すぐ近くで。時々笑って話しながら。

 佑もまた、毎日来ていた。時々、他の子に問われたことに答えるだけで、自分からは何も言わない。ただただ黙々と作業をしていた。


「桂木、わりい、このパネルに海って描ける?お前、絵、上手いじゃん。」

智紀が佑に大きなパネルを渡した。

「いいけど…でかいな。」

佑は、ボソッと呟くように言うと、

「晶。」

と、私の名前を呼んだ。うわあ。クラスの中で下の名前で呼ぶなよ、お前。と思いながら、

「何?」

返事をする。

「手伝え。」

おい。皆に勘違いされるだろ。そう思いながら、佑のところへ行った。

「どこをどうするって?」

「これをこうすればいいと思うんだけど、晶、こっちできるか?」

「できるけど、それなら、佑が、こっちからこう塗ればよくない?」

「そうだな、そうしよう。」


 二人のやり取りを聞いていた智紀が一言、

「お前ら、つきあってんの?」

と、聞いてきた。

「ただの幼馴染みだよ。ご近所様。」

私はすぐ否定したが、佑は何も言わなかった。ただただ、パネルを持ってブツブツ言いながら、

「どっかに鉛筆ある?」

と、智紀に聞いていた。

「桂木ってホント、マイペースな奴な。」

と、智紀は笑った。

 

 智紀はカッコよかった。美型?というのとは、またちょっと違う気がするけど、イケメンなのは間違いなく、皆から信頼されて、明るくて、話し上手で、女子だけでなく男子からも人気があった。

 一方、佑は整った顔立ちはしているし、身長は高いし、頭もいいし、絵も上手い。こっちもモテてもおかしくなさそうなのだが、クール過ぎるというか、そんなことには興味もないというような感じで、皆、話しかけづらそうだった。

 

 文化祭の準備をする中で、私達三人は仲良くなった。智紀が依頼してくる仕事を淡々とこなす佑。時々、佑にも智紀にもいろんなことを頼まれ、動き回る私。自分のやってる箇所だけではなく、全体の指揮を取る智紀。

 なんとなく三人傍にいた。佑は無愛想だが、人が嫌いなわけではない。智紀のことは気に入っているようで、自分から話しかけに行ったり、びっくりすることに、笑ったりもしていた。賑やかな笑いではなかったにしても、佑が誰かと笑いながら話をしている姿は、幼馴染みの私でもあまり見たことがなかった。


 文化祭前夜になって、やっと出来上がった作品は、感動的だった。

「できたね。」

私はいつの間にか、智紀と手を繋いで感動していた。泣きそうになった。

「晶、泣くのは文化祭終わってからにしなよ。」

智紀は笑いながら、繋いだ手を少し強く握った。

 反対側には佑がいた。佑は手を繋いだりするのが苦手なのを知っていた。だから、ちょこんと、服の袖を引っ張った。私のその仕草に、佑は、小さくクスッと笑った。

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