第133話 ヴァニラ様が呪いの器を解説するだけの時間

 リューカ視点



 ヴァニラアビスが見せてくれた過去の再演は、エリゼが大剣を抜いて異形を喰らったところで幕を閉じた。


 しばらくすると世界にノイズが走り始めて、気付いた頃には元の空間へ戻っていた。

 

 隣にはメイド、対面には幼女。

 かなり異色の二人があたしを囲んでいる。

 


「な、なんか、あれね……その、明るい頃のエリゼが見られて新鮮だったわね……」



 そんな下らないことを言っていい状況じゃないと分かっていても、あたしはそれを口にしてしまった。

 今ここでネガティブな発言をすれば落ち込んだ心が加速してしまいそうだったから。


 ちなみに、今あたしが口にした言葉は独り言として処理されたらしく、誰も反応してくれなかった。



「聞いておきたいんだけど、エリゼがあの怨念みたいなのを全部背負い込んだってことで合ってる?」


「そうだぞ。

 あれは怨念と呼んでも差異の無いモノだけど、ちゃんと説明すとしたら……。

 この部屋に保管してある子達が孕んでいた憎悪の総体、ってとこかな。

 エリゼお嬢ちゃんというよりは、シュガーテール自身が彼女に総体を背負い込ませたんぞ」


「それって、エリゼは大丈夫なの?」


「全然大丈夫じゃないはずだぞ」


「でしょうね……解放する術とかないの?」


「あんまり言いたくないけど、我が知ってるのは一つだけ。

 呪いから解放される手段は絶命以外に存在してないんだ」


「世界で一番無駄な情報感謝するわ」


「我もつくづくそう思う。何か助言ができると良かったんだけどな」



 ここに来て問題が増えてしまった。

 エリゼを探すだけのつもりが、あいつの抱える重みを知ってしまった。


 ずっと謎だった過去とか活躍を知れたのは良かったとは言えるかな。

 まぁ、勝手に暴いたわけなんだけど。



「なら、エリゼと契約した器のことを教えてよ。

 あいつが何を背負っていたのか、それを知っておきたい」



 この幼女から聞けるエリゼの情報はそれぐらいだろう。


 あたしの問いに対して、ヴァニラアビスは快諾してくれた。


 幼い腕をそっと振り上げると、床をすり抜けるようにして槍や大剣がぬるりと浮かび上がる。


 地下からやってきたそれらは、今まさに目にしていた呪いの器達。

 エリゼが手に取った強力な武器の数々だった。



「これは我が作り出した等身大レプリカ。

 ディティールに拘って作ったからずっと自慢したかったんだぞ!」



 ヴァニラアビスは腰に手を当ててドヤ顔を披露する。

 隅々まで見てどうぞと言わんばかりの意気込みだ。



「へぇ、凄いじゃない」



 素直に褒めてあげると、可愛らしくにへへと笑う。


 ……なんだか、あたしのアクセ作りを思い出してしまった。

 友達のいない者はものづくりに没頭する運命なのか。


 幼女はその小さな手で一本の槍を手に取る。

 細く長い蒼銀の槍を。



「まずは『十三の冥槍メープルアーク』。

 エリゼお嬢ちゃんに浮遊し付き従っていた十三本の槍。

 攻守共に強力な武器だな。

 だけど、一本召喚する毎に代償として体重を奪っていくんだ。

 十三本目を召喚した時点で完全に体重が失せて、そうなったらおしまい。

 星の自転に置いていかれて宇宙空間に放り出されてしまうんだぞ」



 星に置いていかれる、か。

 原理は理解できるけど、想像するのは難儀ね。


 それに、さっきの攻防を見た限りだと、死と隣り合わせにする程の力も無いような気もする。

 エリゼには悪いけど、ハズレ武器かも。


 ヴァニラアビスが次に手にした器は、純白の弓だった。



「『星射ちの寵愛ちょうあいラブベリー』。

 恋心や愛を矢として射ち出すことのできる女神の弓。

 契約の代償として触覚が奪われてしまうぞ。

 この器は本来一発の射撃が限界なんだけど、エリゼお嬢ちゃんはちょっと異常だから残弾が無制限だったみたいだね」


「その弓、例えばあたしみたいな普通の人間が使うとどうなるの?」


「え、リューカが普通……?

 んー、普通の人間が使うと一発で廃人だな。

 しかも、少し上質な矢を生成するのが限界だと思うからコスパ最悪の弓だぞ」


「恋する乙女専用武器ってことか」



 それは、エリゼの恋心が本物であることの証明だった。

 そこに他人が入る余地は無いみたい。


 隣でずっと俯いているメイドに目をやる。


 今の説明を受けて、あんたは喜ぶべきなのよ。

 いつまで落ち込んでいるつもりなのかしら。


 ヴァニラアビスは弓を手放すと、浮遊する指輪に小さな人差し指を突っ込んだ。



「『星空恐る妖精の指輪』。

 エリゼお嬢ちゃんの意に反して結ばれた器だね。

 祝福は、純潔の絶対守護。

 愛する者以外に体を許さないって加護だな。

 その代わり、視覚から色が奪われちゃうけど」


「祝福に対して代償が重すぎないかしら?」


「そう言えるのは、リューカが今を生きる人間だからだぞ。

 大昔はこんな局所的な守護魔術が無かったんだ。

 この子は色んな人を守り続けてこの墓場までやってきた頑張り屋さんなんだぞ」



 ヴァニラアビスはふわふわと浮遊するレプリカの中から、機械的なデザインの杖を抱き寄せる。


 それは、エリゼが魔術を放つ際に使用した代物。

 魔術オタクのあたしですら知らない術式を展開していたな。



「『因果調律パルフェランデヴー』。

 命令した通りの術式を展開してくれる優れ物の杖。

 術式展開中は肉体操作の主導権を奪われてしまうのがネックだな。

 代償は、展開した術式の威力に等しい不幸が大切な人へ降りかかるという厄介なもの」


「エリゼが撃ってたあの魔術だと、どれぐらいの不幸が降ってくるの?」


「多分、大切な人との関係に軋轢ができて再会が困難になるぐらいだと思う。

 あの頃のエリゼお嬢ちゃんだと、同じパーティの二人とかかな」


「そっか……」



 着々と辻褄が合ってきている。

 エリゼがシャイニーハニーを抜けたのも、その杖を使ったからなのかも。


 目の前の幼女は、指輪をはめた人差し指と親指で手のひらサイズの白い球体を摘み上げる。

 白くて丸い以外に特徴が無いというか、むしろそれだけが特徴的である飴玉のような器。


 エリゼが口に含んだことで契約に至った物だけど、レプリカとして作るのは心底簡単そうだな。



「『想玉の氷』。

 この子と契約すると、瞬時に氷を作り出せるようになって、それを意のままに操ることができるって感じだな。

 代償は、四分三十三秒後の死。

 ……シュガーテールを抜かなければ、エリゼお嬢ちゃんはあそこで死んでいたんだぞ」



 再演の終盤でその本領を発揮した、一際異彩を放つ氷の力。

 憎悪の総体すら凍らしてしまう程の威力を持っていたわけだけど、それは死という重い代償があったからか。


 そして、ヴァニラアビスはその小さい体に似つかわしくない大剣を構えた。


 あたしが実際に目にしたことがあるのは、その禍々しい大剣だけ。



「で、最後はその『御伽大剣シュガーテール』だな。

 再演の前に説明した通りだから、簡単におさらいするぞ。

 願いを叶える力を祝福として与え、代償として永遠の絶望を課す。

 さらに、他の器に宿った呪いを吸い上げて絶望へ変換する異能も有している。

 つまり、エリゼお嬢ちゃんは契約した器の代償を絶望に変換することで、『普通に見える少女』になったわけだな」


「ってことは、今のエリゼにはシュガーテール以外の代償が存在してないってこと?」


「そういうことだぞ。

 言い換えるなら、今のエリゼお嬢ちゃんは代償を支払わずに契約した器を行使できるってことだな」


「え……? あぁ、そっか……マジか……」



 エリゼと契約を交わした器は失われたわけじゃないんだから、それは考えるまでもないことだった。


 埒外の強さを誇る力を複数持っていることになるけど、別にあたしがエリゼと拳を交わすわけではないんだ。

 特に問題は無いわね。



「そう言えば、エリゼはシュガーテールの祝福を上手く利用したみたいなことを言ってたわね。

 それってあいつも何か願いを叶えてるってこと?」



 『御伽大剣シュガーテール』の祝福は、願いを叶える力を授けること。

 あたしもそれにあやかることで、魔術師としての道を進むことができたんだ。


 エリゼはその力を自分自身にも使っていると、目の前の幼女は口にしていた。



「そうだぞ。

 エリゼお嬢ちゃんの願い事が何かは分からないけど、代償である永遠の絶望を受けて生きていられる以上、何らかの祝福が作用しているはずなんだ」



 単純に考えるなら絶望に対する願いを叶えているはず。


 絶望を感じなくするだとか、負けないぐらいにポジティブにしてだとか。

 まぁ、後者は間違いなく外れてるわね。


 今のエリゼは根暗で目つきの悪い女。

 それに、あいつからは偽物の明るさしか感じられない。



「あ、そうだ。あれは?

 ほら、エリゼが最初に拾ってた髪留め。

 あの髪留めだけ情報が無いんだけど」



 少女らしい飾りが施してあった可愛い髪留め。

 エリゼはそれをこの部屋へ入る直前に拾い上げていた。


 一部始終を観戦したあたしだけど、その髪留めが持つ力を見出すことができていなかった。



「『亡き乙女の髪留め』のことだな。

 んー、あれには祝福も代償も力も無いんだ。

 ただのお洒落だぞ」


「えー……そんなものまであるのね……」



 幾千と集められた呪いの器の中に、そういう変哲の無いアクセサリーが紛れていてもおかしくはないか。


 さて、これで聞きたいことは聞けたかな。


 それにしても、あたしが知っているエリゼは壮絶なプロセスを経て出来上がった少女だったってことか。

 何も知らなかったんだな、エリゼのこと。


 それなのに、あたしは酷い言葉をぶつけたし、酷い仕打ちもしてきた。

 罰を受けて許してもらった気になっていたけど、あたしはまだあいつに伝えていないことがある。

 それを伝えるまで、あたしはあんたを探し続けるから。



「私……何も知らないでご主人様を責めてしまった……最低だ……」



 ミュエルは両腕を抱えるようにして後悔を呟いていた。


 酷く気を落としている様子。

 何も伝えなかったエリゼも同じぐらい最低だ、なんて言えるわけもなく、あたしはミュエルに掛ける言葉を模索する。


 ここに連れてくるのは失敗だったのか、お節介だったのか。

 でも、そんな風には思いたくなかった。


 エリゼの過去を知ることを、無駄だったとか間違いだったとか、そんな悪い風に思って欲しくない。



「まぁ、こっから挽回すればいいんじゃない。

 あんたはエリゼにとっての特別なんだからさ、立ち止まるのも程々にしときなさいよ」



 メイドはただ頷く。

 でも、あたしの言葉に納得はしていなさそうだ。


 ……。


 ここでできることは全て終わったわね。


 地上に出たらミュエルを屋敷に放り込んで街中を探し回るか。



「じゃ、あたしらそろそろ帰るわね」


「もう来なくていいぞ。

 エリゼお嬢ちゃんが吸い上げたとはいえ、ここにはまだ呪いの器がわんさかあるんだ。

 だから、危ないっていうかなんていうか……」



 本当に来て欲しくないのなら、もっと怒気のある顔をしなさいよ。

 別れを惜しむようにしていちゃ、あたしはまたやって来るわよ。



「また来るわ。じゃあね、ヴァニラ」


「い、い、今のってあだ名ってやつ!? 嬉しい……って、今の無し!

 こ、このロリコンリューカ! 我を口説くな!!」


「はぁ!? 別にあんた幼くないでしょうが!」



 いつできたかも分かっていないこの遺跡。

 その意識体であるあんたは、少なくともあたしよりは年上だろ。



「ふん。ま、まぁ、次来る時までにはこの部屋も片付けておいてやるぞ」


「ったく、今度はお菓子でも持ってきてあげるわ。あとエリゼも引っ張ってこようかしら」


「それはありがたいな。

 エリゼお嬢ちゃんにはまだ感謝を伝えられていないから」



 小さな体のヴァニラは、テトテトと歩いてミュエルの前までやってくる。

 そして、大きな体を持つメイドを見上げた。



「ミュエル、無口なメイドのミュエル。

 あなたがどうして落ち込んでいるのかを我は知らない。

 でも、我はミュエルが愛されていることを知っているぞ」


「今のご主人様は私を愛してくれているのだろうか……」


「知らねーよ、と言い放ちたいけど我慢しておこう。

 ミュエル、そういうあなたはどうなんだ?

 あ、答えは口に出さなくていいぞ。

 その言葉が欲しいのは我じゃないからな」



 それを聞いたミュエルは、何故か余計に落ち込んでしまった。


 最後にとんでもないお土産を贈ってくれたわね、この馬鹿幼女。

 でも実際、あたしも同じことを考えていたから大目に見てやろう。


 ミュエル、あんたは今年の夏にそこから抜け出す方法を目にしているはずよ。

 想いは言葉にしなくちゃ伝わらない。


 その教訓をちゃんと活かしなさいよね。



「じゃあ、あたしら帰るわ」


「うん、わかった。

 この部屋の入り口を城の出入り口に繋げておいたから、帰りは一瞬だぞ」



 この幼女、そんなことまでできるのか。

 遺跡の中という限られた範囲とは言え、空間を捻じ曲げてしまえるのは驚きね。


 それにしても。



「あたしらが降ってくる時に使って欲しかったわね。

 あの階段、割としんどかったんだけど」


「いやちょっと部屋の中がゴチャゴチャな感じだったから……すぐに案内できなかったっていうか……」


「やっぱ散らかしてる自覚あるじゃないの!」



 そうして、あたしはミュエルを連れて遺跡を後にした。


 もう遺跡ではないわね。

 ヴァニラアビスという名のお城。


 妹のような友達がいるその城を背に、人気の無い道を歩く。


 時刻は未だ昼過ぎ。

 青空の下、街まで続く長めの道のりを戻っていく。


 ねぇ、エリゼ。

 あんたは今どこで何をしているの。


 大切なメイドが傷心極まってるからさっさと帰ってきて欲しいな。


 あんたが人を頼らないのなら、あたしはお節介を焦がしきるまで焼いていくわよ。

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