素直なヒーローとツンデレ異世界人【エピソード 5】

双瀬桔梗

寡黙なツンデレ騎士と小説家ヒーローの話

 ここは個人経営の小さな居酒屋『いとま』。

「あれ? 本屋のニィサン、奇遇やね」

 店の暖簾をくぐったあお こうろうは、カウンター席に座っている男性に声をかけた。

 ポテトサラダをつまみに、日本酒を呑んでいた男性……は無言で幸路郎をじっと見る。貴司はムスッとした顔をしているが、決して怒っている訳ではない。実はすごくのだ。


 どうして……居酒屋ここスナオブルーが来るのだ!?

 己のがバレるのではないかと、貴司は心臓をバクバクさせながらも平然を装う。そんな彼の心情を知ってか知らずか、幸路郎は確認もせずにしれっと貴司の隣に座った。


 な、なぜ、他にも空いてる席があるのに拙者の隣に座るのだ!?

「大将、とりあえず生1つと焼き鳥の5本セットで」

 マイペースに注文する幸路郎に、なるべく顔を見られないよう貴司は俯き気味になる。

 彼がなぜこんなに焦っているかというと……それを語るため、トキを数時間前に巻き戻す。




 白いタイルが敷きつめられている広場。

 倒れる白黒全身タイツの人々と、ポップな見た目の鳥怪人。

 赤・黄・桃・白……各々違う色のパワードスーツに身を包み、四人の男女は黙って広場の中心を見つめている。

 視線の先にいるのは、青いパワードスーツを身に纏う幸路郎と、武士のような服装の異世界人タシターニ騎士。二人は互いに刀を構え、対峙している。

「騎士のニィサン、遠慮せんと刀 二本抜いてくれてええねんで?」

 幸路郎は一本の刀を突きつけ、タシターニを挑発する。タシターニは本来、二刀流の騎士であるものの、同じ武器を使う幸路郎と戦う時は一本しか刀を抜かない。それを分かった上で幸路郎はタシターニを煽ったが、無言で首を振られてしまう。

「ほんまニィサンは……毎度、律儀やね!」

 幸路郎はニヤリと笑い、刀を振るう。重い一撃がタシターニを捉えたかと思われたが、彼はそれを易々と受け止める。

 笠と襟巻きで顔を隠しているため、殆ど表情は分からないが、時々見える目は鋭い。襟巻きの下の口元は常にへの字で、怒っているように見える。

「いくぞ」

 ようやく声を発したかと思えば、タシターニは一瞬で幸路郎の背後に現れ、切りかかる。

「ニィサンやるなぁ」

 幸路郎はギリギリで避け、口調とは裏腹に内心ヒヤッとした。


 友達を作るため異世界からやってきたというのに、照れ隠しで侵略行為をしてしまう『ツン・デーレいちぞく』と、世界を守るために組織された『デレデレ部隊スナオズ』の戦いはコメディしょくが強い……筈なのだが、幸路郎とタシターニはなぜか本気の斬り合いを始めることがある。大抵、仕掛けるのは幸路郎の方で、タシターニは騎士としての血が騒ぐのか、売られた喧嘩は買う主義なのか……絶対に拒否はしない。

 それを、“この人達だけ、何してるんだろ……”と言いたげな顔で、両組織の面々は眺めている。しかし、少なくとも幸路郎は楽しそうなので、スナオズのメンバーは特に何も言わない。ただ静かに、激しい斬り合いが終わるのを見守る、出来た年下達子達である。


「あの! タシターニ騎士! そろそろお時間なのでは!?」

「む……」

 戦闘員の一人に声をかけられたタシターニは幸路郎から距離を取り、時計を見る。

 時刻は十時半。タシターニはそれを確認すると、刀を鞘におさめ、幸路郎に深いお辞儀をした。そして、戦闘中に落とした、クルマユリの模様が入った羽織を拾い、肩にかける。

「なに? もう終わりなん?」

 幸路郎の問いかけに、コクンと頷いたタシターニは「さらばだ」と言って、姿を消した。




 町の小さな本屋『那須なす書店』の店内。

「おはようございます」

 白いYシャツに黒ジーンズ、紺のエプロンをした従業員・狹之 貴司は真顔で、店主に挨拶をする。

「おはよう、貴司くん。今日もよろしくね」

 貴司の愛想のなさを咎めることはせず、店主はにこやかに挨拶を返す。

 狹之 貴司、改め、タシターニ騎士はとある事情からこの『那須書店』で、アルバイトをしている。

 タシターニの時は和装で顔を隠しているが、今は顔を出しており、シンプルな服装だ。“狹之 貴司”というのは勿論、偽名である。

 タシターニはこの世界での生活を満喫することに重きを置いているため、友達作りは二の次だ。幹部達家族の手助けをしたくて、時々スナオズの前に姿を見せるだけで、友達作りはどっちでもいいと思っている。

 また、ツンデレなのは表情のみで、心の中ではとても素直で真面目だ。ゆえに貴司として、しっかり仕事もこなしている。常連さんは彼の表情にもう慣れてしまったし、店主との仲も良好だ。


「こんにちわ。店主那須さん、お久しぶりです」

「久しぶりだね、幸路郎くん」

 聞き覚えのある声と知っている名前に、タシターニはビクッとした。恐る恐る店の出入口に目をやると、青いメッシュの入った黒髪が視界に入る。

 タシターニの予想通り、店にやってきたのは数時間前に斬り合った相手、碧志 幸路郎だった。


 どうしてこんなところにスナオブルーが来るのだ!?

 今はお客さんがいないため、POPをかいていたタシターニは、持っているペンをグッと握りしめる。

「最近、忙しくてなかなか顔出せんで申し訳ないです」

「ヒーロー頑張ってるんだってねぇ。時折ニュースで見るよ」

「いやいや、僕は大したことしてないですよ。ところで、あそこにいるニィサンは?」

「あぁ、彼は狹之 貴司くん。二ヶ月程前から働いてもらってるんだよ」

「さの、きし……」

 幸路郎からじぃっと見つめられ、タシターニは内心とても穏やかではなかった。

 もし、自分があのタシターニ騎士だとバレたら、どうなるか分からない。最悪、店主にも迷惑をかけてしまう可能性だってある。

 そんな考えが頭を過ぎり、タシターニはゾッとする。

「彼ね、表情で誤解されがちだけど、よく気が利くし、真面目に働いてくれるし、すごく助かってるんだよ」

 店主はニコニコ顔で、タシターニを心の底から褒めている。けれども、店主の隣にいる幸路郎の視線が痛くて、タシターニは素直に喜べない。

「へぇ……はじめまして。僕は碧志 幸路郎。これからも、このお店のことよろしくね」

 不気味な程にこやかな笑みを浮かべる幸路郎の言葉に、タシターニはただただ頷くことしかできなかった。

 そのあと、「貴司くん、少しの間、店を任せるね」と言い残し、店主は幸路郎と一緒に店の外へ出ていった。何とか正体がバレずに済んだことに安堵しつつ、タシターニは任された仕事をきっちりこなす。

 それから定時になると店主に挨拶をして、そのまま帰らず行きつけの居酒屋『いとま』に足を運んだ。


 自分と似た、寡黙な大将の空気感と、落ち着いた店の雰囲気に、ほっと一息つくタシターニ。好きな日本酒を呑み、お気に入りのポテトサラダを食し、このまま穏やかな時間が流れると思っていた。

 幸路郎が現れるまでは……。




「やっぱここの焼き鳥は最高やわ。ニィサンもお近付きの印にどうぞ」

 ねぎまを食べながら幸路郎は、焼き鳥セットの皿をタシターニの方へ寄せる。

「結構、です……」

「もしかして、焼き鳥苦手やった?」

 幸路郎の問いかけに、タシターニは首を横に振る。

「苦手というか……義妹いもうとが、鳥を愛しているので……決して、義妹いもうとが『食べるな』と、言っている訳ではなく、拙者自分が勝手に、食べないようにしてるだけ、です」

 タシターニは、鳥の精霊と契約しているフォンセ魔術師のことを、思い浮かべる。

 言葉が途切れ途切れになっているのは、慎重に喋らないと、本来の口調が出てしまう恐れがあるからだ。

「へぇ、ニィサン優しいんやね。ほんなら好きなメニューなんでも頼み。僕が一品奢るさかい。ほら、遠慮せんと」

 幸路郎は半ば強引に、メニュー表をタシターニに渡した。

「では……だし巻き玉子を……一緒に、食べませんか?」

「ええよ。大将、だし巻き玉子と、このニィサンと同じ日本酒ください。あ、ニィサンもうお酒ないやん。まだ呑むんやったら、お酒こっちも一杯、僕に奢らせて?」

 タシターニは幸路郎に言われるまま、冷酒とだし巻き玉子、ついでにぶりの刺身も、奢ってもらうこととなった。

 他愛ない会話……と言っても、タシターニは頷いたり相槌を挟む程度で、ほぼ幸路郎が一方的に話しているだけだが。二人は意外と気が合うようで、和やかな空気が流れている。タシターニは正体がバレる心配も忘れて、一切、表情には出ていないが、内心とても楽しんでいた。


「あ、そうそう今度のサイン会、当日はよろしくね」

「え……?」

「あれ? 店主那須さんから聞いてない? 近所の公民館借りてやるって話」

「サイン会をするという話は、聞いてます。あの有名なミステリ作家、あおみち こう先生が来てくれると……」

「あぁ、そういえば僕、本名で名乗ってたっけ? じゃあ改めて自己紹介を。碧路 幸志って言います」

「え……あ、名前……」

「そ、めっちゃ単純なペンネームやろ?」

 幸路郎は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 タシターニは無言で自分のカバンを漁り始め、いつも持ち歩いているお気に入りの一冊を取り出す。

「ファンです。今まで出た作品、全部読んでます。どれも面白くて大好き、です」

 憧れの人物を目の前に、タシターニは声と手が震え、心臓はバクバクしている。

「ははっニィサン、表情と言動が一致してないで。でも、僕の作品が好きってことはなぜか伝わってくるわ。ありがとうね」

 幸路郎はどこか照れくさそうに、冷酒に口をつける。

拙者自分はあまり、気持ちを表に上手く出せなくて……」

「ま、それも個性ってことで、いいんとちゃう?」

 幸路郎はタシターニの肩をポンポンと叩き、ニッと笑う。

「僕、なんかニィサンのこと気に入ったわ。だからクンさえ良ければ、僕と友達になってくれへん?」

「え……」

 その言葉にタシターニは衝撃でしばらく動けなかったが、ハッと我に返ると二つ返事で了承した。


 こうして碧志 幸路郎と“狹之 貴司”は友人となったのだが……幸路郎と“タシターニ”が友人となるのは、また別のお話。


【タシターニ騎士 視点 完】

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