まいにち三題噺season3

エコエコ河江(かわえ)

A001『高速型ドレス』(52分で1649字)

A001『高速型ドレス』(52分で1649字)

【純愛モノ】宇宙・少年・業務用の物語


 ソプラノは第一世代と呼ばれる中で最年長として、周囲の注目を浴びて、また周囲への影響を続けている。


 人類が地球を離れて、宇宙への移住がんでいく。地球生まれの地球育ちが大人になってから宇宙へ出たのと、地球生まれの子供が宇宙で育つのでは、どんな違いがあるか観察していった。


 発見より先に、何かが違うと確信して当人同士で一線を引いていた。次の世代は宇宙生まれの宇宙育ちになる。ソプラノの親は、たった一代だけが孤立する世代になる。


「ソプラノぉ! 新作だぞぉ! 着てみてくれ!」


 多くは寂しげにする中で、ソプラノの父親は少年の心のままだった。宇宙航行技術の重鎮として機械の設計から調整まで担い、大きくて頑丈な工具を常に背中で引いている。老人の言葉では「重そう」と言う。


「速そう! ありがとうパパ」

「速いともぉ! おれの設計だからなぁ!」


 金属のスカートは外向きの動力源を持ち、個人用の移動手段として提唱されて以降、すぐに人気が高まった。広いステーションの外周を離れても移動できて、装飾性も高く、放熱を利用した防寒性能まである。


 地球を知る世代にとっては魔法のような光景が目の前にある。服が金属製では重すぎて動けない。若者の言葉では「引っかかる」と言う。ソプラノは赤い天使として親しまれている。


 ただ飛び回るだけで高年齢の世代が笑顔になる。ただ一人、偏屈なテノルを除いて。居住区の奥の部屋を陣取り、カーテンを閉めたままで、ほとんど外に出てこない。


 ソプラノにとっては、何故だか笑顔にならない老人であり、興味の対象だ。何日も窓を叩いき続けてようやく、通路を歩いて来てみろと言葉を引き出した。


 今日は言葉通り、建造物の裏側まで回り込んで、そこから歩いてテノルの部屋へ向かった。


「こんにちは。約束通り、歩いて来ましたわ」

「本当に、熱心な奴だ。僕の何がいいのかね」

「他の方との違いが。何か特別な考えを感じさせます」


 テノルはため息をひとつと、飲み物の用意を始めた。普段なら追い返すだけでも今日は、約束通りに歩かれてしまった。嘘をついてはいけない。特に、自分に対しては。


「ココアだ。疲れたろう」

「脚がむずむずと、漂ってるだけで心地よい感覚ですわ」

「たぶん、それが疲れだ。宇宙生まれにとっては心地よいんだな」

「おじ様は?」

「懐かしい、だな。地球ではどこへ行くにも歩くから、あまり遠くへは行けないんだ」


 昔話に対し、ソプラノは目を輝かせる。浮かんだココアへ飛びかかり、口をつける。戻るときに部屋の外殻を叩こうとしたが、その前にテノルから注文がついた。


「タンスを叩いてみてくれ」


 言われたとおりにタンスへ手を伸ばした。天井と違って固定されてないから、うまく動けないはずと、そう思っていた。テノルの部屋だけは、タンスが隅に固定されている。繋ぐ派はそこそこに数が多いが、可動域もなく固定された家具は初めて見る。


「びっくり。こう言うのもあるんですのね」

「地球じゃあこれが当たり前だったからな」

「おじ様は、地球の方がお好きで?」

「僕は元々、望んで宇宙へ来たんじゃあない。訳あって、宇宙へ来るしかなかったんだ」


 テノルは物憂げに顔を背けた。言われてから部屋へ目を向けると、偏った配置にしている理由を想像できた。家具が単一の方向を向いて、可動域なく固定されている。


 地球の暮らしをソプラノは知らない。部屋の外殻を呼び分けるらしいが、具体的にどんな区別かを知らない。教育プログラムでも教わっていない。そんな内容をテノルなら知っている。新たな興味が生まれた。


「もっと地球のことを教わりたいですわ」

「へえ。物好きなんだな」

「似た者同士ですから。私も望んで宇宙に来たのではなく、ここで生まれたから、ここにいます」

「間違いじゃあないが、こっちから地球へは行けないぞ」

「そうなんですの?」

「その服だ。地球で着てたら、重すぎて潰れちまうよ」


A001『高速型ドレス』(52分で1649字)

【純愛モノ】宇宙・少年・業務用の物語

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