第87話 少しだけ許してあげる

 エリゼ視点



 ララフィーエ・ポラリス大司祭、通称『ララにゃん』の女神生誕祭記念ライブは大盛況な結果で締められた。


 夕方から始まったその奇跡のような歌の時間を終えた頃。

 オレンジ色だった空は黒く染まり、星の輝きを斑点にしている。


 わたしやみゅんみゅんは、準備を手伝ったおかげで生誕祭の打ち上げに呼ばれていた。


 場所は、大聖堂の二階。


 大広間と大雑把な名付けをされたその広い部屋は今、生誕祭の打ち上げ宴会場として使われている。


 天井には煌びやかなシャンデリア。


 床は豪華な刺繍入りのカーペット。


 外を一望できる一面の窓ガラス。


 その向こう側にはちょっとしたバルコニー。


 まばらに置かれたクロス付きテーブル。


 その上乗せられているのは豪華な飲食物。


 ライブの余韻が抜けずに熱く語っている修道女達。


 わたしの隣で小皿を片手に盛り付けられた食事をとっているみゅんみゅん。



 今日のライブ、凄かったな。


 歪んだ音の暴力と、癒される歌声。


 わたしは初めてリューカちゃんの本気を目にした、耳にした、感じた。


 心が踊らされた気がする。



 ライブ終わりの会場を思い出す。


 初めてリューカちゃんを見た観客は様々な感想を抱いていたな。



『あのツーサイドアップの子誰!? カッコ良すぎなんだけど!!』


『あの子知ってる。魔導図書館の資料を読破した変態だよ』


『私は公園で杖の素振りをしている変人と聞きましたけど?』


『カフェで難解と名高い魔導書片手に、ドリンクを飲みながら意識を高める所見たことあるよ』


『顔もそこそこ素敵だし、演奏技術も卓越……多分彼女はララフィーエ様に並ぶアーティストになる』



 大人気になっていた。


 夢中を極めた人は、機会と舞台にさえ辿り着くことさえできれば周りの評価を変えてしまえるんだ。


 わたしが……してあげられなかったこと……。


 偽善に塗れたエゴを押し付けてしまった。


 テンペストというパーティに推薦したことで、最終的にはリューカちゃんに悲しい思いをさせてしまった。


 だからもし、一週間前の夜に話した言葉が今日のリューカちゃんに影響を与えられていたら嬉しいな。


 それが、わたしの罪滅ぼしだから……なんて。



「ごめん、遅れたわ」



 そう言ってわたしの背中から声を掛けてきたのは、本日の主役と言っても過言じゃないリューカちゃんだった。


 どうやら、ライブ終わりの出待ち客の対応をしていたらしい。



「先にご飯食べてるよー」


「あたしも頂こうかしら」


「すごく美味しいよ。この揚げ物とか美味びみすぎて美味びみ


「いや、ここのご飯修道女用に作られてるからあたしらには微妙でしょ」


「え? あ、そうかも。確かにちょっと薄味かな! 薄味すぎて薄味!」



 言われてみれば、用意されているの料理はヘルシーそうなものばかりだった。


 あれ、でもさっきお肉とかハンバーグとかステーキとか目にしたような。

 いや……お肉すぎでしょ。


 頭の上に疑問符を浮かべていると、みゅんみゅんが一つのテーブルを指した。



「リューカ、そっちに一般人用の料理が用意されている。

 私達はそれを頂いているんだ。ちなみにこれはビーフインハンバーグ」


「チーズじゃないのね……」



 そう言うと、リューカちゃんは小走りで一般人コーナーへ向かっていそいそと皿に料理を盛り始めた。


 そして、こっちへ戻る道中で歩き食いをしていた。


 行儀悪いな……。



「セレナは?」


「セレナちゃんは、残り物が出ないようにって色んなテーブルで爆食いしてるよ」


「何してんのよあいつ」



 リューカちゃんはもぐもぐとお肉を食べながら周りを見渡している。


 ライブの感想でも伝えようかな。


 凄く良かったって。


 でも、それじゃあ感想として拙い気がする。


 どんな風に言葉にするのがベストだろうか。



 言葉にする程度で、人の想いはちゃんと伝わるんだろうか。



 リューカちゃんの横顔を眺めながら考えに耽っていると、壁際に立っていた大きな女性がこちらへ近づいてきた。


 でかい人だ。


 みゅんみゅんぐらい背が高い。


 その外見からは、尋常じゃない程の真面目さが漂っている。


 多分、普通の修道女じゃない。


 大きなその人はリューカちゃんの隣へ着き、彼女へ語りかけた。



「本日の舞台大変素晴らしかったですよ、リューカ・ノインシェリア。

 魔術と音楽の融合を試みた者あれど、ここまで親和性を極めた術師は貴女だけです」


「ありがたく受け取っておくわ。

 舞台裏でも思ったけど、あんたララにゃん以外も褒めるのね」


「ララにゃんを極限まで煌めかせてくれるのなら、私は好きでいさせてもらいます」



 真面目、ではないのかも。


 名も知らないこの人も、きっとリューカちゃんと同じで好きなことに夢中になれるタイプだ。


 容姿で人は判断できない……か。


 その高身長女性はこちらの視線に気付いたらしく、体をわたしへと向け直してくれた。



「初めまして、シルゼリア・スターフィクシアです。名を伺っても?」



 シルゼリア……?


 どこかで聞いたことのある名前。


 確か……えっと、なんだっけ。



「エリゼ・グランデです。よろしくお願いします」


「ええ、よろしくお願いします。そちらの使用人は……ミュエル・ドットハグラですか?」


「ああ。久しぶりだな、シルゼリア」


「一年振りぐらいですか。今は使用人をしているのですね。

 ……騎士を務めていた時よりも、輝いて見える」



 みゅんみゅんの知り合いだったのか。


 わたしの知らない彼女の関係は、まだまだあるのかもしれない。


 聖騎士ミュエルを知っていても、ミュエル・ドットハグラをわたしは知れていないんだ。



「そうか、それは良かった。そういう貴方は常に輝いているな」


「ララフィーエ様の隣でいる時はもっと眩いですよ。

 では、私はこれで失礼します。

 またどこかで会いましょう。リューカ、ミュエル、エリゼ」



 簡単な挨拶を済ませて、シルゼリアさんはそのまま大広間を出た。


 わたしは、結局シルゼリアという名前に引っかかりながらも何かを思い出すことはなかった。


 そんな重要なことではなかったのかもしれない……いや、気になるな。


 思い出せ、思い出せ。


 ……あ、そうだ。


 わたしの屋敷だ。


 あの屋敷を別荘にしていた人の名前だった気がする。


 スッキリした、これで今日は安眠確だね。


 テーブルに置いていたコップを口に当て、オレンジジュースを口に含む。


 乾きかけていた喉は潤う。



「リューカちゃん、これからも楽器やってくの?」


「んー、どうだろ。

 楽器が必要な術式の為にも練習自体は続けるつもりだけど、ライブってなるとまだまだ時間が必要そうね。

 ララにゃんの隣で演奏できるのは今日限りでしょうし。

 うーん、どうしようかな」


「……また、やってみても良いんじゃないかな。

 お客さんの前で、かっこいい姿を見せても。

 ここで止めるのももったいないと思うし」


「そ、そうかな。ま、まぁそこまで言われたらやるしかないっていうかやるっていうか。

 あ、そうだ!

 ねぇエリゼ、今日のあたし……どうだった。あたしの演奏、どうだった?」


「……それは」



 言いかけた途端に周囲にいた修道女が押し寄せて来た。もはや雪崩だ。


 づかづかとリューカちゃんの周りに集まって来て、すぐに群れを形成させてしまった。


 多分、突然大きな声で話し始めたリューカちゃんに気付いてしまったんだと思う。



「あ、あの!! リューカさん、握手してください!!」


「え、ずるいずるい!! 私もお願いします!!」


「アタシはサイン欲しいです!! この修道服の端っこにお願いします!」


「……その、食べ終わったらスプーンください」


「貢がせてください!!」



 魔術師を取り囲む彼女達は各種取り揃えられた欲求を口にしていた。


 ちょっとヤバいファンもいるっぽい。


 あわあわと慌てふためいているリューカちゃんを背に、わたしとみゅんみゅんはその場を離れた。



「大盛況だね、リューカちゃん」


「そうだな。

 私は出会ってから数ヶ月しか経ってないけど、それでも彼女が変化していることは分かる」


「うん、凄く良い顔できるようになってた。

 それじゃあわたし達は外出てよっか。人が大勢いて疲れちゃったし」



 顔を合わせながら会話を済ませると、わたし達は賑やかなその部屋を後にした。





 ☆





 大聖堂のすぐ外にあるベンチで、わたしとみゅんみゅんは座っていた。


 星空が見える。


 今日は朝から晩までずっと天気が良かったな。


 わたし達も少しだけ手伝っていたこの生誕祭。


 成功して良かった。


 そんな風なことを含めて、ここ数週間の出来事を二人で一時間ほど喋った。


 あなたとならずっと喋っていられそうかも……。


 程よく話し合ったところで、できたばかりのファンへ対応を終えたリューカちゃんがやって来た。



「ったく、気持ちは嬉しいけどああいう子達の対応って疲れるわね」


「けど、リューカちゃんもララにゃんに対してはあんな反応するんじゃない」


「あたしは案外普通に喋れるのよ。

 けど、アイドルのファンやってるおかげでどう対処するのが正解かすぐに判断できたわ」


「……スプーンあげたの?」


「……あげたわ」


「……やばいね」



 リューカちゃんは苦笑いをしながら頭を抱えていた。


 多分、とんでもない勢いで迫られたんだろうな。


 涼しげな夜風が吹く。


 道端に植えられた木々は枝を揺らして、葉っぱが音を立てている。


 魔術師は片手で髪の毛を弄りながら言葉にした。



「あの、エリゼ……今日のあたしどうだったかな」



 さっきの続きだった。


 リューカちゃんの演奏を目にして、わたしは何を感じたのか。


 答えられなかったその問いへ、わたしは誓いを返そう。



「……少しだけ、許してあげる」



 眩しいほどの月明かりがリューカちゃんを照らしている。


 彼女は、上目遣いでこちらを見ている。


 赤らめた頬はまるでチークを塗りすぎた子供のよう。



「そっか……そっか!」



 あなたは、人々の心を動かした。


 ララフィーエを見に来ていたであろう観客を、見事虜にしていた。


 アウェーだったはずなのに、素晴らしい演奏を奏でてくれた。


 だから、わたしもそれに応えよう。


 約束の贖罪。



「かっこよかったよ、リューカちゃん」


「ふふん、当然よ。あたしが全力で考えて作り上げた演出をかましたんですから」



 彼女はこれでもかとドヤ顔を見せてくれた。


 笑顔を見せてくれた。



「ね、明日はみんなで屋台巡りとかしちゃおうよ。

 生誕祭ライブは終わったけど、大通りはまだまだお祭り継続中みたいだし」



 わたしがそう提案すると、背中の方から誰かが駆けて来た。


 どたどたとブーツの音を鳴らしながら寄って来た誰かが口にする。



「是非!! 困りごとを助けながらになりますけど!!」



 お腹を膨らませたセレナちゃんだった。


 まるで、身籠もっているか錯覚してしまうほどに食べ物を詰め込んでいる。



「セレナ……なに、そのお腹」


「善行の証です」



 後で聞いた話だけど、今日の打ち上げに用意された料理は残飯が出なかったらしい。



「ご主人様、私はりんご飴を食べてみたい」


「いいね。わたがしもカステラもどこでも連れて行ってあげるよ!」


「あたしはお面被ってみたい……かな」


「射的というものもあるらしいですよ!」


「……もしかして、わたしが奢る流れになってる?」



 明日も思い出が多い日になりそう。


 ずっとこんな日が続けばいいのに。


 これまでも、こんな日々を過ごすことができていればな。


 みんなはわたしに笑顔をくれる。


 みゅんみゅんも、リューカちゃんも、セレナちゃんも。


 わたしに親しくしてくれる。




 ……。




 けど、わたしは……。



 わたしは、そんな笑顔を向けられるような人間じゃない。





『第三章 愛欲に溺れて嫉妬に首を垂れるその女』 終わり

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