第49話 だってあたしら、もうダチじゃん


 アランを正当防衛でぶっ飛ばしたあの路地から、カフェへ帰る途中。

 その道端で、エリゼとミュエルの二人が立っていた。


 カフェでお茶でもしながら待っててくれれば良かったのに。


 エリゼがあたしに向かって手を振っている。



「お疲れ様、リューカちゃん。さ、逃げよう!」



 開口一番でずらかる気満々なの、なんだか笑いそうになるわね。

 少しの間はまともに動けないはずだけど、アランがブチギレて追っかけて来たら厄介だし、ここはさっさと退散するのが吉ね。



「そうね、逃げましょうか」



 あたしのその言葉で、三人は一斉に駆け出した。

 夜風と共に街中を疾走する。

 目的地なんて決めていない。

 気の済むまで走れば良い。


 岩のように重かったお腹の中のモノを思いきり吐いたからか、体が雲の様に軽い。

 大地を踏み抜ける足が弾んでいる。


 こんなところ、あの聖女様に見られていたらとんでもないお説教を喰らっちゃうわね。



「あっははは!女殴って颯爽と逃げ出す、やっぱ夜遊びする不良はこうでなくちゃね!」


「あんたの不良観、結構野蛮ね……」



 勢いよく走っているせいで前髪が煽られ、額の露出度全開しているエリゼは、機嫌良く物騒なことを口にしていた。


 あと、女じゃなくてアランって言って欲しいわね。

 それじゃあまるで、あたしが女を殴る趣味持ちの犯罪女に聞こえるから。


 ていうか、あたし不良じゃないし。


 それから少し進んだところで、あたしは気づいてしまった。


 ……カフェの料金支払ってない。

 もしかしてこれ、食い逃げ?

 不良どころか罪課せられちゃうやつじゃ。



「エリゼ……ご飯のお金は……」


「お代は払っておいたよ」


「え、そんな、別にあたしが払ったのに」



 せめて自分の牛乳代ぐらいは返さないと。


 そう思っていると、あたしの少しだけ前を走っていたエリゼの走る速度が落ち始め、滑らかに徒歩へと移ろわせる。

 ミュエルもそれに合わせて足の回転を遅らせた。


 エリゼはあたしの隣に並ぶと笑顔で答える。



「いいよいいよ、友達なんだから。

 それにお洒落で料理も美味しいカフェ紹介してもらったし、そのお礼だよ。

 今度来た時は、あれ食べてみようかな。

 ほら、メニュー表の一番後ろにあったやつ。

 えーっと、ラズベリーシチューだったっけ?

 ふふっ美味しくなさそう」



 ……え、今なんて?



「……え、今なんて?」



 エリゼは今、何を口にしたんだ。

 とても最高にハッピーなフレーズが聞こえた気だする。

 是非もう一度聞いてみたい。

 なんとしてでももう一度聞かなければ。



「ん?ラズベリーシチュー?」


「違う違う違う、聞くだけで吐き気催す料理の名前じゃなくて、ほら、最初よ最初。

 友なに?友の後になんて言ったの!?」


「ダチ、だけど……。

 あ、そう言うことか。

 不良だからダチ公って言って欲しかった?

 しょうがないなぁ、ダチ公!!」


「ダチ公!?」



 いや、もうそれで良いか。

 友達もダチ公も同じだ。



「ねぇ、あたし達、友達なの?」


「あれ、まだ違う感じだった?

 ごめんね、わたしこういうのに疎くて。

 どこからが友達で、どこまでが他人なのか分かんないんだ」


「いえ……いいえ!あたし達もう友達よ!

 一緒にご飯も食べたし、夜道も並走したし、もうダチ公よ!」



 まさか、あたしが追い求めていた関係をこんなナチュラルに宣言してくれるとは、最高ね。


 そっか、そっか。

 これが友達なんだ。

 初めてできたな、友達。

 一生できないと思っていた存在。

 あたしの人生に関わってこないモノだと、すっかり諦めていた関係性。


 あたしとエリゼの関係は歪だけど、それでもエリゼは友達だよ思ってくれている。

 嬉しくて仕方がない。



「その、いつから?いつから友達だと思ってたの?」


「えっと、一緒に大司祭の布教ライブを見た時かな」


「割と最近ね……」



 いや、まあいいわ。

 関係が成立した時期なんて些細な問題よ。


 友達になれたそれだけで十分だ。


 エリゼの側を歩いているミュエルの方へなんとなく視線を移すと、「まだその程度か」とでも言わんばかりのドヤ顔をしていた。


 一旦無視しよう。



「あれ、ここって」



 エリゼは立ち止まると、目の前に広がっている公園を見つめていた。



「偶然ね。最近はあんまり来ることなかったから、少しだけノスタルジック感じちゃうわ」



 闇雲に街中を移動したあたし達は、かつてあたしが通っていた公共広場に来ていた。

 あたしが、ずっと鍛錬を積んでいた思い出の場所。



「懐かしいね。ほらあそこ、わたし今でも覚えてるよ。

 あの林に不法侵入してずっと杖を振ってたんだよね。

 この子何してるんだろ、って気になった頃にはもうすっかりリューカちゃんの虜になってたよ」


「その通りなんだけど、あんまり不法侵入とか言わないでよ」



 街灯が照らす広場は、人っ子ひとり存在していなくて不気味なんだけど、眺めているとどこか落ち着く。

 何年も通い続けていたこの場所は、すっかりあたしの拠り所になっていたのね。


 立ち話もあれだから、広場の中央に建てられた噴水の周りを囲むベンチへと流れるように移動した。

 エリゼを挟むようにしてあたし達は腰を下ろす。



「リューカちゃん、アランを打ち上げたわけだけど、気分は晴れた?」


「えぇ、すっきりしたわ。ま、これでアランがセレナを諦めてくれると良いんだけど」


「……そうだね。

 そういえば、リューカちゃんって今どこん住んでるの?」


「大聖堂の近くにある、修道女寮よ。

 セレナが部屋を貸して貰ったらしいから、そこに匿って貰ってるの」


「へぇ〜、ヒモじゃん」


「うるさいわね」



 ミュエルが脇に抱えていた紙袋をゴソゴソと探り始めた。

 深夜ということもあり、その効果音が激しく辺りに響いている。



「物理的にうるさいわね」



 ていうかその紙袋、あたしもちょっとだけ気になってたのよね。


 カフェに入る時は持っていなかったその紙袋。

 そして、アランを倒して路地から出て来たあたしを待っていた頃には手にしていたその紙袋。


 あたしの推理が正しければこのメイド、あのアンティークなカフェでテイクアウトしたな。


 ミュエルは紙袋からシンプルなハンバーガーを取り出した。

 レタスとハンバーグをバンズで挟み込んだ美味しいやつ。

 それをパクりと口に運んだ。



「メイ……ミュエル、さん」


「変に気をう買わなくていい。敬称も不要だ」


「そう。じゃあミュエル、何してるの」


「何って、ミンチにした肉を焼いてパンに挟んだ料理を食べているだけだが」



 食べ物を口に含んだまま喋っていて聞き取りづらい。

 もごもごと頬を膨らませているためか、端麗な顔があほっぽくなっている。


 こいつ、本当に元聖騎士か。



「リューカちゃんアドバイス、それハンバーガーって言うのよ。

 って、そうじゃなくて、あんた屋敷で夕飯食べて、さっきパンケーキ三枚平らげたばかりよね。

 なんでそれで物足りないのよ」


「何故って言われても、お腹が空いたから……」



 太らないのか、この女。


 改めてミュエルの体を見てみると、ボディラインが出ない給仕服を身に纏っていながらも、筋肉質なのが分かる。


 なるほどね、流石元聖騎士。

 カロリーのお化けとは無縁なのか。



「意外と大食いキャラなのね」


「そうだよ!ミュエルさんってばめちゃくちゃ働き者だし、背もでかいからよく食べるんだよね!

 食べてる姿が可愛くて眼福幸せ極まっちゃう。

 それに、最近はあんまり無いんだけど、わたしが料理をご馳走した時なんかもかっこいいぐらいの食べっぷりで」


「長い長い長い長い。

 惚気話はそこまでにしてくれるかしら。

 耳から全身が溶けていきそうだから」


「えへへ、ごめんごめん」



 笑いながら可愛く謝るエリゼ。


 その直後、とんでもない大きさの音で腹が鳴った。

 エリゼのお腹の方から。



「あんた……まじ?」



 エリゼの顔が見る見るうちに赤に染まっていく。

 それでもなお、えへへと笑顔を絶やさないのはせめてもの抵抗か。


 多分、わたし恥ずかしがってませんけど、お腹鳴っても平気ですよというのを誇示したいんだろうけど……。


 いやその我慢は、余計に恥ずかしいわよ。

 なんだか、嗜虐心がくすぶられる。



「ご主人様、口、開けて」


「え、くれるの?」


「ああ、もちろんだ」


「えへっじゃあ遠慮なく、あーん」



 ミュエルは、自分がかじった部分をエリゼの口に向けてハンバーガーを移動させた。

 わざとだな、この策士。


 エリゼは小さな口でかぶりつく。

 それを何度か繰り返した後、ミュエルはハンバーガーを掴む手をエリゼから離した。


 かじりかけのハンバーグとエリゼの唇の間がぬらりと光っている。

 不思議に思って見てみると、唾液が糸を引いていただけだった。


 汚っ、おえぇ、最悪。

 友達のこういうの見たく無さすぎる。



「あんたら、あたしの故郷みたいな公園でなんつう思い出上書きしてくれてんのよ」



 夜空に浮かぶ三日月が世界を見守る中、あたしはかつて通い続けていた公園で笑っている。

 あの頃とは違う。

 孤独を誇り人との関係を拒んでいたあたしは今、あたしを魔術師にしてくれた女と、その女に付き従う謎のメイドと一緒に笑っている。


 エリゼとあたしが進むはずだった暖かい時間を取り返せれば良いな、なんて。

 柄にもなく、あたしはそんなことを思っていた。

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