A014『大人になる日』(40分で1328字)

A014『大人になる日』(40分で1328字)

【ラブコメ】宇宙・プロポーズ・冷酷な才能


 宇宙ステーションは慢性的な人口不足が目先の問題になっている。地球で蓄えた知見が通用せず、手探りで文明を始め直すも同然の日々だ。ゆえに、地球の基準での嫌われ者が好まれたり、逆も起こる。


 ソプラノは誕生日に、家族の元を離れて、友人たちが集まる広場を通過し、テノルの家を訪ねた。


「おじさま、来ましたよ」

「どうも。誕生日じゃないのかい」

「誕生日だから来たんですのよ。ここがいちばんいいです」


 第一世代の最年長として慕われるお嬢様に慕われて、テノルは困惑と自嘲が混ざった答えを返す。いつまでも地球の記憶に縋り付くような、穀潰しにも等しい中年のどこに価値があるのかと。


「とりあえずココアでいいね」

「だめです。今日からはコーヒーを」

「へえ? 唐突なことを言いなさる」

「人生はいつでも唐突の連続ですのよ。私だって今日から唐突に大人ですもの」


 宇宙ステーションには公転がないが、地球での慣習を引き継いで一四六一日を区切りとしている。年齢に相当する言葉は、さらに四つに分けて表す。


 コーヒーを少しだけ、ソプラノに試させてみる。小さな球に唇が触れる。


「なんだ、やっぱりそんな顔をするじゃないか」

「初めてでびっくりしただけです! 次は大丈夫ですから、大人ですから!」


 強がりに思いながらももうひとつ出して、唇が触れる。ソプラノは泣きそうな顔で呟く。


「大人ですもの」


 普段の明るくて元気な姿を離れて、縮こまっている。宇宙生まれにとって大人は子供より可愛いのかもしれない。


「まあ、無理はするなよ。コーヒー以外にも大人なものってあるだろ」

「そうですわ! 結婚です!」

「は?」


 ソプラノは急に元気になって立ち上がった。呆気にとられたままのテノルを導くように手を伸ばし、学んできた持論を展開する。


「私たち第一世代は数々の期待と好奇を集めて、あらゆる選択を記録されていますの。中でも私は最年長として規範となる義務がありますわ。即ち、結婚です」

「スナワチとは、今風の言い回しかね」

「古風な言葉と聞いていますゆえ、おじさまもご存じでしょう。さあ結婚です。大人しくなさい」


 ソプラノは部屋の隅へ追い詰めていく。壁を背にして、押し返しに強い位置取りを狙う。


「何を企んでいる」

「アツアツでホカホカの新婚生活に決まっていますわ! 大人ですから」

「どんなことをするか、わかって言ってるのか」


 ソプラノは言葉に詰まった。何も考えていなかった。ただ教科書に書かれていた通り、アツアツな何かとホカホカな何かを実行するつもりだった。大人な嗜み一覧表を思い出し、次の返事を探す。


 そんな内心をつゆ知らず、テノルはまずい発言をしたと思った。これではまるで、肉体関係を相手に言わせるオジサンになっている。第一世代の基準ではどんな扱いだか知らないが、地球生まれの考えではよからぬ結果を招く。


「すまん、話を戻そう」

「話、そうですわ。話せればいいんですわ」


 教科書の、通信機の歴史を記した項目に、そんな言葉があった。説明書が入っていない点を売りにする、確実さを極めた携帯電話だ。


「大人ですもの。話せればいいんですわ」


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