第16話 全てが覆ってしまうその一日
魔術師リューカ視点
深淵の遺跡での任務当日。
あたしらテンペストは街と遺跡の間に位置する森の中を歩いていた。
頻繁に調査隊が派遣されているってわけでもなさそうなのに、遺跡への道は軽く舗装されていて効率よく移動することができている。
ということで、少し長めな道のりもすでに佳境まで迫っていた。
この森を抜けた先に目的の終着点がある。
それにしても、今日はいい天気ね。
依頼さえなければどこか景色の良い場所にでも出かけたいぐらいには。
そんな呑気なことを考えていると、隣を歩いている武闘家のラスカがあたしに喋りかけてきた。
「イメチェン?
随分と痛そうなお洒落だね」
魔道具のことを言っているんだろう。
現在、あたしの左耳には複数のアクセサリーが装備されている。
ピアスにカフスにインダストリアル、その全てがお洒落の為に飾られたものじゃない。
これは、魔術師としての衰えを埋めるための保険だ。
結局、あたしが発症している魔力減衰については原因すら解明できずに現在進行形で体を蝕んでいる。
それを補うための魔道具。
本当はもっとブレスレットだとか指輪だとかも用意したかったんだけど、今日の日までに制作が間に合ったのは耳の飾りだけ。
ま、一人の魔術師としちゃこれでも上出来な方でしょ。
「魔道具の一種よ。今日のはヤバいって話だから一応用意しただけ」
「へぇ、そうなんだ」
ラスカはそれだけ言うと黙ってしまった。
この女あたしに興味無さすぎじゃないかしら。
もうちょっとほら、綺麗だねとか褒めてくれてもいい気するんだけどな。
例えば、先頭を征くアラン様の後ろを歩いている弓兵のメイリー・ティンクルダスト。
明るくてマイペースお姉さんな彼女はあたし達の会話が聞こえたようで、こちらに振り返って話を始めてきた。
「自分で開けたんだ〜やるね〜」
「まぁね。あたし根性あるし」
あ、あれ?
ピアスの穴って自分で開けるのが普通だと思ってたけど、そうじゃないみたいね……。
アラン様に頼めば良かったわ。
少しだけ落ち込んでしまったあたしの両足は見る見る内に歩く速度を落としてしまい、遂には最後尾を勤めている銀髪少女に並んでしまった。
「おっとと、どうしたんですか?
疲れちゃいました?
お水ぐらいならすぐに用意できますけど?」
屈託のない笑みであたしを気遣ってくれている彼女は、テンペストの治癒術を任せられているセレナ・アレイアユース。
聖教会所属の修道女であり、その中でも最高位に値する聖女の称号を持つ少女。
身に纏った純白の修道服が地位の証明。
そんな彼女が何故ギルドの依頼を請け負って生活をしているのかは全く分からないけど、パーティの要になっているのは間違いない。
「この程度じゃ疲れないわよ。ちょっと考え事をしてただけ」
「そうですか。
筋肉疲労に使える回復術式とかもあるので、少しでも疲れを感じたら申して下さいね」
その術式なら知ってるし、魔術師であるあたしも使えるのよね。
ま、一応専門外の術式だから討伐帰りに施して貰おうかな。
ちらりと聖女様の方を見ると、いつも持ち歩いている自分用の純白めいた杖の他に、なにやら包帯を巻いた縦長の物体を担いでいた。
彼女の背丈と同程度の大きさで、かなり邪魔と言える。
「聖女様は一体何を用意してきたのかしら?
すっごく邪魔そうなんだけど」
「これですか?
これは……言うなれば忘れ物というか秘密兵器というか、とにかくあなたの耳飾りと同じですよ」
明るく笑顔でそう答えた。
常に笑顔で人を思いやるその心構え、聖女を名乗るだけのことはあるわね。
だけど、そんな邪魔そうなものを持ちながら戦えるのかしら。
ま、後衛のあたしらは何があってもアラン様が守ってくれるからその心配は必要ないか。
あの人は多彩な剣技を以てパーティ全員を守り切れる最強戦力なんだから。
そうこう話している間に、道路の周囲を囲んでいた木々が減り始め大きな原っぱに出た。
そこはとても静かな場所で、生物の鳴き声が一つも存在しない不気味な雰囲気が漂っている。
道の先には大きな影を作る石造りの建物が聳え立っていた。
近づけば近づくほどにそれの異様さが伝わってくる。
この平穏な草原に相応しくない人工物、深淵の遺跡。
「みんな、到着したよ」
遺跡の入口手前で立ち止まったアラン様が皆にそう伝える。
初めて目にするけど、割と立派な建造物ね。
なんていうか、もはや城と呼んもいいぐらいには大きいな遺跡。
入り口に扉のようなものは設けられてなく、ご自由にどうぞと言わんばかりの空間が吹き抜けている。
「ここからは気を引き締めて行くからね、絶対に僕の側から離れないように。
特にラスカ、君は武術で戦うから仕方ないかもしれないけど、危険を感じたら即退避を徹底してね」
「りょーかい。その時はアラン様の後ろに駆け寄るよ。世界で一番安全な場所にね」
「良い子だ。じゃあみんな、僕に付いてきて」
各々が返事をすると、あたし達は遺跡の中へと歩み始めた。
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