独りがいい金曜日

義仁雄二

第1話

 仕事終わりの金曜日、この日だけは飲みの誘いを断る。

 家に入り、窮屈な服と愛想のよい外面を脱ぎ捨てる。

 セクハラ止めろ、クソ上司!バーコード頭が!そこまで行ったならスキンヘッドにしろよ!

 苛立ちから座卓の上にビールと買ってきた焼き鳥を乱暴に置く。

 ラグカーペットに勢いよく腰を下ろし、下着姿のまま胡坐をかく。

 テレビは付けない。音は邪魔だ。頂く命に失礼だ。 

 袋から焼き鳥達を取り出し、机いっぱいに広げる。

 皮の塩とタレ、もも、つくね、手羽先、レバー。それぞれが二本ずつ。

 これが私のスタメン。オールスター。

 野菜?

 はっ!このラインナップに緑色は無粋だ。

 そもそも私は焼肉に行った時に野菜は頼まない派だ。

 缶ビールのプルトップを開ける。

 まずは塩皮。

 右手にビール、左に手に焼き鳥。

 幸せを感じる。日頃のストレスが浄化されていく気がする。

 このときの為に仕事しているようなものだ。

 堪らずかぶり付く。

 歯を押し返してくる弾力。それに負けないように噛む、噛む、噛む。

 口の中に鳥の旨味と塩が広がる。

 そこにビール。

 口の中を洗い流すようにビールを飲む。

 そしてレバーを半分食べる。

 同物同治。身体の不調な部分を直すには、その悪い部位と同じ部位を食べればいいという考え方が中国の薬膳にはある。

 それに倣い、お酒は肝臓を悪くするから肝臓を食べる。

 健康面への配慮は忘れない。

 内臓独特の充填された触感と独特の香り。

 あえて際物を食べ、鳥をおいしくいただく作戦だ。

 次はもも。

 筋肉の繊維を歯で解く感覚がたまらない。串の先にある一つ二つはあえて齧るように細々と食べる。串の根元の方の肉は一つ丸ごと口の中へ。染み出る肉汁を楽しむ。

 口の中に何もなくなったらビール。

 そしてレバー。

 次はつくね。

 ただのつくねではない。シソと梅が練り込まれているものだ。

 何故わざわざ潰して成形しなおすのかと疑問を抱いていた小さい頃の自分を本当に馬鹿だったと自嘲する。

 外側はしっかり焼けていて風船のようにプリッとしたつくね。梅の酸味がさわやかに、シソの香りが鼻を抜ける。

 ここでのビールはあえて口に含むようにして飲む。

 そしてレバー。

 次はタレ皮。

 頬をタレまみれになるのもお構いなく、横からかぶり付く。串を轢いてタレ皮を舌の上に落とす。塩とは違うねっとりとした舌触りを楽しみながら潰し広げるように噛み、あふれる旨味とタレを合わせる。

 指に着いたタレを舐めとる。

 そこにビール。

 そして残りのレバーを食べると、ずっとビール缶を握りっぱなしにしていた右手を緩め、両手を空にする。

 そして待ちに待った手羽先。

 最後はやはり手羽先。

 串に刺さっている手羽先を一つ一つ丁寧に取り、飛び出た両端の骨を両の指先でつまむように持ったら、その手羽を口から迎えに行く。

 パリッとした皮を歯が通り、骨を甘噛み、骨に付いていた肉を食いちぎる。

 両手を油とタレで汚しながら下品に食べる。

 この肉むさぼっている感じがたまらない。

 手が油でテカテカと光っている。手放していた缶ビールが汚れるのも構わず力強く掴む。

 喉ぼとけを突き出すようにして、グラスをあおる。口に含まず、舌に付けず喉に直接、残していた琥珀の液体を流し込む。

 そして一言。

「うまい」

 ただそれだけで十分である。

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独りがいい金曜日 義仁雄二 @04jaw8

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