A004『礎ぇ!』(48分で1923字)

A004『礎ぇ!』(48分で1923字)

【指定なし】未来・屍・激しい遊び


 ゾンビ雇用機会均等条例ができて四年目になった。


 民の反発は鳴りを潜めて、街中はゾンビの労働者が増えている。まずはこの発展を見せつけて、ゆくゆくは全国デビューを目論む。世界をゾンビでいっぱいにする。これがテノルの目先の野望だ。


「まいどあり。頑張ってきてな」


 ゾンビたちは黙ったままで、余計な行動をせず、生前の行動を繰り返す。指示に従わせるために、生前のうちに指示に従わせておく。余暇を削って転職活動を防ぎ、給料を削って安価な娯楽に没頭させ、たまに褒めて忠誠心を得る。こうして製造されたゾンビを各企業に販売していく。テノルの金策だ。


 この都市ではゾンビ派遣会社が幅を利かせていて、生きた人間を扱う企業も多くはテノルの息がかかっている。


 話題を嗅ぎつけて調査員のアルトが現れた。


 相棒のフクロウと共に、怪物の気配だの誰かの依頼だのを理由に狩り続けている、酔狂な女だ。ただの酔っ払いなら片付けるだけだが、相手は本物だ。変に手を出せば援軍が来るし、武装解除するまで勝ち目も薄い。


「アポイントがあります。テノル社長に会いにきました、アルトと申します」

「こちらへ」


 ゾンビはいつも通りにテノルの元へ案内する。所詮は屍の再利用であり、判断させるには生者を使うか、希少なスペシャルゾンビが必要になる。ノックの音に続いて、赤毛の女が入ってきた。コートは使用感こそあるが上質で隙がない。肩のフクロウが後方を警戒している。


「こんにちは。この街でいちばん繁盛しているそうですね」

「ええ、僭越ながらね」


 柔らかな物腰で話すが、相手はあの悪名高いアルトだ。気配を出せば斬られる。腰の片手剣だけでも封じられれば。


「ゾンビの匂いでいっぱいですね」

「お気に召しませんかな? こちらでは香水も人気高いのですが」

「いえまさか。他とは違う、ここの特産品だなって話です」


 アルトの口ぶりは、気づいているようにも、気づいていないようにも見える。もし気づいているなら、すぐに仕掛けるしかない。もし気づいていないなら、ここで仕掛けたら弱みを出す。一方的な二者択一だ。相手だけがどちらが正しいかを知っている。


 テノルは決断した。ここで仕掛ける。確実な不利に飛び込んででも、不可能だけは逃れられる。噂を聞いていながら単身で乗り込んでくる奴だ。既に調べがついていると決め打ちした。


「輝かしい未来の礎になれ!」


 テノルは爪を立てて掌でアルトを突く。自らスペシャルゾンビと化した成果のひとつがこの百烈毒張り手だ。一撃でも擦れば動きを封じて、その後はテノルの好きにできる。


 アルトは体をずらして、一撃を胸で受けた。乳房がいかに柔らかくとも衝撃を受け止めるには足りない。テノルは勝利を確信した。


 結果は逆だった。偽りの乳房にはゾンビ殺し液の袋が詰まっていた。爪がポリプロピレンを貫き、ここから噴き出した液がテノルの皮膚を焼く。


「存外、ガードが甘いんだな。脳なし相手を続けていた副作用か」

「なんだとぉ!」


 挑発でテノルの逃げ道を遠ざけると、アルトはお得意の片手剣で胸を貫く。毒を入れるための空洞に今回はゾンビ殺し液を入れている。刀身側の出口から滲み出る液が剣のダメージを拡張する。


 テノルが虫の息になったところで、異変が起きた。


 アルトの足元が揺れる。建物には似つかわしくない、筋肉の脈動に似た不規則な振動だ。徐々に激しさを増す。テノルに連動した仕掛けか、もしくは。


「建物もゾンビか!?」

「ただでは死なぬよ。お前も道連れにしてやる」


 ゾンビ殺し液が溢れた分と、気化した分で、建物ゾンビを蝕んでいる。アルトは咄嗟に、肩のフクロウを窓へ投げ込んだ。外へ飛び出し、建物の心臓部へ向かう。


 ゾンビ殺し液を流し込んで建物ごと殺したら振動はなくなる。それまで生存するのがアルトの役目になった。テノルの動きは既に緩慢だが、ゾンビ同士だからか、振動の影響なく動いてくる。


「礎ぇ!」


 テノルの毒手を後退で避けて、直前に自分がいた場所を狙って片手剣を振る。腕一本ずつ片付けていく。スペシャルゾンビといえども、同じことの繰り返しになったらただのゾンビと同じだ。


 テノルはついに倒れて、少し後に建物ゾンビも殺し液が回ったようで、動きを止めた。


「礎はお前の方だったな」


 アルトは手向けとして言い残し、主なき街を後にした。新たなゾンビの増産だけは封じた。現地人が時間と共に解決するまで待つ。残り少なくなった現地人に何ができるとも思えないが、アルトも何もできない。


 少なくとも、未来へ進めるようにはなった。


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