1章 ボーイ・ミーツ・ウルフガール(9)

9


「杠葉三日月、お前のやったことは到底許されることではない」


「はい、申し訳ございません」


 厳格な顔をし、凍るような目線で睨む髭の濃い中年のおじさん。その方の正体は、国立霊術東学院学院・学院長 鑑洸一かがみこういちだ。三日月は学院に戻るや否や、そのような叱責をから受けた。学院のおきてに反しているだけでなく、人道的にもあやかしの逃走を幇助してしまうという愚行中の愚行、背徳過ぎる行為をやってのけた。本来なら、また何か大きな罰がかかるのは不可避に思えた。だが


「しかし、お前の話を聞く限り、その妖は二度とこの町に姿を表せないと約束したそうだ。その契約に取り付けたことは少々喜ばしいことだ。そのことに免じて、その狼男が、次に街へ侵攻して来ない限りは、お前への罰を課さないでおこう」


 学院長なりの温情なのだろうか。三日月はこの件に対して、現時点ではお咎めなしとなった。だが、その狼女(りんちゃんと呼ばれてるらしいが)の正体が明らかになった時、三日月がどうなるのかは分からない。しかし、学院長は今までの話が前置きだったかのように、そして、ここからが本題だったかのように、三日月の耳が痛い、肩身が狭い話をした。


「ところで、なぜお前はまだ精霊を使役してないんだ。もうあの罰はとっくに報いただろう」


「そ、それは…… すいません」


「精霊は道具だ、とまではいかないがお前は精霊と仲良くなりすぎだ。過去の精霊なんぞ忘れてよいだろう」


「は、はい」


 不躾な学院長の言い方に少しイラッとした三日月だが、間違ったことは何も言っていない。寧ろ、間違った考えなのは三日月の方だった。精霊使いエスプリットユーザーと精霊は相性が良いが所詮は別の種族、人間と精霊なのだ。あまり深い感情を抱くのはタブーとされている。相葉バディ契約なんて、深い絆や愛情がありそうなものだが、実際はそんなことない。


「それと、こちらとしても困るのだ。君が暫く精霊と契約して、相葉バディがいないとね。よって、三日月君には1ヶ月以内に新たに相棒バディが見つからなかった場合、今回の件と合わせて退学の処置を検討する」


 長期間の精霊無使役、妖の逃亡援助と、精霊使いエスプリットユーザーの風上にも置けない蛮行を重ねた彼のことを慮ると、妥当な処置にも思えた。これは「君には精霊使いは向いてないから、早くこんな世界から足を洗ってほしい」という学院長の優しさを込めたメッセージでもあった。しかし三日月は最低でも留年程度の処置と考えていたため、「退学」ということの大きさに一瞬思考が止まる。


「わ、分かりました。失礼しました」


 と、了承し逃げるように学院長室を離れた。


「退学か……」


 不意に、そのような言葉を漏らしてしまった。


(退学することは、絶対に出来ない)

 三日月はそう強く願うものの、実情は変わらない。あんなに自らの過去の亡霊の一つである狼男の件を解決したのにも関わらず、こんなにもまだ精霊を使役しようとする気は起きない自分の怠惰さに嫌気が刺した。けど、自らが精霊を使役しないことを「怠惰」という言葉で形容するには少し違う気がした。

(どうすれば良いんだ。僕は)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る