第50話 世界の中心に立っている顔の良い女

 アラン視点


 高級宿屋『クレシェンド』のテンペストが貸し切っている階層。

 その階層の内、団欒室として使われている部屋にて。



「アラン様、おかえり〜」


「ああ、ただいま、メイリー」



 扉を開けて僕を迎えてくれたのはテンペストの弓兵、メイリーだった。

 愛しのメイリー、普段ならその柔い肉体で抱擁を頼むところだが、今宵に限ってはそうもいかない。


 リューカ・ノインシェリア。

 世界で初めて僕を打ち上げた女。


 まさかあの窮地を脱して、報復の牙を刺しに都へ舞い戻ってくるとは。

 全く、些か、とんでも強い女、僕の苦手なタイプだ。


 もっと弱くて包容力のある少女なら愛でてあげたのにな。



「ねぇメイリー、さっきリューカと会ったよ」



 ソファでくつろいでいる彼女に報告をすると、その華奢な上体を飛び起こした。



「え!?うそ!生きてた!!リューカ生きてたの!?やった!あ〜よかったぁ〜」


「セレナも生きてるみたいだよ」


「そっかぁ!!うん、うん!二人とも無事でヨシ!

 ……これで、アラン様は人殺しにならずに済んだね」



 酷く冷徹な声でそう言った。

 僕を咎める意思を含んだその言葉。

 僕が愛するメイリーは真っ当な価値観を持っているのは、誇るべきか。


 あの日、遺跡から逃げ出した後、僕はメイリーとラスカに強く非難された。


 曲がりなりにも、彼女らはリューカを仲間として扱っていた。

 いくらリューカが嫌われていようと、見殺しにするという行為は許されざる所業だったんだ。


 これまで僕のことを全肯定していた彼女らが初めて怒りを露わにしたその姿は、容易に罪悪感という苦しみを植え付けた。



「アラン様、ちゃんと謝った?」


「……謝れてない」


「あえ!?珍しい!アラン様が正直に非を認めてるぅ!?

 いや普通に最悪だけども。

 うーん、謝って許されることじゃなくても謝るべきだよ〜?」


「はぁ、僕もそう思うよ。真っ当な人間なら許しを乞うだろうね。

 けど、僕が頭を下げてしまうとメイリーの価値が下がるんじゃないかと思ってそう簡単には謝罪できないんだよ」


「いつもならそういうリップサービスも嬉しいんだけどさ〜、今回はキツイかな。

 なんだか責任転嫁に聞こえちゃうかも。

 とにかく、次はちゃんと謝りなよ〜。うちも一緒に謝るからさ。

 ……これ以上失望させないでね、アラン様」


「善処するよ。

 けど、例え僕が大罪を犯したとしても君は側にいてくれるんだろ?」


「そりゃもちろん。恋人だからね

 ラスカも同じこと言うと思うよ」



 心底思う。

 君たちを愛して良かったと。

 生き方を間違えたとしても、僕を慕う彼女達からの信頼を失うことは無い。

 永遠の愛を誓う僕らはもはや運命共同体。

 結ばれた絆は決して解けることのないダイヤモンド。



「リューカは何か言ってた?」



 正直魔術を喰らわせられたことしか覚えていない。

 けど、去り際に放たれた言葉は覚えている。



「セレナは貰ってくって言い残して消えたよ。

 多分、彼女とリューカは行動を共にしてるんだと思う」


「へぇ〜、まあ、そりゃそうなるか。

 アラン様二人を放って逃げちゃったんだから。

 おかげでうちとラスカは救われたけど、救われなかった側の二人は普通にパーティ去っちゃうよね」



 気の迷いだったとは言え、あの場面でリューカを犠牲にして撤退する選択は間違いだったなと改めて思い知らされる。

 あわよくばを狙って用済みの女を始末しようとしたところ、残ったのは恋人達の反感とあいた治癒術師の席だった。


 エリゼを追い出したように、リューカもきちんとした順序を踏んで役職を退かせるべきだった。



「これからどうするの?

 アラン様の話通りなら、もう二人は帰ってこない感じだよね

 新しいメンバー集めないと、ギルドの依頼を受けられないよ〜」



 ギルドの依頼を受けることができないのは死活問題だな。

 幾らかは貯金もあるが、のうのうと平和に暮らすのは僕に向いていない。

 刺激あってこその人生。


 だから、テンペストはすぐに活動を再開するさ。

 僕はもう決めている。

 彼女をもう一度テンペストへ、次は死んでもこの手に繋ぎ止めてみせる。



「セレナを連れ戻そうと思う」


「え、それは良くないと思うよ〜アラン様。

 セレナはリューカについて行ったんだよね。

 それは多分、無理矢理じゃなくて合意の上でだと思うよ。

 治癒術師としてテンペストで居るよりも、聖女として人を守る方が良いんじゃないかな〜」



 至極真っ当な意見だ。

 聖女として人を助けることがセレナの生き甲斐であることは、僕も重々承知。



「そうだね、だから今度は束縛をしない。

 なんなら治癒術師も別に雇えば良い。

 ただ側に居てくれるだけで良い。

 これなら聖女としての活動も不自由なくできるだろう?」


「うーん、それなら不自由は無いと思う、かな。分かんないけど」


「僕は彼女に惚れたんだ。だから、手放すわけにはいかない」



 ずっとそうしてきた。

 メイリーもラスカも、その他の愛しい彼女達も。

 僕が愛した人間は誰一人として逃さない。


 ましてや、リューカにセレナを略奪されるなんて持っての他。

 必ずセレナの心を射止めてやる。



『好きな女(セレナ)残して尻尾巻きながら来た道引き返す間抜けになってんじゃねぇぞ!』



 先刻、リューカが吐き捨てるように告げたその言葉。

 全く同意。


 まさか君に改心させられる時が訪れるとは。

 嫌悪という感情も純愛程に影響を与えてくるということか。


 リューカ、僕は君のことが大嫌いだ。

 君がラスカやメイリーのような人間だったら、きっと好きになれたはずなのに。


 君を迎えに公共広場に赴いたあの日。

 君を目にした瞬間に理解したよ。


 君は、魅せる側の人間だと。

 僕やエリゼと同じ人種だと。


 僕の聖域が侵されるんじゃないか、その恐怖で怯えてしまうほどには君が嫌いだった。

 容姿が良いだけの僕より、明らかに強烈な煌めきを放っていた。


 君の勧誘に同意した手前、それを撤回することはできなかった。

 僕のプライドがそうさせてはくれなかった。


 ただ、幸いにも君が自分の持つ輝きに気付いていなかったのが救いか。


 パーティ加入後も、君の魅力をどう削ぐか、その試行錯誤に苦労したものだよ。

 とは言っても、僕に惚れていた様だから楽な部分もあったけどね。


 エリゼの嘘を吹き込むと綺麗にそれを信じてしまったのは、流石に驚いたよ。

 洗脳じみたそれを施した僕ですら、君がエリゼに向ける態度にはドン引きしてしまった。


 誤算だったのは、どれだけ雑に扱っても君が僕を盲信していたところだ。

 そのポジティブすぎる思考力には、度々疲労を溜めさせられたものだよ。


 もし、この感情が正式にエリゼに向けられていたら、きっと彼女は幸せになっていただろう。


 それだけは許せない。

 エリゼが僕の目の前で幸せになるのだけは絶対に許せない。

 絶対に。


 ……。


 結局、君を調教したのも無駄に終わってしまったな。


 地下に落ちたリューカ・ノインシェリアは、より一層の狂気と根性を以って地上に這い上がって来た。


 そして、しっかりと僕を打ち上げた。


 感謝するよ、リューカ。

 素敵な言葉をありがとう。


 今度はセレナを守り切る。

 君の手からもね。


 恋した女を振り向かせる。

 それが出来なくてはテンペストのアランが務まらない。


 必ずセレナを取り戻す。



「そっか、ま、アラン様がやりたいことをすればいいと思うよ。

 うちもラスカも邪魔はしないからさ」


「ありがとう。……とりあえず、新しい魔術師は探さないとね」



 治癒術師を探すのは、セレナが帰って来てからの態度次第かな。

 聖女としての活動を率先させるなら、その後に新しい仲間を募ろう。



「多分なんだけど、リューカ級の術師はいないと思うよ〜」



 メイリーは、口に手を当てて斜め上の空間を見つめながら不安そうに言う。



「良いんだよそれで。

 天下無双の魔術師はもう懲り懲り。

 今度はおっとりタイプの正統派な人がいいな」



 テンペストに僕以上の強者はいらない。

 守るべき女が居れば良い。


 今度は必ず守って見せる。

 誰一人として傷を受けさせない。

 誰一人として辛い思いをさせない。


 それが僕の、モテる女の義務だ。

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