第44話 おしゃべりな占い師、多分詐欺師


 初めて顔を合わせたにも関わらず世界で一番嫌いになったあの女と別れた後、わたしとみゅんみゅんは都心部に来ていた。

 来ていたというか、屋敷に帰るには必ずここを通らないといけないんだけど。


 そして今、お夕飯用に使う素材を買い終えて絶賛散歩中。

 食物片手に街を闊歩するわたし達はもうあれじゃないか、ほら、所謂あれだよ。

 ふふっ、自分で言うのは恥ずかしいから誰か言ってくれないかな。



「がふっ!?」



 変な妄想を繰り広げて歩いていたせいで、壁にぶつかってしまった。

 とても屈強でありながら、どこか柔らかく、とても愛しい壁。

 良い匂いもする。


 メイドの背中だった。


 少しだけ先を歩いていたみゅんみゅんが、とある店の前で立ち止まっていた。

 それに気付かずわたしはぶつかってしまったらしい。


 それにしても、わたしが当たっても微動だにしない体幹は見習いたいな



「あ、ここ」



 みゅんみゅんは思い出したように呟く。

 何だろうと思って、わたしもその視線の先に目を向けた。


 そこにあったのはアンティークというかオンボロというか、とにかく個性的な構えをしたお店だった。



「占い小屋『ぱにがーれ』……占い?」



 看板にはそう書かれていた。

 みゅんみゅん、占いに興味あるのかな。


 服屋のショーケースに当たる部分の窓は、内側にあるカーテンが閉められていて中を覗くことはできない。

 暗い素材の木で作られた扉にはめられたのすりガラスへと近づいてみる。


 わたしの接近と同時に、向こう側から何者かの顔がベタんと張り付いた。



「おわああああああああぁっ!?」



 心臓が跳ね飛んだ。

 それどころか、体の中のものが全て口から出たと思う。


 ぼけーっと中を覗こうとしてたところに突如として現れたそれのせいで、無様にも尻餅つかされてしまった。

 いてて……てか待って、やばい、漏らしたかも。


 いやいや、そんなことより。

 恐る恐る顔を上げる。


 見下ろすみゅんみゅんと目があった。


 見られた。

 わたしがビビっているところを、ばっちり見られた。

 恥ずか死ぬ。



「大丈夫か?」



 心配そうに手を差し伸べる彼女に、しっかりと助けてもらい立ち上がる。

 どことは言わないけど、衣服を手で払うついでにさっと確認しておいた。

 うん、多分大丈夫そう、多分……。


 店の扉が開けられると、店内から人が出て来た。

 宝石のような瞳、白い肌、白髪に黒のインナーカラー、浮世離れした容姿を持つ女性だった。

 少女にも見えるし、おねえさんにも見える。

 なんだか、とてもクールっぽい人だ。

 わたしのそんな観察能力とは裏腹に、彼女は愛嬌たっぷりに笑顔を見せる。



「はいはーい!占い屋さん『ぱにがーれ』へようこそ!ささっ、奥へどうぞ!

 って、いつぞやのメイドさんじゃないか。

 ということは、そっちの女の子が主人かな?」



 前言撤回。

 全くクールでは無い。



「ああ、あの時は感謝してもしきれない。無事主人を救うことができた。

 ご主人様、あの日私が遺跡に辿り着けたのは、この占い師のおかげなんだ」



 そういえばそんな話を療養中に聞かされたな。

 占いでわたしの居場所を探り当てたって。



「えぇえぇ、私のおかげですとも」


「あの、はじめまして、エリゼ・グランデです。

 ありがとうございます、あなたのおかげで随分と助かりました」


「どういたしまして、エリゼさん。私はシトラス、腕の良い占い師さ」



 自分で凄腕って言っちゃうんだ。

 やばい人だな。


 わたしの隣に立っているメイドが、あっ、と声を漏らす。



「すまない。私、名乗っていなかったな」


「名乗らずとも存じ上げてるよ、ミュエル・ドットハグラでしょ」


「どうして私の名前を」


「私は占い師だからね、それぐらい知ってるさ」



 危うく吹きかけた。

 流石に占いで個人情報を探るなんて真似はできないだろう。

 みゅんみゅんも、なるほどみたいな顔をしないで。



「いやいやいやいや、ミュエルさん普通に有名人だから。

 この国に住んでいる大抵の人はミュエルさんのこと知ってるから」



 占い師を名乗るシトラスはえへへと笑う。

 普通に占い師ジョークだったっぽい。



「おかげさまで、あれから割と繁盛してましてね。

 私の占い、結構当たるって噂されてるんですよ、流石私!」


「ご主人様も占って貰うか?」


「ええ!それ名案だよミュエルさん!

 なんとこの『ぱにがーれ』、花占いから占星術まで占いの種類なら地域最大級!

 さらに占い対象も恋愛、金、病気、失せ物その他諸々、なんでも占いますの精神でやらせてもらってます!

 ささ、どうかなエリゼさん」



 うっ、ツッコミどころがありすぎる。

 そもそも唯一の占い屋だから地域最大級なのは当たり前だし、それ占い関係で使う言葉じゃないでしょ。

 多分恋愛とか金運の占いは割とオーソドックスだから、それを例に挙げて何でも占うってのもおかしい気がする。


 危うく乗せられそうになる程度に話が上手いな。



「わたしは遠慮しとくよ。人生のネタバレ喰らうなんてちょっと面白くなさそうだし。本当に辛い時だけ頼ることにするね」



 これからみゅんみゅんと過ごす日常を全て占われると困る。

 せっかくの楽しみを奪われたくはないからね。


 それに、今日のお夕飯の献立を勝手に占われたりすると発狂してしまうかも。

 せっかくみゅんみゅんがサプライズしてくれるのに、それを台無しにはしたくない。



「良い心がけですね、とてもとても素晴らしい思考の持ち主だ、エリゼさん。

 最近多いんだよね、未来を知りたがる輩が。

 私思うんですよ。

 未来を全て知ってしまった時、それは死と同義なんじゃ無いかって。

 エリゼさんも私と同じ考えの持ち主だったとは!嬉しいな!」


「いや、そこまでは考えてないよ」



 ベラベラ喋って一切止まらない口は、常に相手に賛同している。

 みゅんみゅんの促しに乗ったと思うと、わたしの否定にも乗ってくる。

 矛盾しているはずなのに、全く嫌な気持ちがしない。


 これは一種の才能だね。

 占い師と言うよりは、詐欺師の才能だけど。



「さて、じゃあ私はここでお暇しようかな。お二人のラブラブ空間にこれ以上お邪魔してるとバチが当たりそう。

 てか、罰が当たるって言いますけど、これってハズレな気がするんだよなぁ。

 あ、いっけね、またエンジン掛かるとこだった。

 じゃあさようならお二人とも。

 ……エリゼさん、これからも苦労することがあると思うけど、あまり無理せずにね」



 そう言うと、占い師シトラスは店の中へ戻っていった。

 最後の一言は割と意味深な物言いだった気がするけど、多分適当言っているだけだろう。

 そう思っておこう。



「めちゃくちゃおしゃべりな人だったね……」


「そうだな」



 店を後にして、わたし達は再び歩き出す。

 いろんなカフェがあるねだとか、このお店何屋なんだろうだとか、そんな他愛無い話をしながら道を進む。


 少し歩いたところで。みゅんみゅんが何か言いたげにしていることに気付いた。



「どしたの?」


「あの……いや……」



 言葉にするのを渋っている。

 そういえば、街に入ってからみゅんみゅんはやけにソワソワしていたな。



「何でも言って良いんだよ?」


「あの、ほら。言ってたじゃないか」



 そう言うと、みゅんみゅんは手をわたしに伸ばして来た。

 なんだろ。



「……手を繋いで家まで帰るんじゃないのか?」



 真っ赤な顔でそう口にしたうちのメイドは、世界で一番可愛い女だと断言できる。

 そしてわたしへ、一時間ほど前に大聖堂の前で言ったことぐらいはちゃんと覚えとけ。


 伸ばして来た手を優しく握る。



「はい!手、繋いで帰ろう!無限に繋いじゃおう!」



 もう行けるとこまで行きたいので、普通に繋いだ手の指を次々と絡ませていく。


 恋人繋ぎ。


 こんなことして良いのかな、なんて思いつつみゅんみゅんの顔を見てみる。



「……っ!?」



 彼女は頭から湯気が出るほど頬を染めていた。

 繋いでいる手は手汗でぐちょぐちょだ。

 それはわたしとみゅんみゅんの両方から出ている液体が融合したもの。

 そう考えると、何だかいけない気持ちになる。


 心を沸騰させながら、二人は家へと帰った。

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