第67話 わたしのメイドが無自覚モテナイトすぎて辛い

 エリゼ視点



 大通りの店舗を巡回した翌日、わたしとみゅんみゅんは大聖堂内の設営を手伝っていた。


 具体的に言うと、女神ニーアの像の前に煌びやかな舞台を組み立てている。


 どうやら女神の生誕祭当日に、ここで大司祭ララフィーエが大規模なライブを披露するらしい。


 大司祭のライブ、病棟で療養していたときに一度だけ見たことがあるな。


 あの時はリューカちゃんと一緒に観劇したんだよね。

 ライブの情景を鮮明に思い出すことができるよ。


 ステンドグラスみたいにカラフルな照明に照らされる歌姫。

 そして、夢中でその女性を見つめている魔術師の横顔。


 楽しかった気がするな。


 で、その当の魔術師ちゃんがこの場にいないわけだが、わたし達を誘った彼女は一体今どこで何をしているんでしょうか。


 このエリゼちゃんが得意とするサボりでは無いと思うけど……。


 わたしと一緒に舞台の骨組みを組み立てているセレナちゃんに問う。



「ねぇセレナちゃん、リューカちゃんが見当たらないんだけど」


「あー、リューカさんは楽器隊の練習ですね。

 生誕祭の日、この舞台で行われるララフィーエ様のコンサートで演奏するんですよ」


「楽器!? リューカちゃん楽器弾けるんだ」


「そうみたいですよ。私の見立てではかなり上手な部類に入ると思います」


「全然知らなかったよ……」



 パーティに所属していた時は結構な時間同じ場所で生活してたはずなのに、リューカちゃんが楽器を嗜んでいるなんて全く気付かなかった。


 となると、わたし達が今準備しているこの舞台の上でリューカちゃんが楽器を弾くということか。


 そう思うと俄然やる気が湧いてくる。

 きっと良いライブになるから、わたしも頑張らないとな。


 作業を続けながら後方にいるみゅんみゅんに視線を移す。


 みゅんみゅんは下手に手伝われると舞台を破壊しかねないので、材料や道具が詰められた箱や鉄パイプなどを持ってもらっている。


 そのおかげか、周囲の修道女達にも頻繁に話しかけられている様子。



「ミュエル様、ビスを八本頂戴できませんか?」


「分かった」


「ミュエル様〜、鉄パイプ全部貰っていきますね〜」


「ああ、少し重いから気をつけて」


「ミュエル様! 給仕服が乱れていますので直させてもらっても?」


「頼む、ふふ、悪いな恥ずかしいところを見せてしまって」



 こうなることは織り込み済みだったんだけど、改めて目にすると嫉妬で胸が煮え繰り返りそうになる。


 だけど、この交流はみゅんみゅんにとっていい刺激になるはず。

 ここの人たちはみんな優しいから、その暖かさに触れて精神が安らいでくれるといいな。



「あ、はひ、あっあの、みゅ、ミュエル様ぁ、そ、そのぉ、おててに持たれている心底羨ましいドライバーを、お貸しして欲しいのですがぁ」



 次にみゅんみゅんに話しかけた修道女は、これまた変わり者の女性だった。


 指輪にピアス、ロザリオにネックレスとアクセサリーをふんだんに装着しているらしくない修道女。


 その個性全開の女性に対して、わたしの特殊な人種を炙り出すセンサーがビンビンに反応している。

 これはまずい。



「これだな。貴殿、無理はするなよ」


「あ……嗚呼、女神ニーア様。

 私は最もたる幸福を受けてしまいました。

 死の先に天なる国あれど、そこに私が求める絶頂は非らず。

 幸福それすなわち、ミュエル様のお言葉……はわぁ」



 そう言うと、個性溢れる修道女は満面の笑みを浮かべながら後ろに倒れていった。



「えええええええ!?」



 その光景を見ていた全ての女の口から驚きの声が飛び出ていた。


 そして次の瞬間、みゅんみゅんは誰よりも早く行動を起こす。

 持っていた道具箱を即座に地面へ置き、目にも止まらぬ速さで気絶寸前の修道女を抱きかかえた。


 周囲からは感嘆の声と拍手が上がる。


 だけど、みゅんみゅん。

 その選択はかなりまずい。


 だって、その子。

 どう考えてもわたしと同類だから。


 聖騎士ミュエルの追っかけをしていたであろう修道女だから……。



「無事か……全く、私の目の前で死ねると思うなよ」



 みゅんみゅんから修道女へと、無事を祈る言葉が贈られる。


 周囲の乙女修道女達は、近くにいた者同士で手を取り飛び跳ねたり、あら〜と声を漏らしていたり、歓喜の叫びを出していたりとお祭り騒ぎだ。


 あぁ、駄目だ、死んじゃうよその子……。



「あはっ……はへぇ」



 抱えられたアクセサリー修道女は一瞬だけ表情を輝かせる。

 その刹那、白目を剥き出しにして舌をだらしなく垂らし、開いた口から涎を溢すと完全に気絶してしまった。



「きゅ、救護班!! 緊急患者です!!

 急性聖騎士成分過剰摂取中毒者が出ました!!

 急いで医務室へ連れていってあげてくださーーい!!」



 隣で作業をしていたセレナがそう叫ぶと、少しだけ制服のデザインが異なる修道女数人がどこからともなくやってきて、アクセサリー修道女を担架に積んで運んでいった。


 急性聖騎士成分過剰摂取中毒、恐ろしい病気だ。


 ただ、それで最期を迎えた人間は未だにいない。

 もう一度聖騎士ミュエルの顔を拝もうと再起し、その胸に太陽よりも熱い何かが灯るから。


 困り果てた顔をしたみゅんみゅんがわたしの方を見ている。



「ミュエルさん、今のは騎士顔をかましたあなたが悪いよ……」


「あの修道女には酷いことをしてしまったな……」


「それは違うと思うよ。

 あの人にとっては、何事にも変えられない最高の思い出になったはずだから」


「そうなのか……?」


「うん」


「そっか」



 みゅんみゅんはどこか申し訳なさそうにしながらも、少しだけ笑みを浮かべていた。

 なんとなく、猜疑に支配されていた彼女の心は少しずつ晴れている気がした。


 あなたは知らないと思うけど、実はいろんな場所でいろんな人が聖騎士を見て幸せを得ていたんだよ。





 ☆





 本日分の舞台設営を終えた夕暮れ。

 黄昏に濡れる大聖堂の中をわたし一人で廻っていた。


 ある少女を探すために。


 作業を終えた修道女が休憩している礼拝の間を除いて、この建物の中からはすっかり人気が消えている。


 この時間帯に発生する独特な雰囲気。

 まだ少しだけ明るいはずなのに、一人になるのが心細い。


 特に屋内の薄暗い廊下なんて歩きたくも無い、なんて可愛らしい女の子は思っているんだろうな。


 生憎、喧嘩と力には自信があるわたしはズカズカと一人孤独に歩みを進めることができる。


 そして、大聖堂二階の最奥にあるバルコニーへ差し掛かった頃。


 音が聞こえてきた。

 とても心地の良い音。


 大聖堂の廊下に弦を弾く調べが響いている。


 薄暗い大聖堂の中を歩き、音の在処へと進む。

 この先に、あの子がいるはずだから。


 廊下の奥、光が差し込む窓へと近づくと、バルコニーで座り込んでいる少女を見つけた。


 ツインテールに結ばれた深紫のその髪は、わたしが探していた魔術師の証だろう。


 綺麗な弦楽器の音が鮮明に聞こえる。


 昇り始めた三日月を眺めながら、リューカちゃんは漆黒の弦楽器を弾いていた。


 昼と夜の境目で彼女は麗しい音色を煌めかせている。

 世界に存在する人々の耳にそれは届いていない。


 だけど、星や風、鳥や花々、そしてわたしがあなたの観客だ。



「なぁに、その楽器?」



 浸り気味な奏者へこっそり近づき、その華奢な背中へ声を掛ける。



「弦楽器よ。この子の名前はナイトメアハレーション。

 ちょっとじゃじゃ馬だけど、最強の楽器よ……って、あ、あんた何でここにいんのよ!?」


「ふふ、来ちゃった」


「何が『ふふ、来ちゃった』よ!

 そういうのは魔性の女が口にする言葉だから!

 てか、急に話しかけんなよぉ……驚くでしょ……」



 言い終えると、リューカちゃんは後頭部の髪を撫でながらため息を吐いた。


 先ほどまで綺麗な調べを奏でていた少女とは思えないほど切羽詰まった顔をしている。



「どうしたの? 元気なさそうだけど」


「そりゃ元気もなくなるわよ。

 ……あんた、ここにいるってことはセレナあたりから聞いてるわよね?

 あたしがライブに出ること」


「うん。セレナちゃんがこの時間帯ならどこかで自主練してるはずだって」


「あいつ、どんだけあたしのこと知り尽くしてんのよ……」



 照れ臭そうにするリューカちゃんの横に、わたしは座り込んだ。

 たっぷりと陽の光浴びていたであろう木製の床が暖かい。



「エリゼ、聞いてくれるかしら?」


「うん、なんでもどうぞ」


「あたしは魔術のためにこれを弾いていただけなの。

 だから、人と合わせたことなんて無かったし、そんなつもりも無かった」



 リューカちゃんは楽器に付けられてい六本の弦を上から下に鳴らすと、小さくわたしの方へ顔を向けた。



「けど、セレナが披露できる舞台を用意してくれた。

 しかも、ララにゃんと共演できる最高のステージ。

 だから完璧に仕上げないといけない。

 あたしがヘマをすれば、それはセレナやララにゃん、楽器隊のみんなや教会に迷惑が掛かっちゃうから」



 多分だけど、今リューカちゃんが挙げたその人達はそんなことを気にしていないよ。


 それに、セレナちゃんも完璧を求めているわけじゃ無い。

 きっとリューカちゃんの凄さをみんなに見てもらいたくて楽器隊に推薦したんだと思うよ。


 大体、君の演奏力はもうプロ並みに達しているんじゃないかな。



「リューカちゃん、楽器始めてから何年?」



 魔術用に始めたって言ってたから、相当長いはず。

 多分、失敗の心配なんて必要は無い。



「六年ぐらいかしら」



 ほらね。

 リューカちゃんにとってそれは、何かを習得してそれで食べていけるレベルに達するまでには十分すぎる時間だよ。


 人前で楽器を弾くという緊張さえモノにしてしまえば、ライブは成功へ傾くと思う。



「だったら心配いらないよ。

 きっとリューカちゃんの演奏力はこの国で一番だから!

 わたしが保証してあげる」


「エリゼの保証かぁ……心許ないわね」


「なんでぇ!?」


「あははっ、けどありがと。

 なんかいけそうな気してきたわ。

 そうね、あたしが六年も弾き続けたんだからきっともう完璧だわ!」



 そう言ってリューカちゃんは立ち上がり、前へ進む。

 バルコニーの柵にもたれかかると、わたしの方へと振り返った。


 同時にささやかな風が巻き起こり、魔術師の服やツインテールを揺らす。



「あーあ、なんか緊張解けちゃった。

 世界も広く感じるし、風も最高。

 ……エリゼ、わたしの演奏も聞いてよ」


「聞かせて、リューカ・ノインシェリアの音を」



 夜の始まりと共に、大聖堂には暴力的で繊細な調べが鳴り響いた。





 ☆





 世界で一番輝いている演奏を終えたリューカちゃんは再びわたしの隣で座っていた。



「ねぇエリゼ・グランデ。あんたは自分のメイドと一緒にいなくて良いのかしら?」


「ううん、全然良くないよ」


「うぇ!? 嘘でしょ!? 何してんのよ!」


「ミュエルさん今頃お風呂に入ってるはずだから、一緒にいられないんだ」



 前日の約束通り、今夜はセレナちゃんの部屋でお泊りをすることになっている。

 それで現在、わたしのメイドは寮に備え付けられている個室のお風呂で入浴中ということだ。


 近くにはセレナちゃんがいるから心配の必要もない。



「は? 別に一緒に入れば良くない?」


「えぇ〜、まだそういう段階では無いっていうか、なんていうか」



 それに、今のみゅんみゅんはそういうのが駄目なはずだ。

 一ヶ月前のあの日、あなたは傷ついてしまったから……。



「そう……」



 リューカちゃんは遠くの空を見つめながら小さく言った。


 ……。


 ていうかリューカちゃん、自分の楽器に名前付けるタイプなんだ。

 わたしも安売りの剣に名前つけてたから、ちょっと親近感湧くなぁ。



「ナイトメアハレーション……かっこいいね!」


「それは忘れなさい」



 魔術師で奏者な少女は、すっかり陽が沈んでしまった世界で顔を赤くしていた。

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