第32話 決意するのも、後悔するのも、少しだけ遅かった

 リューカ視点。



 深淵の遺跡。

 あたしとセレナは、地下一階層から一階層へと通じる階段を登っていた。


 上の階から大きな物音が聞こえている。

 何度も何度も音の形を変えて。


 岩が落ちるような音、金属が破壊される音、大地が切り裂かれる音。

 いろんな音が聞こえて来た。


 きっとテンペストだ。

 アランや皆がセレナを救いに増援を連れて帰ってきたんだろう。


 無様に撤退したんだと思っていたけど、案外彼女達も捨てたもんじゃないのかもしれない。



「良かったわね、聖女様。テンペストが戻ってきてくれたわよ」


「……まるで、リューカさんはもうそこへは戻らないような言い方ですね」


「戻らないわよ。ここを出たらあたしはあいつを探しにいく。……その後のことは考えていないけど」



 無神経なあたしは、馬鹿女あたしが追い出した怠け者を追う。

 勝手に夢を見させたのなら、途中で終わらすような真似はするなと歌いに行く。


 あたしは夢を諦めない愚かな女。

 魔術師として生きる道が残されているのなら、どんな手を使ってでも掴み取ってやる。



「うーん、本来聖女は何かを願ってはいけないんですど……その、私も連れていくという手もある様な無い様な」



 なんだか面白いことを言ってるわね。

 あんたはわざわざ穴の下まであたしを助けに来てくれたんだから、少しぐらい見返りを求めてもいいのに。


 聖女ってのも大変ね、願うことすら罰に値するんだから。



「そうね、聖女様も一緒にどうかしら?テンペストにこき使われるよりは善行も積めるんじゃない」


「ええ!そうですね!ぜひご同行させてください!」


「あんたを土産に連れて行けば、きっとあいつも喜ぶだろうしね」



 本当に嬉しそうだ。

 けど、一体どうやってテンペストを抜けるつもりなんだろう。

 ま、揉めることになった時は一緒にアランを説得してやるだけね。


 階段を登る。

 長い長いその段差を一つ一つ歩いていく。



「……威勢を張ったはいいけど、エリゼに会ったらなんて言えばいいのかしらね」


「それ、独り言ですよね?私、懺悔は受けますけど謝罪文の手助けは承っていませんので」



 薄情過ぎない、この聖女。



「独り言だと思うなら返事しないでよね」


「独り言じゃないことは分かっていたので返事しました」


「ったく、じゃあ相談ってことで聞いていいかしら。……あたしが会いに行って、エリゼはどう感じると思う?」



 あたしはそれを想像できない。

 いや、想像できてしまう方がおかしいか。


 エリゼ・グランデはリューカ・ノインシェリアに居場所を与えてくれた。

 その恩人にあたしは酷い仕打ちをした。

 何度も何度も何度も。


 終いに、愚か者は彼女をテンペストから追い出した。

 本当に最悪だ。


 ここで死ぬべきだったのかもしれない。

 自立人形ゴーレムに、無人の鎧に、殺されることが救いだったのかもしれない。


 それでも、あたしは生き抜いた。

 生きてしまった。

 セレナの力を借りて、テンペストが再び戻って来てくれて、あたしはまだ生き延びられる。


 もう一度あいつに会う機会が残されていると言うことだ。


 エリゼに会いに行く。

 それはあたしのエゴ、あいつの感情なんて知ったことじゃない。


 結局、あいつがあたしに事実を伝えていればこんなことにはならなかったんだ。

 あいつがあたしを迎えに来てくれていれば、勘違いせずにエリゼに思いをぶつけていたのに。


 なんて、そんな風に思えればどれだけ楽だったか。

 再びエリゼに責任を負わすことなんてできるわけがない。


 少し黙った後に、セレナは長考した意見を言ってくれた。



「正直、エリゼさんが何を感じるかは分かりません。だけど、少しは嬉しいんじゃないでしょうか」



 だとしたら、あたしの後悔が少しだけ晴れるだろうな。

 本当にその通りになるのならば、だけど。



「……ねぇセレナ、エリゼはあたしを許してくれると思う?」


「完璧に許すということは無いでしょうね。エリゼさんに限らず、人は人を許せません。そこに存在するのは妥協です。どこかで折り合いをつけ、許したことにする。それだけです」



 胸が痛いな。

 聖女様の嘘の存在しないお言葉は目を背けたくなる。


 許されるはずが無いのは重々承知している。

 それを改めて突きつけられると参るな。


 エリゼに拒絶されれば、あたしの魔術師という夢はそこで終わりを迎える。

 今のところ、あたしの魔力炉を活性化させることができるのは、彼女の特異能力だけだから。


 そうならないよう、あたしには何ができるだろうか。

 とりあえずは、直接会いに行って謝らないとね。


 階段を登る。

 上の方を見上げると、かろうじて天井が映った。


 後少しでこの長い長い登り道も終わる。

 ちょっとだけ、疲れたな。


 いつの間にか、一階層から聞こえていた音は鳴り止んでいた。



 ☆



 一階層の最奥、階層を跨ぐ階段の終着地点であり出発地点。

 あたし達はようやくその長い階段を登りきった。


 地下に落とされてからはほんの少しの時間だったけど、数多の情報があたしの脳内に集合した。


 色々と、あたしの間違いを自覚した。

 エリゼがあたしを見つけてくれたこと、アランがそれを隠していたこと。


 あたしが誉を与えるべきだったのは、エリゼだった。

 それを理解した時、どっと後悔が押し寄せて来たりもした。


 取り返しのつかないことしてしまったんだ、リューカ・ノインシェリアは。


 さっさとここを抜けてエリゼに会いに行かないと。

 薄暗い道を進む。


 この遺跡に入って来た時のあたしは、こんな目に逢うなんて微塵も思っていなかったな。

 いつものように依頼をこなして、街へ帰って、皆と宿へ戻る。

 そんな風に呑気な考えをして自立人形ゴーレムまでの道のりを歩んできた。

 馬鹿だな、ほんと。


 もうすぐ、戻って来てくれたテンペストに合流するだろう。

 その際に、魔力が減少していることをアランに伝えてパーティを抜けよう。

 そして、セレナと一緒にエリゼを探しに向かおう。


 きっとまだあの街のどこかに居るはずだ。

 そうじゃなくても、必ず探し出して見せる。


 やがて、一本道の通路は大きな空間へと明けた。

 自立人形ゴーレムのいる大部屋。


 もうその守護者がいる気配は感じられない。

 あの大きな魔力を持つ巨人はここに居ない。


 戻って来たテンペストとその増援が跡形も残さず倒してくれたのだろう。


 だけどあれ、おかしいな。

 その戻って来てくれた皆の姿がどこにもない。


 ……。


 部屋の中にあるのは、禍々しいデザインの大きな剣。

 それが中央から少し進んだ地面に突き刺さっている。


 杖を握る指に力が入る。


 それにもたれかかるようにして、何かが居たから。

 気味の悪い何かが。


 その周辺には、何かドロドロとした不快なものが落ちている。

 赤黒い液体が、アートのように床面を彩っている


 気持ち悪い。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い。


 吐き気も、動悸も、頭痛も、不快感も、何もかもが止まってくれない。


 何、あれ。


 大きな空間の中へと、少しずつ足を踏み入れていく。

 震える体を無理に動かす。


 本能が入るなと訴えかけてくる。

 それを見ては駄目だ。

 近づいては駄目だ。


 そんな戯言を無視して、大剣へと近づく。

 一歩ずつ一歩ずつ。


 床に散らばっている物質が鮮明になってくる。

 臭い。

 鼻腔を突くような鉄臭さがする。


 剣にもたれかかる何かの正体を暴いては、いけない。



「ああ……あ……あああ……ああああっうぁああああああああああああああああああ!!!!」



 ある程度大剣に近づいたところで、あたしの隣から悲鳴が上がった。

 鼓膜を破りかねないそれは、今まで聞いたことのない声色で発されたセレナ・アレイアユースの絶叫だった。


 日常を劈(つんざ)く咆哮は遺跡に響き渡る。

 彼女は、叫びながらその場に膝を勢いよく落としてしまった。


 気づけば、あたしの呼吸も荒くなっている。


 歩く。

 進む。

 近づく。


 そして、あたしはその不快を放つ者の正体を明かしてしまった。



「ちょっ、あ……なに、これ……何で?」



 赤い液体の水溜りに足を滑らして、後方に転ぶ。

 体中がその鉄臭い液体に塗れたけど、そんなのはもうどうでもいい。


 視界の先、地面に刺さる大剣の隣。

 そこには胸から上、つまり全身の三分の一程しか残ってない少女がいた。


 何で、どうして。

 ここに居るはずが無い。

 こんな所に来ている訳が無い。


 それなのに、こいつはあたしの見知った顔をしている。


 有り得ない。

 信じたくない。

 見たくない。


 ……。


 地面に突き刺された大剣に背を預けながら、目を虚にして涙を流している瀕死のその少女は。


 エリゼ・グランデだった。

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