1章 ボーイ・ミーツ・ウルフガール(26)

 だんだんと雨粒が大ぶりになっていき、勢いも増してきた時のことだった。


「ね、ねぇ、流石に帰ろうよ?」


 心配そうに裂葉がそう言ったのを皮切りに、三日月も「なんか空も暗くなってるし、暗いといっぱい妖出るんだし、ちょっと怖いよ」と心配してそう促す。

 しかし、伍十嵐はそんな発言に対して


「大丈夫だって、これぐらい降ってる時もあったけど、大丈夫だったんじゃん」


「そうは言ってもさぁ」


「明治はどう思う?」


「そんなビビることもないんじゃないか?」


 そんな会話から暫くすると、周りを覆われていた木々の葉っぱを貫通する勢いで、ピカッとする雷鳴が流れる。そしてゴゴゴゴゴゴという音が間もなく響き渡る。いつも粘るのは伍十嵐だったが、流石にまずいと思ったのだろう。


「確かに、ちょっと今日は帰った方が良いのかもだな」


 と掌を返し、そう放った。その言葉を皮切りにその四人と一匹は寮に早々に帰ろうとした。だが、木から降りた時、目の前は想像以上に暗く、中々前が見えなかった。妖の気配がないことは不幸中の幸いだったものの、あんなに行き来したいつもの通り道が全くの別物であるかのような、そんな不気味さを孕んでいた。


「な、なぁ、ちょっと急いだ方がいいんじゃねぇか?」


 そしてその時、再び、ピカッという怒りと、ゴロロロという雄叫びが現れる。この時四人には今まで感じたことがない不安感と恐怖を心のなかに満ちていた。


「急ごう」


 裂葉が言い、皆がそれに心の中で頷き、普通よりも少し速い足取りで進む。少し進んだところで、先頭にいた伍十嵐がなにやら止まった。あとの皆も彼に続いて立ち止まる。


「妖がたくさん居る……な」


 彼の前は、大量の妖が犇めきあっている様であった。どことない不安感が補強されていく、だが、倒さなければ進めない。


「ファイアーボール!」


 裂葉が霊術を放ち、妖を退けようとした。しかし、そんなものは焼け石に水であり、寧ろ大きい音が原因なのか、妖の数は却って増えていくばかりだった。四人の焦りは募っていくばかりであった。


「クッソ、どうしてこうなった!」


「一回、下がった方がいいんじゃないか?」


「下がるって言ってもどこに!?」


「そりゃ秘密基地にだって」


「確かにその方がいいかもね」


「おい、行くぞ三日月!」


「三日月?」


 謙一がそう聞いても、一向に返事を返さない。三人が不審に思い三日月が居るところに振り向くと、彼は妖のあまりの大群に萎縮してしまい、何も出来ず突っ立っていた。


「お前さん、ぼっーとするでない。 呼ばれておるぞ」


「あ、あ、うあ、あ」


 声とは呼べないような音を出し、足から根を出しているかの如く、そこから動かずに、いや動けずにいた。そんな中、もう裂葉たちは今にも逃げ出しそうとしていた。


「おい、しっかりしろ!」


「え、あっ」


 謙一が彼の手を取り、引っ張りながら二人の跡を追う。二人を追っている最中、暗闇の先には何やら仄かで不気味な明かりが灯してあった。軈て二人に追いつき、一緒に秘密基地に着いた。これで安心出来ると思ったものの、何やら焦げ臭く嫌な臭いが充満しており、妙な明るさと、パチパチという音があった。


「おい、マジかよ……」


「嘘でしょ……」


 二人がそんな絶望の呻きを上げたことにより、おそるおそる顔を上げてみると、僕達がずっと使っていた「秘密基地」と呼んでいたでっかい木は、落雷によるものなのか、激しく燃えており、立ち入る隙きがなかった。落雷であったとしたら、もしあの時避難しなかったら、と思うと凄く幸運なことではあるが、そんなことは今は感謝している暇ではなかった。

 呼吸が早まり、乱れる。ハーハーといううるさいほどの音を立てながら、何度も何度も深呼吸をしてなんとか落ち着こうとする。思えば逆効果極まりない行為なのだが、そんなことを考えれるほどゆとりはなかった。目の前の絶望から逃げ出したくなる。逃げたい、苦しい、辛い、辛い。自分でも気がつかなかったが、いつも間にやら立つこともままならなくなり、膝を付き、喉元には近くに色んなものがこみ上げてきた。耐えきれず、そのまま吐き出してしまった。


「う、おぇ、あ、あ”ぁ」


 掠れた音を出すと、少し冷静になり耳を欹て、目を配らせると、どうやら三人は僕のことを心配して周りに集まってきたようだ。


「だ、大丈夫か? 三日月」


「別の道を探すぞ」


 皆に余計な心配をかけてしまったことを恥じ、「こうしちゃいられない」と立ち直ろうとした際、後ろから嫌な鳴き声が聞こえた。

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